162:思いを集めて
タナエル王子の剣を止めた僕に、会場内の視線が一斉に集まった。
恥ずかしくて固まったけれど、勇気を振り絞ってその気持ちを跳ね除ける。
「……ぼ、僕がこいつから1番ひどい目にあったんだ!」
ビシッとリヒリト王子を指差して続ける。
「デタラメな噂を流されて、パレードで爆弾を浴びた時なんか……生死の境を彷徨ったし、なっ!!」
突然始まった僕の熱弁に、背後にいるルークとホリーが騒ぎ始めた。
「え? ディランはどうしたんだ?」
「あれじゃない? 自分だけ風刺画っぽいことしてないから……」
コソコソとふたりが喋る。
「あー……じゃあディラン的には全力で悪ぶってる?」
「そうなんじゃない? どう思う? ジゼル?」
ホリーに話を振られたジゼルが、思いっきり眉を下げて笑う。
「…………ちょっとワイルドで、カッコいいんじゃないかな?」
「…………さすが奥さんだな」
「聞いちゃってごめんね?」
僕は思わず頬を赤くして3人をジロリと睨んだ。
それからまたすぐに、タナエル王子に視線を戻して喋る。
「だから、刑の執行は僕にやらせ……ろ!!」
「…………」
僕の下手くそな小芝居に困惑したタナエル王子が、剣をわずかに下げた。
その隙に、僕はアルテアの杖をすばやくかざした。
蒼い魔法陣がリヒリト王子のまわりに浮かび上がる。
同時に、国王様の視線が僕に突き刺さるのを感じた。
ひぃぃ!
怯んで謝り倒してしまいそうな体を、なんとか制してリヒリト王子に向かって叫んだ。
「ここにいる全員が、お前に憎しみによる強い思いを向けている……ぞ! それを蒼願の魔法で叶えて地獄に送ってや、る! 死ぬより悲惨な目に合うだろう……!!」
必死に自分なりの悪どい笑みを浮かべた。
頬を引きつらせながら。
そして目をギュッと閉じて呪文を唱えた。
誰にも止められないように大声で。
今までにないほど早口で。
すると再び、会場内に蒼い光があふれた。
「…………ディラン」
タナエル王子の小さな声が聞こえた。
「っや、めろ! やめてくれ!!」
最後まで泣き喚くリヒリト王子の声も。
僕は魔法に集中し、思いを掬い取った。
どうか、この思いが叶いますように……
と願いを込めて。
無事に呪文を唱え終えると、魔法陣がより強く輝いた。
リヒリト王子は眩しい蒼光に包まれ、その輪郭すら掴めなくなった。
その光も次第に収まっていきーー
月明かりだけが残る頃には、壇上にいた彼の姿はなくなっていた。
「「「わぁぁああ!!」」」
客席が再び割れんばかりにわく。
僕はひと段落ついたと感じて、大きく息を吐いた。
そんな僕を、複雑な表情で見ているタナエル王子に気付く。
ニコリと笑ってみせると、彼はそっと近付いて来た。
目の前に立ったタナエル王子に、僕は国王様に聞こえないように声をひそめて言った。
……まあ、これだけの歓声のなかじゃ、普通に話しても誰の耳にも届かないだろうけど。
「勝手なことをして申し訳ございません」
「……リヒリトには何をかけたんだ?」
「『自分の弟としてではなく、幸せに生きて欲しい』という願いと、僕からの『どっか行け!』という願いを叶えました」
僕は悪びれもせずに、ニコニコと答えた。
願いの内容的に、リヒリト王子は第二王子だった記憶を失い、どこか新天地で幸せになる……と思う。
そこまで上手く魔法がかかったか分からないけれど、要は彼次第だ。
タナエル王子が困ったような苦笑を浮かべた。
「…………本当に、勝手なことをしてくれたな」
「僕はみんなを幸せにする蒼刻の魔術師です。そのみんなには、タナエル王子も入ってますよ」
「…………」
タナエル王子がハッとしてから目を伏せた。
僕はゆったりとほほ笑んだ。
どんなに怒られようと、僕はタナエル王子の心を守りたかったから。
いくら強くて国民を守る立場の王子様でも、誰からも守ってもらえないなんて、不公平じゃないか。
タナエル王子はゆっくりと視線を上げて、僕を見た。
「私の邪魔をしたから礼は言わない。ただ……ディランが私の専属で良かった」
王子は爽やかな笑顔を浮かべると、最高の賛辞を送ってくれた。
「僕もーーーー」
何か返事をしようとした瞬間、目の前の景色がグルグルと回り始めた。
目まいに襲われた僕は、ドタンと後ろに倒れてしまう。
背後にいたジゼルが、逆さまに見えた。
彼女が驚いて、両手を口に当てながら言った。
「あ、ディランの下手な演技に気を取られて忘れてた! 2回も蒼願の魔法をかけたから、魔力切れだよ!」
慌ててしゃがみ込んだジゼルが、僕を上から覗き込む。
彼女に続いて、ルークとホリーも駆け寄ってきた。
「下手って言っちゃってるね」
「な?」
2人は軽口を交わしながら僕のそばに膝をつき、なんだかんだ心配そうに僕をのぞき込んだ。
ジゼルの青い瞳がゆらめく。
「大丈夫??」
「……なんとか……」
僕はみんなに笑い返した。
僕の顔の上には3人の顔が仲良く取り囲んでおり、その上から立ったまま覗き込むタナエル王子が見えた。
もっと先には、夜空に浮かぶ蒼い月が。
僕ら蒼刻の魔術師に、力を与えてくれる不思議な月。
その神秘的な蒼い月を見ながら僕は思った。
やっと。
やっと分かった気がする。
メアルフェザー様を幸せにする方法が。
僕は月に向かって……そこにいるメアルフェザー様に向かって、柔らかくほほ笑んだ。




