161:思いを集めて
「実に見事だった。未来を担う魔術師たちよ。タナエルの代は安泰だな」
壇上に現れた国王様が、低くて威圧感のある声を震わせた。
後ろに家臣を数名引き連れながら、タナエル王子のそばにやってくる。
王子とミルシュ姫は武器を納めると、頭を下げて迎えた。
突然の国王様の登場に、場内は唖然としていた。
けれど、王太子夫妻がすぐに礼を取ったのを皮切りに、そばにいたセドリックやキュロ、そして僕らも、次々と頭を下げていった。
国王様はその様子を見渡してから、タナエル王子に重々しく語りかける。
「最後の仕上げをすればの話だが……」
「はい父上。分かっております」
返事と共に顔を上げたタナエル王子の声は、少しだけ悲しそうに聞こえた。
気にかかった僕がそろそろと顔を上げた時、壇上の端にいたリヒリト王子が叫んだ。
「な、何をするんだ!?」
王宮の騎士に拘束された彼が、タナエル王子の前に引きずり出された。
ジゼルの拘束する魔法はとっくに切れていた。
けれどリヒリト王子の一行は、その場から1歩も動けずにいたようだ。
呆気なく全員が拘束されていく。
床に放り出されたリヒリト王子は、無様に転がりながらも、手をついて上半身を必死に起こしていた。
そんな彼に国王様が告げた。
「リヒリトよ。お前の行動は目に余る。国民の命を危険に晒す真似は看過できない」
「……父上……」
「よって、ここで処刑する」
「!? そんな!? 僕はただ……兄さんより優れていることを証明したかったんだ! 戦場に……同じ土俵に、いつまでも立たせてくれないから……」
青ざめていたリヒリト王子が、キッと国王様を見据えて続ける。
「兄さんがなかなか戦果を上げなければ……国民たちからの声が大きくなれば、僕にもその役目が回ってくると思ったんだ!!」
僕が以前感じ取った、リヒリト王子からタナエル王子に向けた『兄を追い抜きたい』という強い思いが、痛いほど伝わってきた。
「こんな街中にゲートを開く指示なんて、していなかったんだっ!!」
リヒリト王子が必死に訴えた。
僕があの時感じたとおり、彼はゲートを塞ぐ時に思いを乗せていた。
リヒリト王子も、グランディ国を転覆させたかった訳ではなさそうだ。
けれども国王様は、彼を終始冷ややかな目で見つめている。
「今まで兄弟間の争いも、切磋琢磨の機会として大目に見ていた。だが、このままお前を生かしておくことはーー此度の魔物との戦いで命を失った兵士たちへの、示しがつかないと判断した」
「…………」
「タナエル」
「はい」
国王様に指示されて、タナエル王子がリヒリト王子の前に歩み出る。
ゆっくりと、鞘から剣を引き抜きながら。
顔面をこわばらせ、蒼白になったリヒリト王子は、恐怖で歯を鳴らしながら兄の動きを目で追っていた。
座り込んだまま、尻を引きずるようにズルズル後退すると、背後から忍び寄った騎士に捕まえられる。
彼は両手を後ろに取られ、両膝をついた姿勢で、首を差し出すように頭を押さえつけられた。
「うぅ……離せっ!!」
「大人しくして下さい。暴れた方が苦しみますよ」
がっちりと体を固定されても、なお抵抗を続けるリヒリト王子に、落ち着きを払った声で騎士が告げる。
タナエル王子は窮地に追いやられた弟の様子を、無表情で見つめていた。
ことの成り行きを見守っていた国民たちも、場の雰囲気に呑まれてか、口々にリヒリト王子に向けて罵倒を浴びせ始めた。
「よくも俺たちを騙したな!」
「魔物を呼び寄せていただなんて……なんて酷いことをするの!?」
「国民を何だと思ってるんだ! そんな奴やっちまえ!!」
長く魔物の恐怖にさらされてきた国民たちの、やり場のなかった感情が爆発する。
リヒリト王子に向けられた強い思い……黒い黒い憎悪が。
僕はこの状況にひどく動揺していた。
リヒリト王子は確かに酷いことをした。
国王様が言うように今回だけでなく、以前から何度も……
けれど……
今、
この場で、
タナエル王子が、自ら手を下さなきゃいけないのかな!?
僕は泣きそうになりながら、タナエル王子とリヒリト王子を見つめた。
みんながリヒリト王子を憎むなか、タナエル王子だけは……
どこまでも純粋な思いを向けていた。
その思いが、僕の中に飛び込んでくる。
『第二王子じゃなければ、幸せに生きられたのに』
僕はつい口元を緩めてしまった。
まったくこの兄弟は。
いがみ合いながらも、本質では相手を思ってて……なんて似たもの同士なんだろう。
そう思った時には、僕はすでに動いていた。
剣を振り上げたタナエル王子に向かって叫ぶ。
「待て!!」
「…………え?」
命令口調の僕に驚いたタナエル王子が、初めて素でぽかんとしていた。




