16:黒の魔術師ルーク
「もっと嬉しそうにしろよ!」
ルークは笑いながら文句を言った。
彼は僕の数少ない友達の1人だった。
蒼刻の魔術師は数も少なく特殊な魔法を使うものだから、他の魔術師からは分からない存在として嫌厭される。
そしてちょっと理解した人は〝人からの強い思い〟を読み取る存在として、近付かなくなる……
けれどルークは変わっており、みんなが嫌がる僕の能力を好んで自分に使おうとした。
それがきっかけで友達になったぐらいだ。
僕がルークの向かいのソファに座ると、彼は前のめりになって好奇心旺盛な目で見てきた。
「さっきの可愛い女の子は何? 同棲してるのか?」
「ふわぁぁ……まぁそんな所かな?」
大きなアクビをして僕は適当に答えた。
「は? 寝不足アピール? 夜は遅くまであの子と忙しいって? いつの間にそんなキャラになったんだよ!」
「違うって! 添い寝してるだけで、緊張しすぎてよく眠れないんだ……」
僕が勢いで正直に告げると、ルークは目を見開いた。
「一緒に住んでるのに、手を出してない!?」
「…………そんな関係じゃないし」
「っ安定のヘタレ感。ある意味感心するぜ! あははっ!」
目の前の友人は、すこぶる楽しそうに笑った。
そんなルークに、僕は薄目になり嫌悪感でいっぱいの表情を向ける。
僕なんか気にせず笑い続けたルークだったけれど、一息つくとニヤニヤ笑いに切り替えて聞いてきた。
「で、どういうこと?」
ルークはこういった話が大好きだった。
「…………はぁ。えーっと、どこから話そうかな……」
彼が聞いてくる事が分かっていた僕は、イヤイヤながらも話し始めた。
気分が乗ってきたルークに根掘り葉掘り聞かれる。
こうなったら彼が満足するまで話が続くことも知っていたから、僕は聞かれるがままに答えた。
全てを話し終えると、ルークが怒りを露わにした。
肘置きの上で握りしめた拳をプルプル震わせながら、低い声を搾り出す。
「ってことは……料理や掃除なんかも甲斐甲斐しくしてくれて、ディランのことがずっと前から大好きで、お嫁さんになりたいって言ってる可愛い女の子なんて……完璧じゃないか!?」
ルークは唾を飛ばす勢いで叫んだ。
僕は盛大に照れそうになるのを、眉をひそめて目線を逸らすことで誤魔化した。
そんな僕にルークが続ける。
「どこが不満なんだよ!?」
「……だって、つい数日前まで猫だったんだ。しかも飼い主を亡くして傷心中だし……僕も動揺して、ジゼルの事をどう思っているのかよく分かってないし、もっと時間をかけて向き合ってあげなきゃなーって」
「……まっじめー。ある意味ディランらしい。でもジゼルちゃんの気持ちは? 待っててとか言ってあげたのか?」
ルークがもっともなことを言った。
けれどそのあとに「俺は犬でも猫でも、美少女になって〝好き〟って言われたら歓迎するぜ!」と言って台無しにしていた。
するとその時、生活スペースへとつながる扉が開き、ジゼルがひょこっと顔を出した。
「邪魔してごめんね。もう帰ってきてるよ」
「あ、おかえり」
僕は安心した顔を彼女に向けた。
ジゼルは無事に帰ったことを、わざわざ伝えに来てくれたようだ。
心配していた僕の気持ちを汲んでくれた行為に、じんわり嬉しくなる。
「紅茶でもお出ししようか?」
ジゼルの申し出を受けてチラリとルークを見ると、そこには鼻の下を伸ばしてデレデレしている友人がいた。
ルークは昔から可愛い女の子が大好きで、学校でもこんな調子だった。
「ありがとう、ジゼル。手伝うよ」
僕は席を立って、ジゼルと共にキッチンへと移動した。
ーーーーーー
用意した紅茶とお茶菓子を、ジゼルがトレイに乗せて先に運んだ。
僕が席に戻ると、ローテーブルに2人分配り終えたジゼルが、ルークにニコリと笑いかける。
「ゆっくりしていって下さいね」
「ジゼルちゃん! ありがとう!!」
ルークが彼女に飛びつきそうな勢いで詰め寄る。
ジゼルはクスクス笑いながら立ち去っていった。
光悦の表情を浮かべたルークが、ジゼルの後ろ姿を熱心に見送った。
彼女が扉の向こうへと消えてしまっても、そちらを眺めたままボソリともらす。
「……ディランからジゼルちゃんの健気な話を聞くと、ますます可愛い……」
ジゼルをベタ褒めしたルークが、今度は意味あり気に僕を見て続けた。
「あーぁ。俺にもあんな可愛い子が好意を向けてくれないかなー?」
僕は彼をジトリと見返して答える。
「……いつも通り、ルークに対しての強い思いは誰からも向いてないよ」
「まじかー!! 職場に新しく入った女の子とか、可能性あると思ったのになー」
ルークが大袈裟に肩を落としながら、カップとソーサーを手に取り紅茶を飲んだ。
彼は学生の頃から、こうやって誰かの強い思い……つまり誰かの好意が自分に向いていないかを、よく聞いてきた。
僕の蒼の魔法を、恋愛相談に活かす人なんて初めてだった。
それまで気持ち悪がられるからと、外ではこの能力を使わないようにしていた僕だったけれど、ルークだけは特別に見てあげていた。
まぁ、僕が見た結果なんか気にせず、ルークはいつも当たって砕けてたんだけど……
『黙っていればカッコいいのに』
ルークが女の子たちからよく言われていた言葉だ。
僕が心の中で彼女たちに同意していると、ルークが意気揚々と告げる。
「今日から近所の猫をめちゃくちゃ可愛がるぞっ」
「え? そっち狙い? 職場の女の子に頑張りなよ」
僕は学生時代と変わらない友人に、呆れ返った表情を向けた。




