表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

159/165

159:総力戦 


 ミルシュ姫の血の匂いに誘われて、穴からおびただしい数の魔物が現れた。

 さっきまで中型の獣だったのに、二足歩行の大型の獣も飛び出してきている。


「…………どうしよっかぁ」

 僕はゲートを見つめながら、レシアの〝どうしよう?〟に返事をする気持ちで呟いた。

 そんな呆然としている僕を、隣に寄り添うジゼルが叱咤(しった)する。


「まずは魔物をどうにかしようよ! ゲートを塞ぐのが1番だけど、みんなの安全を確保しないと……ディランは聖の魔法を連発して。魔力が底をついたら私のを使って!」

 彼女の諦めない姿に勇気づけられた僕は、力強く頷いた。

「そうだね。最後まで出来るだけのことをやってみよう!」


 そうして僕らが意気込んだ時だった。




 熱風を浴びたと思ったら、空から炎の塊が落ちてきた。

 黒い穴に向けて落下したそれは炎の海になり、穴付近にいた魔物たちが燃やし尽くされてしまった。


「空からの攻撃!? ……けどあれって……」

 すぐさま頭上を仰ぐと、そこには黒いドラゴンの姿が。

 滑空する姿を目で追っているうちに、もっと驚くものがその背に見えた。


「タナエル王子! と、セドリック!?」

 思わず叫んだ声が届いたのか、2人を乗せたドラゴンがゆっくりと地上に舞い降りた。


 地面に到着する前に、タナエル王子がドラゴンから飛び降りる。

 壇上に着地すると、炎の攻撃で取りこぼした魔物と戦うミルシュ姫の元に駆けつけた。


 タナエル王子は左腰の剣に右手を伸ばし、グリップを握りしめる。

 駆け寄る勢いのまま強く踏み込むと、鞘から引き抜いた剣を斜め上へと魔物に叩きつけた。

 後方へゆっくり倒れる魔物を、剣を両手で握り直した王子が振り下ろす一撃で薙ぎ払った。

 そしてミルシュ姫に振り向く。


「遅くなってすまない」

「エル!」

 ミルシュ姫が表情を崩し、王子の胸に飛び込んだ。

 姫は毅然としていたけれど、魔物があふれる状況はさすがに不安だったのだろう。

 タナエル王子の姿を見た瞬間、張りつめていた感情がこぼれ落ちた。




 僕らがいる高台のすぐ隣の壇上に、ドラゴンに(またが)るセドリックが降り立った。

 軽やかに飛び降りた彼は、公爵家に古くから伝わる赤の魔術師のローブを羽織っていた。


 僕とジゼルはいそいそと高台から降りると、興奮気味に彼を迎えた。

「セドリック、ついに召喚したんだね!」

「すごいですね! これで立派な赤の魔術師ですね!」


 何を隠そう、セドリックはタナエル王子の作戦という名の命令で、その血筋に眠る赤の魔法を開花されていた。

 僕たち2人からの熱い思いを元にした、蒼願の魔法で。


 セドリックがよっぽど疲れたのか、しゃがみ込んで深い深いため息をついた。

「召喚というか、まずはこのドラゴンと契約したんだけど…………聞いてくれるかい? このドラゴンが眠る洞窟の攻略を、タナエル王子に命じられたんだ……2日でって。2日だよ?? 流石に無茶振りじゃない? 間に合って良かったけど」

 

「今に始まったことじゃないだろう」

 タナエル王子の身も蓋もない指摘が飛んできた。

 僕もつい頷きそうになる顔を、どうにか静止させる。


 するとドラゴンが、意気消沈したセドリックを片翼でバシバシ叩いた。

「うっ……いたた……あぁ、ありがとう……」

 彼は手で制しつつ、弱々しく笑う。

 どうやらドラゴンなりの慰めらしい。


 一方、配下には無茶をさせるタナエル王子が、自分の妃は大事に抱え込んで語りかけていた。

「シナンシャ地区のゲートが、きちんと消失したのを確認してから、急いで駆けつけたんだ。よくここまで頑張ってくれたな」

「エルも無事で良かった。……けれど……こっちのゲートはどうするの?」

「それはもちろんーーーー」

 穏やかな眼差しを姫に向けていたタナエル王子が、急にじっとりした視線を僕に向けた。

 

 僕はそれを受け止めて苦笑する。

「…………やっぱり。タナエル王子ならそう言うと思ってました……」

 

 …………

 僕とタナエル王子の考えが一致した。

 これは決して、王子の考えが先に読み取れるようになった訳じゃない。

 そこまで知らないうちに訓練された訳ではない。

 ……と思う。




 僕とジゼルは、ゲートがどんなものか確認しようと黒い穴へと近付いた。

 けれどまたその穴から、魔物が出て来ようと頭を覗かせる。


「〝茨の檻(クルヴィーフィア)!!〟」

 いつの間にか壇上にいたフィロが、呪文を大声で叫んだ。

 彼は恐怖で震えながらも、両手を黒い穴に向けて突き出している。

 たちまち穴の縁から中央へと、緩いアーチ状に(いばら)が生い茂り、魔物の侵入を阻害する蓋となった。


 それでも魔物たちは穴から這い出そうと、次々に頭を押し出してきた。

 けれど(いばら)に一体が触れた途端、甲高い悲鳴が上がった。

 次々と他の魔物たちも、慌てて後退していく。

 異様な光景に言葉を失っていると、隣でジゼルがぽつりと呟いた。

「棘の先から何かが滴り落ちてる……毒かなぁ?」

「あー……なるほど。そうだろうね」

 

 するとフィロが、タナエル王子に向かって叫んだ。

「う、上手くいきましたっ! これで少しは時間稼ぎ出来ます!」

 そう言った彼のローブの背には、植物の蔓が絡み合う繊細な紋章が入っていた。


 母さんが大事にしていた緑の魔術書の中で、あの模様を見た気がする。

 今では見かけない古い図案を、王子があえて特別な意匠に仕立てたのかもしれない。


 ……あの風刺画に描かれていた奇妙な未来が、次々と現実になっている。

 タナエル王子の見事な采配に、思わず背筋が震えた。

 


 

 戦場の目まぐるしい変化に圧倒されていると、僕の肩にポンと手が置かれた。

「今のうちに蒼願の魔法をかけよう」

「!! ダレン!」


 彼は今回、タナエル王子と共にシナンシャ地区で動いているはずだった。

 驚いた僕が表情だけで〝いつ来たの?〟と聞くと、彼はゆるゆると肩から手を離してうつむいた。


「俺とキュロは、王子たちとは違うドラゴンでこっちに来たんだ…………ぅう゛……ちょっと酔った」

 ダレンが顔をしかめながら口元を押さえる。


「乗り物酔いしやすい?」

「……まぁ。それより聞いてくれよ。俺が風刺画に描かれてないからって、敵にマークされてないと判断したタナエル王子が、こき使いまくりでーー」

 地面に向かってダレンが愚痴をこぼし続ける。

 ここにも無茶振りの被害者がいたようだ。


「お疲れ様。……えっと、蒼願の魔法をかけるね」

 僕はアルテアの杖をローブの内ポケットから取り出した。

 杖を黒い穴に向けて振ると、蒼い魔法陣が茨の蓋の上に展開された。

 キラキラ輝きながらゆっくりと回るそれは、この場にそぐわず美しかった。


「…………」

 僕は客席の方にくるりと振り返った。

 ちょうど空には蒼い月が浮かんでおり、僕を優しく見守っている。


 僕はその月に柔らかくほほ笑んでから、客席のみんなに目を向けた。


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ