158:総力戦
「魔物が来ます! 迎え撃ちましょう!!」
ミルシュ姫が、陽が沈みきった空へと剣を高く掲げた。
騎士たちはその姿に奮い立ち、ざわざわと動き出す。
僕も黒い穴を一心に見つめ、右手を掲げた。
ーーーー
黒い水たまりのような穴の真ん中に、木の枝のような一対の角が生えた。
かと思うと、そこからレイヨウのような魔物が這い出てきた。
それを皮切りに、黒い穴から一斉に魔物が飛び出してくる。
顔が2つある狼のような魔物や、鷲とライオンがくっついたような魔物など、ありとあらゆる魔物が現れた。
「っ魔物が本当にやって来た!!」
「キャー!!!!」
「にっ、逃げるぞ!!!!」
恐怖のどん底に陥った国民たちが騒ぎ、逃げようと我先に出口へ急いだ。
会場はたちまち、混乱の渦に巻き込まれていく。
そんな中、ギュッと目を閉じたジゼルが客席に手を掲げて叫んだ。
「よ、弱いホリーとルークは大っ嫌い!! 今だけ最上位の魔術師になって!!!!」
彼女の魔法に応えるように、客席から声が上がった。
「〝防ぎ守れ!!〟」
「〝我の盾となれ!!〟」
立て続けに防御魔法を唱えたホリーが、注目を浴びる。
透明な壁に守られたと感じた国民たちは、少しだけ冷静さを取り戻し、大人しくなった。
「……大丈夫です! 私たち白の魔術師は、いつの時も国民の皆さんを守り癒します! 怪我をされた方は居ませんか? 回復魔法をかけますよ!!」
数名の白の魔術師の真ん中に、ホリーが背筋をピンとさせて立っている。
彼女の着た白いローブには、トップの証である紋章が入っていた。
その隣には、彼女を穏やかに見守る本当のトップ、ハロルドの姿があった。
彼を見つけたジゼルが、顔をこわばらせた。
「…………複雑。フォグリアさんの記憶があるから……息子に無彩の魔法を見られるなんて、恥ずかしすぎる」
そう言って、彼女は両手で顔を覆った。
「〝炎よ燃えろ!!〟」
「〝雷よ降り注げ!!〟」
今度は壇上のすぐ下で声が上がった。
いつの間にか、客席の前側を黒の魔術師たちが陣取っていた。
その真ん中に立つルークが、意気揚々と魔法を放つ。
彼もまた、トップの証である紋章が入った黒いローブを纏っていた。
彼の魔法が、ミルシュ姫たちの手をすり抜けた魔物を食い止める。
「ここから先は魔物を通さないぜ! えっと……国を守るという目的が王族と同じなら、これからも共に戦っていく!! っそれが俺たち黒の魔術師だ!!」
用意していたようなセリフを言い切ったルークが、僕に向かってニッと笑った。
そんな彼の隣には黒の魔術師のトップ、エルヴィスの姿があった。
口をあんぐりと開けて、ジゼルを凝視したまま固まっている。
「……そうだよねぇ。エルヴィスさんの中で憧れだったジゼル・フォグリアが、姿も変わってこんな魔法使ってたら、ビックリするよねぇ……」
顔を覆っている手の隙間から、チラリとエルヴィスを見たジゼルが相変わらずブツブツ言っている。
けれど壇上の混戦模様にハッとし、ミルシュ姫や騎士たちに能力を高める魔法をかけていた。
顔を真っ赤にさせたまま、無彩の魔法特有の呪文を唱える。
その隙に、僕はホリーとルークに思わず聞いてしまった。
「2人とも、そのローブは……」
「「今日だけ借りた!!」」
それぞれが魔法をかけながらも、息がピッタリな様子に思わず苦笑する。
紋章入りローブを着こなす彼らを見ていると、あの風刺画が思い起こされた。
脳内で、タナエル王子と喋ったセリフがまた流れる。
『ーー他の魔術師たちも、どうせなら風刺画に合わせて揃えてしまおうか。レシアに、ルークに、ホリーに……』
『…………レシアは分かりますが、ルークとホリーは面識ありましたっけ?』
『……ディランたちが馬鹿げたレースをして、城空に不法侵入しただろ? そのメンツは王宮内では有名だ。悪い意味でな』
『…………あぁー、だからリヒリト王子たちも知ってて、風刺画にされたんですねー……』
この話のあと、王子は魔術師の二大トップであるハロルドとエルヴィスに、協力を申し出ると言っていた。
ヴァシルクを倒すことはもちろん、国民たちが集まっているこの機会に、上手いことアピールしたいと計画を練っていたのだ。
魔術師と王族はあくまで対等で、みんなを守る存在だということを。
王族嫌いのエルヴィスにとっては、自らが矢面に立たず、なおかつ対等性を示せる場になった。
だからこそ、協力を承諾したと聞く。
タナエル王子はやっぱりすごい策士だ。
風刺画に準えるといった冗談のような理由も、本当はこの為だろう。
『ーーディラン? ディランは魔法で敵を攻撃しまくればいいだろ? 風刺画のような威風堂々とした様子で、皆が恐れ慄くほど暴れたらいい』
いや、それはちょっと……
僕は脳内のタナエル王子に返事をする。
そして苦笑を浮かべたまま、魔物が湧き出す黒い穴を瞳に映した。
でもーー
僕も頑張っているみんなに続こう!
ぐっと口元を引き締め、壇上に向けて手を掲げた。
心の中で、メイアス様に祈りを捧げる。
すると途端に、嬉々とした彼の声が聞こえた。
『ほっほ〜う。今日は可愛い女子が沢山いるのう!!』
相変わらず騒がしい神様だけれど、不思議といつもより気にならない。
僕は深く息を吸った。
「〝裁きの鉄槌!!〟」
稲妻のような光が夜空を切り裂く。
壇上の魔物目掛けて落ちると、一瞬で跡形もなく消え去った。
ルークが思わず感嘆の声をあげた。
「うわ、すっげーな!」
「ありがとう…………けど、穴からまた出てきたね。魔力をたくさん消費するから、何度も使えないし。だからーー」
僕の言葉にジゼルが返す。
「もしかして、蒼願の魔法を使うつもり?」
「うん」
彼女を見つめて、僕はゆっくりと頷いた。
魔物の国と繋がる黒いゲート。
これを塞ぐには、僕の蒼願の魔法をかけるしかない。
けれどこれほどまでに大きな穴だ。
特大の蒼願の魔法が必要なため、魔力を温存しておかなくてはならない。
そして塞ぎたいという〝強い思い〟が足りない……
どうしようかと迷っている間も、魔物たちが湧き出てくる。
「キャッ! 何をするの!?」
その時、客席からレシアの声が上がった。
パリンと何かが割れる音も続く。
僕は嫌な予感がして、すぐさま彼女に目を向けた。
攻撃魔法を得意としないレシアは、早々に客席へと避難していた。
ミルシュ姫の血を染み込ませた綿入りの瓶を持ったまま。
その瓶が……
貴婦人に奪い取られ、地面に叩きつけられていた。
「あ、あの人が……主人が、亡くなってしまったから……!!」
その身なりのいい女性が、体を小刻みに震わせながら涙を流す。
「主人って?」
レシアが眉をひそめながら尋ねると、女性が噛みつくように叫んだ。
「さっき舞台にいたフィリップよ!! あの黒い所に沈んでいった!!」
女性が歯を食いしばりながら、黒い穴を指差した。
「…………」
レシアは悲痛な表情を浮かべ、言葉をなくした。
瓶を割りにきた女性は、ヴァシルクと魂の契約をしていた側近の奥さんだった。
「これに魔物が群がってくるんでしょ!? みんな……みんな死んじゃえばいいのよ!!!!」
自暴自棄になった彼女が、虚空に向かって絶叫する。
「〝いざないの眠り〟」
レシアが優しく魔法をかけた。
途端に女性は静かになり、泣き濡れた瞳を閉じて、レシアに向かって倒れ込む。
レシアは彼女を受け止めると、僕の視線に気付き、困った表情で見返してきた。
「…………どうしよう?」
レシアはそう言って、床に転がる砕け散った瓶を見た。
おもむろに手を突き出して、呪文を唱える。
「…………〝炎よ燃えろ〟」
とりあえず綿を燃やしてみたけれど、地面には血の跡が……
「ーーディラン!!」
切羽詰まったジゼルの声に、僕は急いで壇上に振り向いた。
黒い穴からは、さっきとは比べ物にならない数の魔物が、雪崩れ込んできていた。




