156:反撃開始!
リヒリト王子たちが国民を集めたのは、式典会場だった。
年に一度、魔術師たちと王族が一堂に会する、格式高いあの場所だ。
太陽が少し傾きかけた頃、その集会は始まろうとしていた。
会場前方の壇は半円形で、奥が緩やかなカーブの壁に囲まれていた。
その壇の手前の縁に、リヒリト王子が立っていた。
傍らには、彼を支持する貴族や権力者たちがずらりと並び、壮観な列をつくっている。
彼らの後ろで、興味なさそうに壁にもたれているヴァシルクの姿も見えた。
ひとり冷めた様子の彼は、王子たちを静かに眺めている。
壇の手前には少し広めの石畳の空間があり、そこから客席にあたる場所が始まっていた。
ゆるやかな半円状の階段が幾重にも重なり、すり鉢のように会場を囲む形になっている。
僕とジゼルは、その階段席の一角に紛れていた。
灰色の外衣のフードを深く被り、出番が来るまで息をひそめていた。
壇上では、高貴な身なりの男性が一歩前に出ると、集まった国民に向けて演説を始めた。
「いいですか皆さん! このままではグランディ国は魔物に攻め入られてしまいます! ここも直に戦場となるでしょう。けれどリヒリト王子なら、タナエル王子と違って止めることが出来ます!!」
野心的で勢いのある彼に、見覚えがあった。
いつもリヒリト王子のすぐそばにいたあの人だ。
きっと、側近と呼んでいい存在なんだろう。
彼の熱弁を受けて、リヒリト王子が前に進み出る。
「長引く魔物との戦い。終わりの見えない未来への不安。そんな国の現状に、僕は大変心を痛めている……」
王子が形の良い眉をひそめて、憂いを帯びた表情を浮かべた。
聞き入る国民たちも、今にも泣き出しそうな彼の様子に胸を掻き立てられ、ため息をもらす。
「けれど国王である父上は、戦う権限を僕に認めて下さらない! おかしいではないか? 誰よりもこの国の為に戦いたい僕が、何も出来ないなんて……手をこまねいているだけは、もう我慢ならない!!」
王子が思いの丈をぶつける。
その熱意に、不思議と嘘が混じっている様子はなかった。
「僕はこの国の人々を守るために、立ち上がることを決意した! 必ずやこの魔物との戦いを終わらせて見せる!!」
リヒリト王子は胸を張り、堂々と言い切った。
王子の力強い宣言に、国民たちがざわめき始める。
「……本当だろうか?」
「けど実際、王太子様じゃ魔物を退治できてないし……」
「あれだけハッキリ言い切ったんだ。何か策があるに違いない! オレはリヒリト王子を支持するぞ!」
この場にいる全ての国民が、リヒリト王子を全面的に支援している訳ではなかった。
けれど、長く続く戦争が少しでも早く終わるのならと、王子に期待を寄せ始めていた。
「待ちなさい!」
式典会場に凛とした声が響き渡った。
壇上の右端には、いつの間にか現れたミルシュ姫が立っていた。
彼女は赤いドレスを纏い、豊かな黒髪は片側に流れるようにセットされていた。
露わになった耳から首筋、そして肩へと続く肌は、異様に白く艶めかしく映った。
「いつの間に!?」
側近の彼が上擦った声をあげ、隣に立っていた者に鋭い視線を投げた。
その人は慌てて首を横に振る。
側近たちだけではなく、しっかり警備していたはずの会場内に……しかも自分たちのそばに突然現れたミルシュ姫に対して、リヒリト陣営は大きく動揺していた。
その隙にミルシュ姫が大声で告げる。
「私は知っています! 貴方達が魔物と手を組んで、この国に仕向けていることを!」
彼女の芯の通った声のあとに、国民たちが一斉に息を呑む音がした。
リヒリト王子を支援する貴族たちが、口々に叫ぶ。
「何を根拠にそんなことを!?」
「苦し紛れの嘘をつかないで頂きたい!」
外野が騒ぎ立てる中、ミルシュ姫はおもむろに右手を差し出した。
その指先からは、赤い雫がポタポタと落ちていた。
よく見ると姫の腕には切り傷があり、そこから細い糸かのように、血がトロトロと流れ出している。
途端にヴァシルクがうめき始めた。
ちょうどミルシュ姫とは反対側ーー壇上の後方にある壁際に控えていた彼の様子が、突如として激変した。
「っう、あぁぁ……!」
ヴァシルクは何かに操られているかのように、フラフラと歩き、ミルシュ姫にゆっくりと近付いていった。
姫はニヤリと笑うと、国民たちに向けて自信たっぷりに言い渡した。
「私の血は噂通り、魔物を寄せつける効果があります。その力をもってして、リヒリト王子と手を組んだ魔物を炙り出しましょう!」
リヒリト王子が、ミルシュ姫の目的を理解してハッとした。
ちょうどその時、ヴァシルクがそばを横切ろうとしたので、腕を掴んで引き止める。
「何をしているんだ!?」
「うるさいっ!!」
ミルシュ姫の血に当てられたヴァシルクが、王子の手を乱暴に振り払う。
彼は爛々とした赤い瞳で、ミルシュ姫だけを捉え続けていた。




