153:君に無償の愛を。
「……で、何?」
僕の目の前には無事に神力が戻り、体を再生させたフォティオスが立っていた。
「フォティオス様ー! 良かった! 良かったですー!!」
その横には、泣きながらフォティオスの胴に抱きついて離れないエイレーネがいた。
ーー彼女は見事に『絶対に神力を戻す!』というフォティオスに向けた願いを叶えていた。
そして再び目覚めたフォティオスと感動の再々会を果たすと、何を言っても引っ付いて離れなくなってしまった。
フォティオスは慣れているのか、エイレーネをくっつけたまま器用に立ち上がると〝もう用はないから〟みたいな目線を僕らに投げかけた。
そしてエイレーネを半ば引きずりながら、スタスタと離れていくーー
「ちょ、ちょっと待って!」
僕とジゼルは大慌てで彼らを引き留めた。
それですこぶる不機嫌なフォティオスが、僕らの目の前にいるのだ。
殺気とまではいかないけど〝早く帰れよ〟というような、前とは違った圧を感じる……
「えーっと……」
僕が言葉に詰まっていると、フォティオスが呆れて先に喋る。
「何? お礼を言って欲しいのか? 面倒だな。……エイレーネのことは感謝してるさ」
「フォティオス様はこんな態度ですが、めちゃくちゃ喜んでますよー。私もまた、こうして抱きしめられるなんて、夢みたいです! 蒼の魔術師さん、ありがとうです!!」
ついさっきまで敵だった2人からの、好意的な態度にひとまずホッとする。
フォティオスが、喜びで満ち溢れるエイレーネを落ち着かせようと、彼女の肩に手を置いた。
「わわっ!? 復活してからのフォティオス様の態度が激甘です!! 私をこんなに素直に受け入れることなんて、なかったんですよー!?」
けれど逆効果だったようで、エイレーネが鼻息荒く興奮し始めた。
彼女は幸せそうに目をギュッと閉じて、更にフォティオスを抱きしめた。
彼はその勢いに驚いた拍子に肩から手を離し、そのままスンとした表情で手を下げた。
そして僕をじとりと見つめ返す。
何となくその表情が〝もっとうるさくしてすまない〟と言っていそうだった。
2人の案外気兼ねしない様子に後押しされて、僕は本来の目的を相談した。
「……僕らのいるグランディ国が魔物に攻め入られているんだ。その……やめて欲しいんだけど」
フォティオスは眉をひそめて答える。
「やめて欲しいと言われても……何のことだか分からない」
「フォティオス様は、昔はガンガン攻めていましたが、往年は飽きてほとんど配下に任せてましたよー」
くっつき虫のエイレーネが続いた。
「最近では、その配下を管理するのも面倒だからしてない」
仏頂面のまま言い放つフォティオスからは、嘘を言っているようには感じられなかった。
ジゼルが恐る恐る尋ねた。
「じゃあ、あなたじゃない違う人ですか? 容姿が似てるって聞いて……」
「…………」
少し考え込んだフォティオスが僕らを一瞥し、外への扉を開けて出て行った。
エイレーネは相変わらずズリズリと引きずられている。
けれど不意にフォティオスが彼女に目をやると、エイレーネの足元がふわりと光った。
「……あ、私の?」
彼女の視線の先には、ブーツが現れていた。
「裸足のままは傷付くだーー」
「気遣ってくれたんですかー!? 何も履いてない私の足を! フォティオス様が優しすぎるー!!」
ぶっきらぼうに答えるフォティオスを、エイレーネが食い気味に褒めちぎる。
「…………」
フォティオスが構わずに歩いたため、エイレーネの声が遠ざかっていった。
僕とジゼルも少し遅れてからついていくと、彼らは庭にある小さな池の前に立っていた。
フォティオスの手が池の上に差し出されたとたん、水面がやわらかく光を帯びた。
水鏡のように瞬くと、どこかの風景を映し出す。
それを見たエイレーネが歓声を上げた。
「神力が戻って、それも出来るようになったんですねっ!」
「あぁ、エイレーネが戻してくれたから…………ありが……と……」
フォティオスが消え入るような声でお礼を伝えると、エイレーネは息を呑んだ。
「っ!? キャー!!!! あのフォティオス様がこんなに素直なんてー!?」
「うるさい」
「私もっ!! 私も未来永劫愛しています!! フォティオス様ー!!」
感極まったエイレーネが、彼の正面に回ってギュウギュウ抱きついた。
フォティオスは鬱陶しそうに彼女の頭を横に押しのけると、池に映し出された光景を覗き込む。
「……グランディ国のそばにいる高位の魔物を調べたら、こいつっぽいけど。しかも国内に入り込んでるな」
フォティオスが指をさした先には、暗い部屋で数名の大人たちと話す、背の高い少年がいた。
大きなテーブルの席につき、みな薄笑いを浮かべて何かを喋っているようだ。
音は聞こえないのだけれど、少年はニヤニヤと笑いながら何かを得意げに答えている。
肩が揺れるたび、黒い巻き毛から覗く赤い瞳がちらりと見えた。
その時、話すのをやめてみんなが一斉に同じ方向を見た。
誰かが部屋に入ってきたようで、少年以外の大人たちは揃って席を立ち、恭しく頭を下げた。
少年は頭の後ろで手を組み、来た人に何かを言っていた。
遅れて来たことにでも文句を言ったのか、鼻で笑った少年の隣に座ったのはーー
リヒリト王子だった。




