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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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152/165

152:君に無償の愛を。


「エイレーネ、こっちへ来い」


「…………」

 呼ばれたエイレーネは、ゆっくりとフォティオスに顔を向けた。

 その表情からは、彼女が何を考えているのか読み取れなかった。

 ただよろよろと歩き出したかと思うと、フォティオスに向かって駆け出す。


「フォティオス様!!」

 顔をくしゃりと歪めた彼女が、座っているフォティオスの胸に飛び込んだ。

 彼が残った片腕で抱き止めると、エイレーネは堰を切ったように大声で泣き始めた。


「ご、ごめんなさい、フォティオス様! 手足をっ……私の手足をあげてたのに……貴方を助けるって、約束……ぅぅ……したのに!!」

 エイレーネが人目も(はばか)らずに、わんわん泣き喚いた。

 フォティオスは彼女の首元に顔を埋めると、初めて聞く優しい声色で告げた。

「エイレーネは悪くない。よく今まで貸してくれたな」

「〜〜っ! フォティオス様ぁ!!」


 僕は、2人のそんな様子に困惑しきっていた。

 いつの間にか隣に戻ってきたジゼルと、思わず顔を見合わせる。


 フォティオスが、泣きじゃくるエイレーネの頭を優しく撫でた。

「ずっと仮死状態のエイレーネを、蘇らせたかったんだ。(いにしえ)の方法を調べたりして、一か八かで試していた。まさかあいつらが叶えるなんて……」

 フォティオスがチラリと僕らを見ると、目を閉じてエイレーネの頭に顔を寄せる。


 ーー何てことだ。

 フォティオスはリンネアル様じゃなくて……

 エイレーネ自身を蘇らせたかったんだ!

 

 エイレーネが涙に濡れた顔を上げ、訴えるように叫んだ。

「でも、このままじゃフォティオス様が死んじゃいます!!」

 彼女がボロボロと大粒の涙をこぼしながら、彼の頬に手を当てる。


 よく見ると、フォティオスの頬が黒く変色しており、それがじわじわと広がっていた。

 彼が自分の左手で、頬に添えられたエイレーネの手をそっと包む。

 その左手もすでに黒くなっており、指先が砂のようにサラサラと崩れ始めた。


「いいんだ。また俺の名前を沢山呼んで欲しかったから。エイレーネに」

「フォティオス様!!」

 エイレーネが、言葉にならない想いをすべて泣き声にぶつけた。


 フォティオスは笑ってるかのように目を閉じて、崩れゆく左手をぱたりと下ろした。


 エイレーネは消失していくフォティオスの体を、必死に抱きしめた。

 彼女がずっとずっと彼に向けている思いが、膨れ上がっていくーー

 

『どうか、生きて』

 

 その痛いほどの強烈な思いに、僕は嫌でも理解した。

 エイレーネは洗脳されていたわけではなく……

 2人が純粋に愛し合っていたことに。


 寿命が尽きようとするフォティオスに、自分の手足をあげてまで、それを食い止めたエイレーネ。

 死にゆく彼女を、時を止めてまで、それでも助けようとしていたフォティオス。


 僕とジゼルが呆然と2人を見守るなかで、エイレーネの悲痛な懇願(こんがん)が続く。

 

「フォティオス様……お願いです。一緒に生きて下さい……」

「…………」

「愛してます、フォティオス様……」

「…………」


 返事のないフォティオスの体は、サラサラと崩れていった。


 僕はジゼルにそっと喋りかけた。

「フォティオスはたとえ敵だったとしても、エイレーネを僕の蒼願の魔法のせいで、不幸にはしたくないと思うんだ……」

「…………うん。私もエイレーネを、どうにかしてあげたい」


 エイレーネを潤んだ瞳で見つめていたジゼルが、僕を見て眉を下げて笑った。

 僕も彼女のように眉を下げて笑い返すと、ローブの内ポケットからアルテアの杖を取り出して、エイレーネに向ける。


 するとエイレーネたちがいる床に、蒼く輝く魔法陣が展開された。

 ゆっくり回転しながら2人を照らすそれに気付いたエイレーネが、僕らを振り返った。


「これは……」

「僕はもう魔力が残ってません。エイレーネさんが、フォティオスに蒼願の魔法をかけて下さい」

 僕はゆっくりと彼女に歩み寄った。


「でも……生死に関わる思いはタブーですよ」

 エイレーネが悔しそうに眉をひそめる。

 彼女の瞳からは、僕らに対する敵意の色がすっかりなくなっていた。


「そうですね。けれど、生きることを願うんじゃなくて……例えば手足が回復するようなことを願うんです」

 エイレーネのそばに立った僕は、穏やかに続けた。

「失ったものを元に戻す方向で」

「そんなっ……白の魔法を超える回復魔法なんて、かけられません!」

 彼女が怪訝(けげん)そうに僕を見る。


「やってみる価値はあると思います。大丈夫。リンネアル様もついてる」

 僕の言葉に呼応するように、元始の魔法陣が外側にさらに展開された。

 今日はフォティオスを拒絶するわけでもなく、2人を暖かく包み込む。


「!? これは…………」

 エイレーネは魔法陣を愕然と見つめた。

 きっと同じ蒼刻の魔術師だから、リンネアル様の力を感じ取ったのだろう。

 そしてどこか納得したように頷くと、僕に向けて宣言した。

「神力……フォティオス様に神力を戻します。全てが戻らなくても、せめてご自身の体を再生させる神力を」


 言うが早いか、エイレーネはフォティオスの体を抱き込んでギュッと目を閉じた。

 力強くリズミカルに呪文を唱え始める。

 フォティオスに向けての強い思いも、より具体性を帯びて輪郭がハッキリしたものに変わった。

 『神力が戻りますように』ではなく『絶対に神力を戻す!』という、気迫を感じるほどの強い思いに。


 エイレーネの思いに呼応して、魔法陣は蒼く蒼く美しく光り輝く。

 彼女が(うた)うように呪文を唱え終わると、辺りが蒼一色で埋め尽くされた。



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