15:2人暮らし
無事に家に帰ってくると、ジゼルは朝に干していた洗濯物を取り込んだ。
僕が二度寝している間に、洗濯してくれていたらしい。
「ディラン、このタオルはあっちでいい?」
「うん。そこのカゴに1枚置いといてくれる?」
「はーい」
僕はジゼル用に買ってきた歯ブラシとコップを、洗面所の棚に仕舞う。
ジゼルはパタパタと足音を立てて、タオルを片付けにいった。
…………
一緒にご飯を食べたり、食器の片付けしたり、買い物したり……
正直言うと、こういうのっていいよね。
僕はジゼルの後ろ姿を見送った後で、2人暮らしの楽しさを噛みしめていた。
本当にジゼルが、お嫁さんに来たみたいになってしまっている。
お嫁さんは僕も欲しいから、憧れていた生活が体験出来てちょっと嬉しい。
買ってきた生活用品の片付けが終わると、僕はリビングへと移動はした。
するとソファに座ったジゼルが、ぼんやりと前を見つめている様子が目に入った。
彼女の目線の先を見ると、そこには背の低い棚があり、1番上の目立つ場所に黒いベルベットのチョーカーが飾られている。
「どうしたの? 疲れた?」
心配した僕は彼女の隣に座った。
「……っあ。ごめんね。ぼーっとしてた」
ジゼルが眉を下げて笑う。
そして「なんでもないよっ」と慌ててニコニコと笑った。
見ていて痛ましいほどの空元気だ。
「何でもなくはないよね? 僕に言いにくいことでもいいから、聞かせてよ」
ジゼルは猫にしては珍しく……珍しいのかな? 僕に対してすごく気を遣ってくれる性格だった。
絶対に蒼願の魔法関係について悪く言わない。
だから頑なに喋ろうとしない時は、僕の魔法関係で悩んでいる証拠だ。
ジゼルはしばらく僕を見つめて悩んでいたけれど、ぽつりぽつりと喋り始めた。
「…………ふとした時に、ウィリアムが亡くなったことが、たまらなく悲しいの」
ジゼルの青い瞳に涙が溢れた。
「しかも……〝ジゼルさん〟とウィリアムの思い出も私の中にあるから……〝ジゼルさん〟としても悲しいの」
彼女の涙がポロポロとこぼれていく。
ジゼルが涙する様子に胸が締め付けられた僕は、思わず眉をひそめてしまった。
それを見て勘違いしたジゼルが、必死に言い訳をする。
「……あ、違うの、私が望んだことだから……望んで〝ジゼルさん〟になったから、仕方ないことだって分かってる。蒼願の魔法をかけてもらったことは、後悔してないんだよ。本当だよ…………ごめんね、ディラン」
意地らしい彼女を僕は優しく抱きしめた。
ジゼルが腕の中で懸命に繰り返す。
「本当なんだよ?」
「うん。分かってるよ」
…………
やっぱり今回の蒼願の魔法は、ジゼルにとって〝呪い〟だったのかな?
あれだけ彼女を幸せな結末に導くと豪語していたのに、悲しんでいるジゼルを見ると、僕は途端に弱気になってしまった。
ーーどうかジゼルが、ウィリアムとの素敵な思い出に、笑顔を浮かべる日が来ますように。
僕は願いを込めてジゼルを抱きしめ直すと、彼女が泣き止むまで胸を貸してあげていた。
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翌日。
僕はまた、ジゼルにくっつかれてよく眠れなかった。
だからまた朝に2度寝をしていると……
また先に起きているジゼルに揺れ起こされた。
「ディランにお客さんが来てるよー」
ジゼルがゆさゆさと僕を揺らす。
僕は寝ぼけ瞳を擦りながら起き上がった。
「……おはよぅ…………お客さん?」
「かなぁ? ディランに蒼の魔法で、何かを見てもらいたいって言ってたから、お店のソファで待ってもらってるよ」
「ありがとう……」
ようやく意識がハッキリとしてきた僕が、改めてジゼルを見ると、彼女は昨日買ったワンピースを着ていた。
手には大きめなカゴを持っている。
「どこかに行くの?」
僕が聞くとジゼルがこくりと頷いた。
「食材を買いにマルシェに行ってくるね」
「1人で大丈夫?」
「うん。ここから近いから大丈夫だよ」
そう言ってジゼルは出掛けて行った。
……誰かと暮らすってやっぱりいいよね。
しかも可愛い女の子となると尚更。
夜に変な葛藤でよく眠れないのはさておき、僕は今の穏やかで幸せな状況に頬を緩めた。
そしてささっと身支度を整えると、お店へと向かう。
日中は店を閉めているけれど、たまに相談したくて訪ねてくるお客様がいた。
今日もそんな人が来たのかな?
と思いながら、お店に繋がる扉から顔を出すと、ソファに座っている男性と目が合った。
「ディラン、久しぶり!」
「なんだ。ルークか」
お客様と思っていた僕は、一気に力を抜いた。
そこには魔法学校からの友人がいた。




