149:作戦会議
タナエル王子の砦を後にして、数日が経ったある日。
昼間の静かなリビングで、僕とジゼルはソファに隣り合って座っていた。
いつになく真剣な表情で見つめ合う僕らは、これからどうするかを話し合っていた。
王子から頼まれた件についてを。
僕は考えていたことをジゼルに提案した。
「それで、フォティオスを倒す方法なんだけど……彼の右手足を地下室にいた蒼刻の魔術師に、返すのはどうだろう」
「確かその魔術師は、エイレーネっていう名前だっけ? その人に返すって蒼願の魔法で?」
「うん。彼女は時の止まったあの部屋で、かろうじて生きている。エイレーネを救うことが、フォティオスを倒すことに繋がると思うんだ」
熱心に聞いていたジゼルが、困ったように眉を下げて首をかしげる。
「フォティオスは……手足を奪ったぐらいで勝てるのかな? 彼の力はとてつもなく強いよ」
「そうだね……」
フォティオスの本気を目の当たりにした時を思い出し、僕はうつむきがちに言葉に詰まった。
けれど、すぐさま顔を上げる。
「話は変わるけど、リンネアル様について、キュロに詳しく聞いてみたことがあるんだ。リンネアル様はその昔、神様ではなくなって人間に降格したそうだよ」
「神様じゃなくなったの? 何で??」
ジゼルが不思議そうに僕を見る。
僕は彼女の青い瞳を、優しく見つめ返した。
「どうやらフォティオスと争ったみたいでさ、神様同士の争いは被害がとんてもなかったから、2人とも罰を受けて降格したんだ」
「じゃあフォティオスも……人間に?」
「そうなんだ」
ジゼルが〝ふーん〟というように納得した。
でも、すぐさま腑に落ちない顔になる。
「でも、リンネアル様は今はもういないよ。意識だけが、湖のそばに残ってるんだよね?」
彼女の拗ねたような表情が〝なのに、同じ条件のフォティオスが生きているのは何故?〟と聞いていた。
「リンネアル様は、寿命で亡くなったんだ」
「!? 人になったからーー」
「うん。だからフォティオスもとっくに寿命を迎えている。でも今だに生きてるのは……蒼願の魔法で阻止したから。フォティオスが〝俺の手足が腐敗したからエイレーネから貰った〟と言っていたし」
「そっか。エイレーネに手足を戻すこと、そうすることで、フォティオスの体が蒼願の魔法がかかる前に戻ること……を強く思えばいいんだね?」
僕は飲み込みの速いジゼルに向かってしっかり頷いた。
「だから、ジゼルも力を貸してくれる? 強い思いにしたいから」
「うん!!」
そうやって僕らの話がまとまった時だった。
テーブルの向かいから、覇気のない声が上がった。
「……話はよく分かった。けど、何で俺は呼ばれたんだ?」
向かいに座るダレンが、僕に探るような目を向けてきた。
「2つ、話したいことがあったから……」
僕は前置きが長くなって悪いなと思いながら、苦笑を浮かべて続けた。
「まずこのエイレーネは、分家筋に伝わる、凄く優秀な蒼刻の魔術師なんじゃないかな?」
「……魔王に洗脳されていた、アルテアが尊敬する人物か。じゃあこの時の魔王は、フォティオスってことだな?」
ダレンが視線を横に逸らすと、ブツブツと考え込む。
そこにジゼルも話に入って来た。
「洗脳されてたって……エイレーネが何で蒼願の魔法をかけたのか不思議だったんだけど、操られていたんだね」
僕は彼女に視線を向けて答える。
「……おそらく、フォティオスの配下か何かの願いを、エイレーネが叶えたんだ。それで手足を失ってーー」
僕が口ごもっていると、ダレンが代わりに喋った。
「時間を止めた空間で、肉体を保管されたまま、リンネアル様を甦らせる媒体にされようとしているのか。どこまでも腐った奴だな。そのフォティオスとかいう奴は」
忌々しそうに彼は吐き捨てた。
「可哀想……蒼刻の魔術師として優秀だったから、そんな扱いに?」
ジゼルが沈んだ表情でうつむく。
「そうなんだ。だから何としてでも助けてあげたい。体の深部まで損傷しているらしいから、手足を戻すのと同時に、ジゼルに最上級の回復魔法をかけて欲しいんだ」
「うん。私の力が役に立つのなら、迷わず使いたい。私も助けてあげたいから」
優しい彼女が、心強い返事をくれた。
「それに、フォティオスにとって手足を失うことが痛手にならなくても、目覚めた彼女は心強い味方になってくれるだろうし」
僕は期待を込めて、ほんの少し笑ってみせた。
けどそこに、ダレンの鋭い指摘が入る。
「でも、また洗脳されたら強力な敵だぞ」
「…………その時は逃げ帰ってくるよ」
「…………」
途端にその場が白けた空気になった。
でも、まぁ……うん。
魔王にも匹敵するぐらい恐ろしかった蒼刻の魔術師なんだから、敵になった時はしょうがない。
「それで、2つ目は何なんだ?」
気を取り直してダレンが聞く。
「僕とジゼルが、グランディ国が大変な時に魔物の国へ行ってしまうから……」
僕はローブの内ポケットから、アルテアの杖を出した。
「これをダレンに渡しておくね」
ダレンに手渡すと、彼は物珍しそうにしげしげと眺めた。
「……もしかして、アルテアの杖か?」
「さすがダレン。そうなんだ。蒼い月の光がたっぷり浴びれる外なら、どこでも魔法陣を展開できて便利だよ」
僕はニッコリと笑って続けた。
「僕らがいないあいだ、タナエル王子専属の蒼刻の魔術師をお願いするね」
「…………」
ニコニコ笑い続ける僕とは対照的に、ダレンはげんなりした。
「ディランこそ、魔物の国で使わないのか?」
ダレンがアルテアの杖を差し出してくる。
返そうとしているその杖から〝断りたいんだけど〟という思いが、ほんのり伝わってきた。
「あー、僕も持ってるから、大丈夫だよ」
僕はダレンを安心させるために、内ポケットからもう1本出した。
「え!? まさか……」
ビックリしている彼に、またニコニコと笑って答えた。
「蒼願の魔法で複製したんだ」
「……便利な魔法みたいに使いこなしてるな」
「あはは。そうかも。自分の思いを魔法で具現化するのは、避けてたんだけどね。蒼の魔法を恐れずに向き合うことにしたから」
僕が穏やかな気持ちでそう言うと、ダレンが苦笑した。
「そうか分かった。頼まれてやるよ。その代わり無事に帰ってこいよ」
「うん」
こうしてダレンに、しばらくのあいだ王子専属の魔術師代理をお願いした。
けれどこれをきっかけに、彼も王子にちょくちょくこき使われるようになってしまった。
まぁ、王家の秘蔵書を読ませてもらった時に、すでに目をつけられていたんだけどね……




