147:いつのまにか
「ごめん、遅くなって」
僕はガチャリと店先の扉をあけた。
そこには、ドアノッカーに手を伸ばそうとしているルークと、彼に横からしがみついて、それに届かせまいとするホリーがいた。
彼女は必死に引っ張っているけれど、ルークにずるずると引きずられ気味だ。
今まで歪み合っていた2人が、僕の登場でピタリと止まる。
「まだ寝てたのかよ」
ルークが僕の寝癖を見て苦笑する。
その隣で彼からゆっくり離れたホリーが、気まずそうにうつむいた。
「うん……って、えぇ!?」
僕はルークを見て驚いた。
「ん?? どうしたんだよ?」
「ちょっと待って……」
何かの間違いかと思い、僕は目を細めてルークを見た。
やっぱり感じるものは変わらない。
薄目のまま固まる僕の顔に、熱い視線が刺さる。
その視線の送り主であるホリーを見ると、真っ赤な顔で目をひん剥いて睨んでいた。
僕は思わず声をかける。
「ホリーって……」
「だから、ディランに会いたく無かったのにー!!」
空に向かって叫ぶホリーに、悪気のないルークが突っ込む。
「え? ディランが嫌いだったのか? でもそれはなんでも失礼だろ?」
「もうっ…………やだー!!」
路地裏に響き渡るホリーの叫び声に、支度を済ませたジゼルが飛び出て来た。
喚くホリーの腕を掴むと、瞬く間に店の中へと回収していく。
…………
「ホリーはどうしたんだろうな?」
ルークが首をかしげる。
「…………さぁ?」
僕は気まずく笑って、うやむやに答えた。
ルークには、ホリーからの『自分を好きになって欲しいな』という思いが向けられていた。
ーーーーーー
店内の談話スペースのソファで、ホリーは隣のジゼルにしなだれかかり、ずっとブツブツと何かを呟いていた。
その呪詛のようにも聞こえるホリーの嘆きを、苦笑しながらウンウンと聞いているジゼル。
彼女は時折り、ホリーの頭をヨシヨシと撫でてあげていた。
そんな女性2人を、振り返って不思議そうに見ていたルークが僕に向き直る。
「でさ、今タナエル王子界隈で、ヤバい噂を立てられてるんだけどーー」
ルークがカウンターに肘をつき、身を乗り出して語り始めた。
向かい合ってカウンター内に座る僕は、ひとまずホッとする。
良かった。
いつものようにルークから〝誰かから好意が向けられてないか?〟って聞かれると思ったけど……
違う用事のようで。
僕はもしそう聞かれたら、ホリーの思いはどう説明しよう!?と動揺していたので一安心した。
「…………って、ヤバい噂って??」
「やっぱり知らないのかよ。王族と魔術師は付かず離れずの関係だったんだけど、タナエル王子がディランと仲良くし始めただろ? それに対して力の釣り合いが崩れるって、騒ぎ始めた奴らがいるんだよ」
ルークが1枚の紙を取り出し、カウンターの上に広げた。
僕は顔を寄せて覗き込む。
「何これ? ……クフッ。あはははは!」
中身を見た途端に、僕はお腹を抱えて大笑いした。
それは、タナエル王子の配下として、僕らが誇張して描かれた風刺画だった。
王太子が、各属性の有力な魔術師と懇意にしている……という悪意の元に描かれたようだ。
主要な色ごとを代表する魔術師として、見知った顔ぶれが勝手に添えられている。
「これってルーク? すごいじゃん。黒の魔術師の次のトップ候補って書かれてる」
僕は目尻にたまった涙を指で拭いながら、ルークに聞いた。
ルークも僕に釣られて笑う。
「だろ? おさげでグランアラド聖堂に顔を出した日には……黒の魔術師たちからめちゃくちゃ戦いを申し込まれるからな」
「相変わらず血気盛んだね……」
「まぁでもホリーに教えてもらったから、苦手な防御魔法が克服できたんだぜ! これでもトップ20入りはしてるからな!」
ルークがとても嬉しそうに胸を張って続けた。
「そしたら可愛い女の子も寄ってたかって来てーー」
「え? そうなの??」
僕が驚くのと同時に、ルークの背後からホリーがこっちを見ているのを感じた。
感じただけで、怖くてそっちを見ないようにした。
「と思うだろ? けどそのヤバい噂が独り歩きしててさ。関わると面倒って思われてんのか、人が……いや、女の子だけが全然寄ってこない!」
ルークがカウンターにへなへなと突っ伏した。
本当に残念そうだ。
「…………で、白の魔術師はホリーなんだ」
僕は話題を変えたくて、風刺画を見た。
するとホリー本人から声が上がる。
「そうなの! ハロルド様を差し置いて、私が白の魔術師の次のトップ候補なんて畏れ多すぎる……それを描いた人はどうかしてるわ!」
ホリーがプンプンと怒る。
「たぶん、タナエル王子を咎したいがために、盛って描いてあるんだね」
僕がそう答えながらホリーを見ると、またいじけてしまい、ソファにばたりと倒れ込んだ。
ジゼルはちらりと彼女を見て、もうそっとしておこうと判断したらしく、困ったように笑いながらカウンターにやって来た。
風刺画が気になっていたようで、ルークの隣からそれをワクワクと覗き込む。
「白の魔術師枠は私じゃないの? って思ったら……ディランの配下みたいに描かれてる」
思っていたのと違ったようで、ジゼルがシュンとした。
「僕なんか悪どい王様かのように、立派な椅子に踏ん反り返ってるんだけど……蒼い月をバックに……」
僕も酷い描かれようにシュンとする。
風刺画の蒼刻の魔術師枠には、もちろん僕が描かれていた。
タナエル王子より悪どく描かれているそれは、どこぞの魔王かのようで、そんな僕の膝の上に小悪魔のように座っているのがジゼルだった。
不服そうに見ていたジゼルだったけど、次第に頬が緩み出す。
「けど、みんな違い過ぎて面白いね……フフッ、……あはは!」
一通り眺めた彼女が、さっきの僕みたいに笑いが止まらなくなった。
ジゼルが震える指先で、風刺画のある部分を指さした。
「みんな全然違って描かれてるのに、レシアだけそのまんまだね〜。フフフッ」
紫の魔術師の代表として描かれていたレシアは、妖艶な魔女風に描かれていた。
けれどその姿は、いつもの彼女と遜色ない。
緑の魔術師枠は当然キュロだった。
絶対彼がしないような悪い笑顔で、葉っぱと一緒に毒を撒き散らしている様子が描かれている。
……解毒のスペシャリストってことは、毒にも詳しいのかな?
ふーん。
感心しながら次に目を移すと、見たことあるような無いような男性が描かれていた。
なんせ悪意ある風刺画だ。
元と違いすぎる。
「…………この赤の魔術師は誰だろう?」
僕がそう言うと、ジゼルがハッとして喋った。
「セドリックさんじゃない?」
「本当だ。セドリックだ!」
驚き合う僕らにルークも入ってくる。
「セドリックさんって、タナエル王子の側近? 赤の魔術師なのか!?」
「違うと思うけど、もし本当にそうなら……」
僕は言い淀みながら、ルークとジゼルを順に見た。
2人も神妙な顔付きを僕に向ける。
「……タナエル王子、魔術師を抱え過ぎだよね」
「「うんうん」」
赤の魔術師……
すごく数が少ないけれど、どこかには存在すると言われている魔術師。
彼らは召喚魔法に長けているらしい。
特にドラゴンと絆の深い魔術師で、風刺画にもドラゴンに跨って空を飛ぶ姿が描かれていた。
「そりゃ、一部の人からやっかみを貰うよね」
「「うんうん」」
この時の僕らは〝ヤバい噂〟を面白いゴシップだとして楽しんでいた。
それがやがて、世の中の空気を少しずつ変えていくことになるとは思わずに……




