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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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138/165

138:蒼い月に誘われて 


 シンとした静かな夜。

 蒼い月の光が降り注ぐ街は、時が止まったかのように静寂に支配されていた。


 そんな街の中を、ひとつの影が駆け抜けていった。

 素早く動くその黒い塊は、路地裏へと入っていく。

 そしてとある魔術師の店の前につくと、勢いにまかせてドアノブに飛びついた。

 扉は軋んだ音を立てて、ゆっくりゆっくりと開かれていったーー


 


「すみません、今日は休みなんです」

 店の中にいた僕は、開いた扉の方へと振り向いた。

 『close』の下げ看板を出していたはずだけど、こうやって入ってくるお客様はたまに居た。

 

 申し訳ないなと苦笑を用意したけれど、そこには誰もおらず、蒼色に染まった通りが見える。

 首をかしげてふと下を見ると、クリクリっとした琥珀色の2つの瞳が僕を見ていた。


「あ、なんだ。この前の黒猫かぁ」

 僕が気を緩めた拍子に、黒猫が突然飛びかかってきた。


「うわぁ!?」

 体をぶつけられてバランスを崩した僕は、ドタンと派手に音を立てて尻餅をつく。

「いてて……」

 床に肘をついて上半身を起こす僕を、お腹に飛び乗ったままの黒猫がジッと見ていた。

 やがて丸い瞳を(またた)かせると、尻尾がふいっと小さく揺れた。

「見つけたにゃ♪ 見つけたにゃ♪」

 そう言いながら、黒猫は満足げに目を細めた。


「……君は、蒼い月の日に喋れるんだね」

 僕は優しく笑うと、猫に手を伸ばした。

 片手でお尻を支え、もう片方を背中に回すようにして猫を抱き上げる。

 ちょうどその時ジゼルがやって来た。


「ディラン、大きな音がしたけど大丈夫?」

 生活スペースから店へと顔を覗かせた彼女の声が、背中越しに届く。

 

 ジゼルが警戒する黒猫を抱っこしている僕は、ぎくりと肩を震わせて振り向いた。

 けれどそこには、予想に反して青ざめたジゼルがいた。

「ジゼル……?」

 視線を合わせたまま、きょとんとしているとーー

 黒猫が、ずしっと重くなった。

 

「ディラン!? 早く離れて!!」

「え?」

 慌てて彼女の視線の先をたどり、僕の腕の中を見る。


 するとそこには少女が居た。

 猫を抱いていたはずの僕の腕には、そのままの形で横抱きになった女の子が収まっている。

 その子は、黒いショートヘアから飛び出す猫耳をピンと立て、大きな琥珀色の瞳でキラキラと僕を見ていた。

 

 黒猫が勝手に変化したっ!?

 僕は補助魔法なんかかけてないし、何かがおかしい!!

 

 急いで彼女から腕を振りほどき、体を離そうとした。

 けれど逆に抱きつかれてガッチリ押さえ込まれてしまう。

 短いズボンのウエストから伸びたしっぽが、喜びで震えているのが見えた。


「見つけたにゃ♪」

 彼女がそう言った途端に、僕は意識を失った。




 **===========**


「…………ゃない……ろ……!?」

「……も…………すよ?」


 遠くで言い争っているような声が聞こえた。


 ……そう言えば……僕はさっき、黒猫に……

 …………!?

 

 目が覚めた僕は慌てて飛び起きた。

 けれどすぐに頭がクラクラしてしまい、目を閉じて額に手を当てる。

 少しおさまると、はやる気持ちを落ち着かせながらゆっくりと目を開けた。

 

 僕は真っ暗な部屋の中にいた。

 無造作に転がされていたようで、床についた手が木の触感を拾う。

 幸い拘束はされておらず、自由に動くことが出来た。

 目眩を起こしている以外は怪我もない。

 

 けれど暗過ぎて何も見えない。

 ただ、光る縦の筋が宙に浮かんでいるだけだった。

 手探りで光に近付くと、隣の部屋に繋がる扉がわずかに開いており、そこから漏れるランプの光だと分かった。

 

 その隙間に目を当てて、隣の部屋を覗き見る。

 するとさっきの黒猫の少女が、手振り身振りを交えて誰かと必死に喋っていた。

 どんな相手なのかは、残念ながらここからだとよく見えない。


「ーーでも、すごくネアルの魂に似てますよ! 私が嗅ぎ分けたんで確かですにゃ!」

 黒猫が腰に手を当てて胸を張った。

 すかさず男性の低い声がする。


「それはそうだけど……男の魂は扱ったことないから」

「蒼刻の魔術師の女の魂じゃ、今までうまくいかなかったにゃ。この際、男でも試してみるにゃ!」

「…………それで成功しても、なんか嫌だな」


 僕は2人の会話に冷や汗をかいた。

 なんだかすごい話をしてる。

 ……僕の魂をどうにかするつもりらしい。


 そして〝蒼刻の魔術師の女の魂じゃ、今までうまくいかなかった〟と言うセリフ……

 ダレンが、女性の魔術師の家系図が続いていないことから考えた『若くして亡くなった』が、現実味を帯びてきた。


「にゃー!! とにかくやってみるにゃ!」

「気乗りしない……」

「なんか言ったにゃ!?」


 黒猫と誰かは、それからもずっと押し問答を続けていた。

 

 僕は静かに扉を離れた。

 

 ここから逃げなきゃ。

 目的は分からないけれど、僕の魂が狙われてる。

 つまり、ゆくゆくは殺されてしまう……


 恐怖で背筋が震えるなか、壁づたいに手を這わせて歩く。

 すると、ドアノブらしき取手に指が触れた。

 音を立てずに動かしてみると、鍵はかかっておらず、ほんのわずかに扉が開いてくれた。


 たちまち部屋の中に月明かりが差し込む。

 徐々に目が慣れると、そこは大きな窓に面した廊下だった。

 僕は扉の隙間に体を滑り込ませて、素早く外に出た。




「……弱ったな。窓が開かない」

 途方に暮れた僕の口から、思わず言葉がもれる。

 さっきの部屋から急いで離れた僕は、この建物から出られる場所を探していた。

 

 けれど窓という窓は開かなかった。

 それにまとわりつくような、何かに監視されているような空気を感じる……


 嫌な予感がした僕は、広い廊下を足早に進んだ。

 外へと繋がる扉が遠くに見えた時には、我慢できずに駆け出していた。

 扉の目の前に着くと〝今度こそ開いてくれ〟と願いを込めて、勢いよくドアノブを下げる。


 …………


 けれどやっぱり、扉は開かなかった。

 それで僕は確信した。

 〝出られなくする魔法〟が、かけられていることを。


 でもよくある、扉に魔法をかけて特定の相手を弾くタイプじゃなかった。

 今回の魔法はその真逆で……僕が触れたものは、動かなくなっている。

 それは……()()ではなく()()魔法がかかっているのだった。


 そんな高度な魔法、見たことも、聞いたこともない。


 焦った僕は、一か八かで相手の魔法を解除する呪文を唱えた。

 目を閉じて神へ呼びかけると、足元に淡い銀色の魔法陣が浮かび上がる。

 辺りが白むなか、僕の詠唱の声がやけに大きく感じた。


 やがて足元をくるりと風が吹き抜け、冷めた空気を巻き上げていく。

 僕はスッと目を開けて、最後の呪文を口にした。


「〝無に返せ(アンニバルクシア)!〟」


 途端に、あのまとわりつく空気が溶けていった。

 フッと体が軽くなったように感じ、どうにか魔法が効いたようで胸を撫で下ろす。

 けれど、術者に魔法が解けたと勘付かれた可能性があった。

 なおさら早く離れないと……!


 僕は開くようになった重厚な扉を、体当たりして押し開けた。

 外へと飛び出し、そのまま目の前の森へと駆け込む。


 走りながら後ろを振り返ると、さっきまでいた建物の全貌があらわになった。

 それは大きな古びた洋館で、窓ガラスが所々割れており、荒れ果てていた。

 森に囲まれたその黒い洋館は、息づく者の気配がせず、ひときわ不気味さを醸し出している。


「はぁ……はぁ…………ここまで来れば、大丈夫かな……」

 だいぶ走った所で立ち止まった僕は、膝に手をつき地面に向かって荒々しい呼吸をしていた。

 少し落ち着いたところで体を起こし、これからどうしようかと辺りを見渡す。

 そうして木々の間に目を走らせていると、2つの赤くて小さな光が見えた気がした。


 胸騒ぎを覚えながらも光に目を向けると、細い枝がパキパキ折れる音と低い唸り声がし始めた。

 思わず息を止めるけれど、黒い大きな塊が左右に揺れながら近付いてくる。

 2つの赤い光が目だと分かる頃には、クマのような魔物が姿を現していた。


「!?」

 相手は僕をすでに捉えており、真っ直ぐに向かってきた。


 魔物!?

 もしかしてここは……魔物の国!?


 思ってもみなかった場所に連れ(さら)われていた僕は、驚きと緊張で一気に鼓動が速まるなか、目の前の魔物と対峙した。



 

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