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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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137/165

137:黒猫


 ポカポカ陽気のある日の昼下がり。

 今日は珍しく、僕ひとりで陽だまりの中に身を置いていた。

 中庭のベンチに座って、ぼんやりと景色を眺める。


 ジゼルは外に用事があるらしい。

 僕はというと、このところの疲れを癒やすために、家でゆっくりさせてもらっていた。

 ……原因は分かっている。

 タナエル王子に共鳴魔法をかけた、あの晩の出来事だ。


 …………

 エグかったなぁ。

 王子たちは慣れてるのかもしれないけど、魔物を惨殺するシーンをまざまざとあんなに見たのは初めてだ。

 同じく非戦闘タイプのレシアは、勝ちが確定した途中から離れた場所に避難していたし。

 僕も離れればよかった……

 なんなら、どうにか先に僕だけでも目覚めて、タナエル王子の深層意識から帰ればよかった。


 僕は当時を思い出して、がっくり肩を落とした。

 心に大きな衝撃を受けた僕には、気持ちを整理する時間が必要なほどだった。

 けれど、ただ何もせずに過ごしていると、こうしてあの時のことを思い返してしまう。

 …………


 気を逸らすように、アルテアの杖の在処(ありか)を考えてみることにした。


「……杖って言っても、どのぐらいの大きさなんだろう?」

 僕は腕組みをしながら呟いた。


 ピクシーがアルテアを見せてくれてた時、杖を持っているなんて気付かなかった。

 けれどいきなり特大級の魔法陣が展開されたから、事前に書いていたものじゃない。


「杖とは気付かずに、暖炉に焚べたご先祖様とかいそう……」

 僕がめちゃくちゃあり得そうな可能性をブツブツ言っていると、不意に声をかけられた。


「こ、こんにちは……」

 家の角から、ヒョコッと子供が顔を出した。

「あれ? キュロ?? どうしたの? あ、すみません。僕の方が年下なのに」

 僕は慌てて姿勢を正した。


 少し精霊に近く、僕らより長く生きているキュロ。

 どうしてもその幼い見た目に、子供に対する喋り方になってしまう。


「いいよ。僕もそっちの方が慣れてるから」

 キュロがニコッと無邪気に笑うと、中庭に入ってきた。

 そして辺りを見渡して歓声を上げる。

「ふわぁ! ここはいい空気が流れてるねぇ!」

 嬉しそうに目を細めて木々や草花を眺めると、深く息を吸い込んだ。


「僕の母さんが緑の魔術師なんだよ。長いこと手入れされてないけど、母さんが心を込めて育てた庭だからかな?」

 僕も柔らかく笑いながら首をかしげた。

 するとキュロが、ひょいっとジャンプするように僕の隣に座る。


「それもあるけど……ディランからも不思議と心地のよいオーラを感じるよ。きょうはそれを確かめに来たんだ。……うん、やっぱり何か感じる!」

 キュロが目をキラキラさせて僕を見上げた。


「にゃーん」

 不意に可愛らしい鳴き声がして、僕は足元に視線を落とした。

「あれ? いつの間に?」

 そこには、1匹の黒猫が座っていた。


「あ、さっき見かけた猫さんだ。ぼくについて来ちゃったのかな?」

 キュロがそう言うと、黒猫がピョンと僕の膝の上に飛び上がってきた。

 そして器用に丸まり、ぺたんと伏せてすっかりくつろいでしまった。


「人懐っこい猫だね」

 僕は優しく黒猫を撫でた。

 猫は気持ちよさそうに「ゴロゴロ」と鳴く。


 ほんわかした気持ちでそれを眺めてから、キュロとの話に戻った。

「キュロが僕に何か感じるのは……僕の中にあるリンネアル様の力を感じ取っているのかもね」


「リンネアル様!?」

 キュロが目をまん丸にして続けた。

「もう亡くなったとされるリンネアル様が、生きているの!?」

「うん。魂だけで、蒼い月にある湖のそばにいるよ」

「…………」

 絶句したキュロが、間を置いてからボソボソと言った。


「だから……その地に魂を縛りつけているから……生まれ変わらないんだ。魂が巡ってないんだ……」

「え? キュロ、それってーー」

 



 その時、家の裏口のあたりから声がした。

「ただいまぁ。あ、キュロが来てる。いらっしゃい」

 ジゼルが帰ってきたようで、家の中から裏口を開けて中庭に現れた彼女は、スタスタとこちらに向かって来た。

 けれど僕らを見つめてピタリと止まると、何故かわなわな震え始める。


「お、おかえりジゼル……」

 いつもと違う様子のジゼルに、僕は恐る恐る声をかけた。

 キュロは怪しい雲行きに押し黙っている。


 すると、ジゼルはきりっと眉を寄せて、ビシッと指をさしてきた。

 僕の膝の上に向かって。


「ディラン! その馴れ馴れしい猫は何!?」

 彼女の大声に驚いた黒猫が、ビクッと体を起こし耳をピンと立てた。

 僕はぽかんとしながら返事をした。

「……た、たまたま遊びに来た猫だよ」

「怪しい。何が邪悪なものを感じるーー」

 目の座ったジゼルが、黒猫に顔を近付ける。

 その様子は、威嚇する猫そのものだった。


 怯んだ黒猫が僕の膝からピョンと降りると、あろうことか開いていた窓から家の中へと逃げ込んでしまった。

「あ、待てー!!」

 ジゼルも黒猫に負けない俊敏さで追いかけていく。

 軽やかにジャンプすると、腰の高さほどの窓に手をかけ、そのまま体を滑り込ませた。


 キュロがそんな1匹と1人が消えていった窓を眺めながら言った。

「ジゼルが元猫だってすごく実感したよ……猫同士のディランの取り合い?」

「……猫が落ち着くオーラでも、出てるのかもしれないね」

 僕の冗談にキュロがクスリと笑った。

「フフッ。そうかもねー」

 


 

 それからキュロと一緒に、中庭でのんびり過ごしていると、時たまジゼルの叫び声と黒猫の鳴き声が聞こえてきた。

 ドタン、バタン、ガチャンという音がしたかと思えば、挙句の果てには猫とジゼルが屋根を駆け抜けていく……


 僕とキュロは屋根を見つめながら、ポツリポツリと言葉を交わした。

「ねぇディラン…………あれも猫だったから?」

「うん。多分、そう……」


 ジゼルは身体能力が凄く高い。

 たまに人間離れした動きを見ることが出来る。

 普段の本人は抑えているようだけれど、追いかけっこに夢中なジゼルは全力を出していた。

 



 しばらくすると、頭に綿埃を乗せたジゼルが、息を切らしながら僕らの前に現れた。


「……逃げられちゃった」

 ジゼルが眉をひそめてむくれている。

「まだ悪さはされてないし、ジゼルが追い払ってくれたからいいんじゃない?」

 僕はどうにか彼女を(なだ)めた。

 

 本当にジゼルだけが感じる、何か怪しい黒猫だったのかもしれない。

 猫に対するただの嫉妬かもしれないけど。


 ジゼルがキュロとは反対側の僕の隣に、ぽすんと座った。

 僕は苦笑を浮かべて、頭の綿埃をそっと取ってあげる。


 するとキュロが前屈みになり、ジゼルの手元を覗き込んだ。

「ジゼルが持ってるその枝は? 何か特別なものを感じるよ」

「……これ? あぁ、さっきの黒猫を追いかけてたら、棚から落ちてきたの。私も不思議な感じがしたから、思わず持ってきたんだった」

 ジゼルが手に持っていた、細い木の枝のようなものを掲げた。

 

 僕は目を見開いてジゼルを見た。

「まさか、それって……」


 彼女も〝あっ〟という顔をする。


 そして2人で声を揃えた。


「「アルテアの杖!?」」


 …………

 こんなに小さくて細いなんて、アルテアを見た時に持ってたとしても、気付かないな。


 僕はそこら辺に落ちてる木の枝にしか見えない杖を、呆然と見つめた。


 

 こうして『家のどこかで杖が眠っていたりしないのか?』と言った王子の予想通り、僕の家から杖が出てきてしまった。




 

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