136:目指すは瞬殺!
タナエル王子は、この不毛な大地に点々と転がっている岩の上に座り、暇そうに遠くの空を眺めていた。
片膝を上げてそこに腕を置いた姿を見て、元気そうで良かったと胸をなでおろす。
……けれど、何かが引っかかった。
よく見ると王子は戦闘時の格好をしていた。
胴の部分だけのプレートアーマーに、腰に携えている立派な剣……
「エルー!!」
ミルシュ姫がタナエル王子の元に駆け寄った。
彼女に気付いた王子が岩から飛び降り、両手を軽く広げて待つ。
姫はそんな彼の胸の中に飛び込んでいった。
熱い抱擁を交わす2人の元に、僕とレシアもそっと近付いていく。
タナエル王子はミルシュ姫の頭に顔を埋めて、幸せそうに笑っていた。
ほほ笑ましい光景に見入っていると、不意に彼が顔を上げて僕を睨んだ。
「遅いぞ、ディラン」
「…………」
僕は〝本当に来るのを待ってたんだ……〟と心底驚いた。
共鳴魔法をかける前にも感じた違和感。
王子は、わざと待ってるんじゃないかという疑問。
その疑念が確信に変わり、足が一瞬止まる。
……けれど、何とか彼らのそばまで移動した。
「…………何で僕を待ってたんですか?」
「この世界の支配者である魔物が、もう少しで倒せそうなんだ。けれど私の強さが足りない……そこで」
タナエル王子が僕を見てニヤリと笑った。
抱きついていたミルシュ姫が、彼からゆるゆると離れて話に聞き入る。
「イグリスの時みたいに、ディランに能力を高める魔法をかけてもらいたい」
タナエル王子がおもむろに、剣を鞘から引き抜いた。
剣に珍しい模様が入っていると思ったら、赤黒くまだらに汚れているだけだった。
ここで何かを多数切り付けたことを物語っている。
僕は、出来るだけその剣を視界から外して言った。
「……それだけ? それだけのために、僕を待ってたんですか? 徐々に魔物の毒に蝕まれてるのに?」
「それだけとは失礼だな。その魔物に勝たないと……気が済まないだろ?」
同意を求められても、すぐに頷けない質問をされた。
あんなに思い悩んだ僕は何だったんだろう。
けれど僕の返事なんか待たずに、王子が続ける。
「奴はあと一息という所で、怖気付いて姿をくらますからな」
「え? それって今のままのタナエル王子でも、勝てそうなんじゃ……?」
「だから、戦いに時間をかけられない所が難しいんだ。目指すは瞬殺だな。条件が厳しすぎるから、こちらも装備をイメージで具現化したりしたのだが……」
タナエル王子が、肩慣らしのように剣をブンブン振った。
「…………」
僕は風圧を浴びながらも、恐怖で目を細めた。
「ピクシーの世界での経験が役に立ったな。クックックッ」
王子は、どちらが悪者か分からないような悪どい笑みを浮かべた。
…………
すごい。
魔術師じゃないのに、魔法の世界への応用力が。
呆れている僕を見かねて、レシアが助け舟を出してくれた。
「おそらく、この世界の支配者……この魔法の術者である魔物を倒せば、タナエル王子にかかった魔法は解けると思うよ」
「…………」
僕がじとりとレシアを見ると、彼女が苦笑しながら頷いた。
それはまるで〝だから倒すしかないんだし、早くタナエル王子の好きにさせましょう〟と言ってるようだった。
「何なら、共鳴魔法の世界は魔法の制限が緩そうだし……ここでも共鳴させてみる?」
レシアが右手を掲げてヒラヒラさせた。
彼女は暗に〝最短方法だよ?〟と冗談っぽく笑いながら提案した。
「ううーん……」
とても魅力的だけど、何故かこの世界の攻略にノリノリな王子に、あとで叱られそうだ。
半分アイコンタクトで会話する僕とレシアの横では、ミルシュ姫がタナエル王子に尋ねていた。
「それで、その魔物は今どこに?」
「あそこに薄っすら見える、古城の中に引きこもってるんだ」
王子が剣で遠くを指し示した。
僕も黒い城を眺めながら〝相手は怖くて逃げ込んでるんじゃ……?〟と敵に同情する。
けれどミルシュ姫は違うようで「私も戦うわ!」と高らかに宣言した。
その瞬間ドレス姿だった彼女が、ムカレの国の戦いの服に様変わりする。
腰にはあの退魔の剣が。
王子に続いて姫までもイメージを具現化した。
「ミルシュもやるじゃないか」
タナエル王子がミルシュ姫を手放しで褒めた。
…………
これ、僕いる?
冷めた顔をしている僕の肩を、タナエル王子がポンと叩いた。
「じゃあ早速行こうか」
すると僕の姿も変わり、魔術師の正装に剣と防具を身につけた格好になった。
アレックス王子を吊し上げに行った時のあの格好だ。
すごい。
人に対してもイメージを具現化してる……
もうすでにこの世界の支配者だと思う。
「え? 僕も戦うんですか? タナエル王子の能力を高めるだけで良くないですか??」
「何言ってるんだ。ディランはセドリックがいない時の護衛を買って出ただろ?」
タナエル王子が本気で不思議そうに首を傾げた。
「っ!? あれは一時的なことでっ!!」
「……ん?」
「いえ、何でもありません」
僕がタナエル王子の圧に勝てる訳もなく、身を引くしかなかった。
そんな僕の様子を見たレシアが、ホウキを呼び出して横乗りになり宙に浮いた。
「私は魔法的に後方支援なので」
「いやいや、僕もそうなんだけど! 蒼刻の魔術師なんだけど!!」
「これ以上ぐちぐち言うな! さっさと行くぞ!」
タナエル王子は、僕の首根っこを掴んで歩き始めた。
「わわっ、待って、苦しいです!!」
結局、僕は最後まで喚きながらも、支配者の魔物を瞬殺しに同行させられるのだった。




