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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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135/165

135:蒼刻の魔術師ディランと紫の魔術師レシア


 蒼い月がぽっかりと浮かぶ晩。

 

 僕とジゼルは、タナエル王子の寝室に早めに来ていた。

 レシアが来る前に、魔法陣を(えが)いていたからだ。


 タナエル王子のベッドの真横で膝をついた僕は、床にサラサラと文様を(しる)していった。

 フカフカの絨毯の上でペン先を滑らせると、毛並みが撫でたように一様に倒れ、淡い光が次第に黒く定着していく。

 ミルシュ姫は王子の枕元に寄り添って立ち、静かに見守っていた。

 その時、僕の隣でしゃがみ込んでいたジゼルが、ポツリとつぶやいた。


「私……ディランについて行かずに、こっちで待ってるね」

「あれ? どうしたの? ついて来てくれると思ったのに……」

 僕は思わず顔を上げて、心細い気持ちを素直に伝えた。

 

 ジゼルなら〝私もついて行く!〟って言ってくれると思ったのにな。


 …………

 僕の中で、いつも一緒にいるのが当たり前になっていた。

 こんなにも支えられていたなんて。

 

 ジゼルがどれほど大きな存在かを改めて感じて、僕は苦笑にも似た笑みを浮かべた。

 対して彼女は、僕を恨ましげに見つめて言う。


「だって、もしどうしようもなくなったら、ディランはまだ自分の命をかける気でいるでしょ?」

「…………」


「そうならないように、こっちでちゃんと準備してるから……ディランだけでも助けるからねっ!」

「!?」

 僕が唖然としていると、ジゼルがますます不機嫌になって続けた。

「無彩の魔法でも何でも使ってやるんだからっ!!」


「いい判断だと思うよ。ディランは変な所で頑固だから」

 到着したレシアが、こちらへ歩み寄りながら会話に入ってきた。

 

 ニコニコと笑う彼女が、さっき僕にわりと失礼なことを言った。

 けれどなかったかのように、僕に目を向けて続ける。


「タナエル王子の意識の中は……どんな悪夢か分からない。それこそ命に関わるかも。だから気を引き締めましょう」

「うん。そうだね。……こっちの準備は出来たよ」

 僕は魔法陣を一瞥(いちべつ)してから立ち上がった。




「ミルシュ姫、お願いします」

「分かったわ」

 出来たばかりの魔法陣の上に、ミルシュ姫に立ってもらった。

 今回の蒼願の魔法は、彼女の『タナエル王子を助けに行きたい』という強い思いをベースにさせてもらう。

 そこに僕らの思いも乗せて。


 ミルシュ姫が眠るタナエル王子に目を向けた。

「エル……待っててね」

 キュッと口を引き結んで覚悟を決めた彼女が、魔法陣の上に背筋を伸ばして凛と立つ。


 レシアがすっと歩み寄り、ミルシュ姫の隣に並び立った。

 共鳴魔法の発動時と同じ状況を再現するために、さっそくタナエル王子に睡眠魔法がかけられる。

 王子を中心とした床に、紫色に輝く魔法陣が広がった。


 それを見届けてから、僕はゆっくりと目を閉じた。

 静かに深呼吸をし、蒼願の魔法の呪文を紡ぐ。


 ーーレイウェル王子の卑怯な罠に嵌り、目覚めなくなってしまった王太子様。

 王位継承が認められそうだと、あんなに喜んでいたところなのに。

 あ、だから余計に命が狙われた?

 …………


 僕は詠唱の合間に薄っすら目を開けた。

 ミルシュ姫の足元の魔法陣が蒼く光り、さらにその外側に元始の魔法陣が浮かび上がった。

 ますます部屋が、深い蒼色で満ちていく。


 僕はタナエル王子の横顔をチラリと見てから、また目を閉じた。

 呪文の続きに集中する。


 目覚めなくなってから数日経つのに、彼の持つ高貴なオーラは何も変わっていない。

 死に向かっているはずなのに、その眠る姿は生気すら帯びていた。


 …………


 あれ?

 落ち着いて考えてみれば、ちょっとそこおかしくない?


 僕の頭の中にレシアの言葉が浮かんだ。


『ディラン、呼ばれてるよ』

 

 …………まさか…………


 僕が顔を引きつらせた時だった。

 グンッと凄まじい圧が体にかかる。


「!!」

 僕は両足を踏ん張って、床に崩れそうになる体を持ち堪えた。

 心臓がドクドクと波打ち始めたのを、嫌なほど感じる。


「くっ…………」

 

 これは……1度目の共鳴魔法より、かなり、きつい。


 ギュッと閉じている瞼の裏で、群青色の強い光を感じた。

 かろうじて立っている僕の足元に、魔法陣が展開されたのだ。

 僕は苦しさを跳ね返すように、声を張り上げて最後の一節を詠唱した。

 

 その直後、床に敷き詰められた蒼、紫、群青の魔法陣たちが、互いに強く光り合い、まるで呼応しあうかのように輝き始めた。


 光に意識が溶けていく中、少し離れた場所にいるジゼルに声をかけた。

「行ってくるね」


 すると、柔らかい彼女の声が返ってきた。

「気をつけてね、ディラン」


 胸の奥がふっと温かなり、僕は人知れず笑みを浮かべた。




 ーーーーーー


 場所が変わったことを肌で感じ、目をそっと開けてみると、僕はずいぶん薄暗い場所に立っていた。

 頭上には、雨が降り出す直前のような灰色の空が広がっている。

 地面も灰色の土で覆われており、どこまでも続く不毛の大地があった。

 

 ここは……

 見渡す限りの灰色の濃淡の世界。


 僕の目の前に立つミルシュ姫も、視線を素早く巡らせて周囲を探っていた。

 少し遠くの小高い丘には、レシアの姿が見える。

 彼女はゆっくりと右手を上げて、見つめている先を指差した。


「タナエル王子がいるよ」

「えっ!?」

 驚いたミルシュ姫が、弾かれたようにレシアの元へと駆け出した。


 僕もそれに続いて丘の上に登る。

 視線を巡らせると、確かにその姿があった。

「本当だ……」

 息を呑むように言葉がこぼれた。

 

 僕の目線の先には、しっかり目を開いて遠くを見つめるタナエル王子がいた。

 

 


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