134:蒼刻の魔術師ディランと紫の魔術師レシア
その日の夜。
僕とジゼルはレシアと話し合った通りに、タナエル王子の寝室へと再び足を運んでいた。
レシアも遅れて到着し、ミルシュ姫の立ち会いのもと、タナエル王子と対面する。
王子は昼間と変わらず、目を閉じて微動だにしないままベッドに横たわっていた。
ミルシュ姫も、まるで時間が止まっているかのように、王子のそばの椅子に静かに座っていた。
そんな姫に断りを入れてから、レシアはベッドの傍らに膝をつき、静かにタナエル王子の手を握る。
部屋にいる一同が、目を閉じて動かなくなったレシアを、物音ひとつ立てずに見守った。
ーー重い沈黙が流れる。
やがて彼女は目を開き、タナエル王子から手を離した。
「……王太子様は、深い深い意識の底に閉じ込められています。そこで〝悪夢を見せられている〟……ということぐらいしか分かりません」
紫の魔術師としての見解を聞いたミルシュ姫が、深いため息をついた。
「そうなのね。……その悪夢から目覚めさせることは、貴女に出来るのですか?」
「…………」
ミルシュ姫の問いかけに、レシアはただ黙っていた。
それを〝出来ない〟という返事だと受け取った姫が、目を伏せる。
レシアはすかさず告げた。
「星読みをさせて下さい」
そう言った彼女はさっと立ち上がると、部屋から繋がるバルコニーへと出て行った。
僕とジゼルは頷き合ってから、彼女の後を追った。
バルコニーには、星空を睨むようにジッと見つめているレシアがいた。
僕らが息をひそめて彼女の背中を見守っていると、柔らかい詠唱が聞こえ始めた。
それは不思議な呪文だった。
異国に祈りのように聞き慣れない旋律なのに、胸を締め付ける哀しみを帯びた詩のよう。
彼女がそのしらべを響かせると、夜空にすうっと紫の光が走った。
次の瞬間、いくつもの魔法陣が現れ、レシアを中心に半ドーム状に浮かび上がった。
大小さまざまな円形の魔法陣が、時計の歯車のように縁を重ね、不規則に配置されている。
それぞれの魔法陣は円の縁に文字が並び、その中には緻密な星図が描かれていた。
丸い点とそれらを結ぶ線が幾重にも交差している模様は、魔法陣として見たことがなく、並ぶ様子は圧巻だった。
レシアの詠唱が止んだころ、中心にある魔法陣の星図の点が1つだけ光った。
瞬く間に、他の魔法陣も1つだけ光を灯していく。
彼女はその光点をじっくりと見ていった。
魔法陣越しに夜空を見ると、図の中で光る点と星がピッタリと重なり、彼女の目には星の導きとして見えているのだ。
僕とジゼルが初めて見るその光景に息を呑んでいると、突然レシアがクスリと笑った。
深刻な状態のタナエル王子の未来。
何が笑えるんだろうと、僕は思わず眉をひそめてレシアに尋ねた。
「何がおかしいの?」
「フフフッ。こんなに揺るぎない未来を読むのは初めてで、さすが王太子様って改めて感心したの」
レシアが吹き出しながら、僕の方へと振り返って続ける。
「タナエル王子の待ち人と会えるって未来が……確約してるわ。ディラン、呼ばれてるよ」
「呼ばれてるって……?」
僕は状況が飲み込めずに、思わず隣のジゼルを見た。
ジゼルもきょとんとしており、僕を見つめ返す。
すると夜空の魔法陣を消し去ったレシアが、くるりと体ごと僕らに向けた。
「私の時に状況が似てるの」
上目遣いに蠱惑的な笑みを浮かべながら、手のひらを僕に見せるように掲げる。
「それに綺麗な群青色が見えたよ」
ピンときた僕が彼女の謎かけに答えた。
「その人の意識の中に入る……共鳴魔法!?」
「当たり」
レシアは得意げに唇をゆるめ、白い歯をのぞかせた。
室内から様子を見守っていたミルシュ姫が、バルコニー越しに顔をのぞかせ、口を開いた。
「エルの……魔物に囚われている意識の中に、入れるのですか?」
「はい。私とディランが力を合わせれば」
レシアが自信たっぷりに頷くと、ミルシュ姫はパァッと表情を明るくさせて身を乗り出す。
「私も行きたいわ! エルを助けるために!」
するとレシアが僕に目を向けた。
「だそうよ。ディランどうする??」
「もちろん……」
僕は思わず息を吸った。
「タナエル王子が救えるのなら、何だって試したい!」
僕の答えに満足したのか、レシアがゆったりと笑い返した。
ーーーーーー
相談し合った僕とレシアは、次の蒼い月の夜に共鳴魔法を試してみることにした。
けれど共鳴魔法はまだ2回目で、成功するとは限らなかった。
それをミルシュ姫に伝えると、彼女はそれでもいいと必死に頷いてくれた。
レシアが言うには、王子は深層意識の中で僕が来るのを待っているらしい。
それがどう言うことかは分からない。
レシアも感覚的に未来を読むので、上手く言葉では説明出来ないそうだ。
タナエル王子の意識の中に入るだなんて、レシアが星読みをしてくれないと、思いつきもしなかった。
ジゼルが呪いの魔法で生死を彷徨った時もそうだったけれど、誰かのささやかな導きが、僕を窮地から救ってくれる。
みんなが手を貸してくれるから、僕はいつも前を向くことが出来る。
……蒼の魔法で人を幸せにしたい僕の思いが、こうして返ってきているのかもしれない。
人と支え合える、この巡り合わせに感謝しながら、僕は蒼い月が空に昇るのを待ち侘びた。




