133:僕に出来ること
『タナエル王子は魔物の毒で、ゆっくりゆっくりと死に向かっている』
城をあとにした僕の頭には、キュロの言葉がぐるぐると回っていた。
ーー何とか王子を救いたい。
その気持ちはミルシュ姫と同じだった。
ーーそのためにも蒼願の魔法で。
その考えも姫と同じだ。
だけど、蒼願の魔法は〝強い思い〟を必要とする。
王子を治したいと思うだけでは、漠然としすぎてダメだ。
もっと具体的な解決方法を思わないと……
短期間で『治りますように』と願ったぐらいの思いでは、魔物の毒に勝てるほどの魔法にならないと感じていた。
ジゼルの最上級の回復魔法も、効果は今ひとつだった。
普通の毒なら、白の魔法で治せるのに……
何をどう思ったら、魔物の毒に打ち勝てるだろう?
しかも次の蒼い月までには、思いを具現化出来るまで高めておく必要があった。
それ以上時間をかけてしまうと、タナエル王子の体が保たない。
考え事をしながら目的地に向かってズンズン歩く僕に、手を繋いでいるジゼルが悲鳴を上げた。
「ディランちょっと待って。歩くのが早いよっ」
「あっ! ごめん」
僕は慌てて立ち止まった。
振り返ると、ジゼルが心配そうに僕を見ている。
その青い瞳が、不思議とざわついていた気持ちを和らげてくれた。
ジゼルが柔らかく笑って、優しく僕に抱きついた。
「1人で背負わないで。一緒にどうにかしようよ」
彼女がいつものように僕を励ましてくれた。
僕は苦笑しながらも、大好きなジゼルを抱きしめ返す。
「ありがとう」
けれど、1つだけ解決方法を思いついている僕は……
ジゼルの〝一緒にどうにかしよう〟という言葉に、胸が痛むのを感じた。
ーーーーーー
今度は必要以上に焦らずに歩いていると、通りの向こうに目当ての家が見えてきた。
蒼い月夜に来たことがあるだけで、明るい日中に来るのは初めてだ。
そう思いながら家を見ていると、ちょうど中から誰かが出てきた。
僕とジゼルは同時にビクッとして立ち止まった。
「あ……」
「……ロジャーさんだ」
彼が通りの奥に立ち去ろうとするのを、僕らは呆然と見つめる。
…………
レシアの家からロジャーが出てきた。
ヨリを戻したそうだし、蒼願の魔法が彼にとって呪いじゃなくなってるのなら、まぁいい…………のかな?
複雑な思いを視線に込めすぎたのか、ロジャーが不意にこちらを向いた。
「!? …………」
彼も肩を跳ねて目を見開いた。
けれど気まずそうに軽く会釈すると、足早に去って行った。
「ズブズブだねぇ」
思わず呟いたジゼルが、僕の手を引いて歩き始める。
「…………」
「まぁでも結局こういうのは、元鞘に戻るよねー」
恋愛の知識は豊富なジゼルが、しみじみと語った。
レシアの家の前に着くと、僕は早速ドアノッカーを鳴らした。
中からはパタパタと急ぐ足音が聞こえる。
ガチャリと扉が少しだけ開くと、呑気なレシアの声がした。
「なぁに? 忘れ物??」
隙間から中を覗いてみると、レシアはブカブカのシャツを素肌に羽織っただけの姿で、目を擦っていた。
「わぁ!?」
僕は赤面しながら慌てて扉を閉めた。
中からくぐもったレシアの声が聞こえる。
「ごめーん。ロジャーかと思った。ちょっと待ってねー」
「…………」
レシアの際どい姿を見た、妙な罪悪感と気まずさが込み上げる。
視線を感じてジゼルの方を見ると、ジト目を向けられていた。
「何を見たの?」
「…………何も」
僕はフルフルと首を横に振った。
レシアとロジャーも、独特でどこか歪んだ関係だ。
ジゼルの恋愛観に悪影響だから、これ以上は関わって欲しくない。
「…………」
そんなひどく否定する僕を、ジゼルが呆れ切った顔で見ていた。
しばらく待つと、服を着替えてきたレシアに家の中へと案内された。
通されたリビングの壁には、振り子時計があった。
ユラユラと丸い振り子を揺らしては、ガチャリと針が動く。
ソファに座った僕が何気なくそれを見ていると、目の前のローテーブルにカップが置かれた。
「ごめんね。あんまりお客さん来ないから、カップがバラバラで」
レシアは紅茶を配り終えると、席についた。
「ううん。ありがとう」
「突然来て、こっちこそごめんね」
僕とジゼルが返事をすると、レシアがニッコリと笑って尋ねた。
「それで、今日はどうしたの?」
僕はゆっくりと口を開く。
「……紫の魔術師であるレシアに、タナエル王子を見て欲しいんだ」
「え?」
きょとんとしている彼女に、僕らは事情を伝えた。
ーー全てを聞き終わったレシアが、ゆっくりとカップとソーサーを持ち上げる。
「うーん……確かに状態異常は、私たち紫の魔術師が得意とする魔法だけど……」
彼女は紅茶を一口飲むと「しかも魔物の魔法かぁ」と、カップに目を落として呟くように言った。
それから僕を真っ直ぐに見て告げる。
「夜に伺ってもいいかな? 私が得意なのは〝星読み〟だから」
「……それはいいと思うけど、星読みって未来を見るんじゃ?」
「うん。タナエル王子の未来を読むの。例え悪い未来だとしても、そうならない為のヒントを与えてくれるから」
レシアがゆっくりとテーブルにカップを戻した。
「そうなんだ。……分かった。ミルシュ姫やセドリックに話を通しておくから、夜来てくれる?」
僕がそう言ってカップに手を伸ばした時だった。
レシアが勢いよく僕の手を掴む。
驚いて固まる僕を、彼女は真っ直ぐ睨みつけた。
「でも、ディラン……あなた、命をかけようとしてるわね」
レシアが、僕の望む未来を簡単に占ったのだった。
すぐさま隣からジゼルが叫ぶ。
「え!? ……本当に??」
その瞳が、揺れる水面のように僕を映し出していた。
僕はレシアとジゼルを交互に見てからうつむいた。
「……だって……今はそれしか思いつかないから……」
「…………」
項垂れる僕の手から、レシアの手がゆっくり離れていった。
その途端、ジゼルが僕の腕にしがみついてきた。
「そんなことない!! 何か方法が他にもあるはずだよ!!」
「……蒼願の魔法は生死を扱えない……けれど、身代わりならなれるんだ。ジゼルが……僕の呪いを引き受けたみたいに」
「!?」
僕は後ろめたさから、ジゼルを一切見ずに説明を続けた。
「それに、卑怯な手を使うリヒリト王子やレイウェル王子なんかより……国民の幸せを第一に考えてくれる、タナエル王子に国王になって欲しいから……」
ジゼルが悔しそうに歯を食いしばり、瞬く間に瞳を潤ませた。
「だからって、ディランが代わりになるのは違うよね?」
「…………」
「国の人たちにとっては、タナエル王子の方が大事かも知れないけど……私にとっては、ディランが1番大事だもん!!」
とうとうジゼルが堰を切ったように泣き始めた。
僕の腕に突っ伏して大声を上げる。
そこにレシアの冷めた声がかけられた。
「私もその考えは賛成出来ないし、そんなディランには協力したくないよ」
彼女が淡々と続ける。
「1度自殺を図った私が言うのもなんだけど……みんなが笑えるような結末を目指しましょ。私がそれで……ディランに救われたから」
レシアはそう言うと、ニッコリと笑ってみせた。




