13:2人暮らし
ウィリアムの屋敷からひとまず出た僕たちは、僕の家に帰ることにした。
蒼い月明かりが照らす夜道を、危ないからと寄り添って歩く。
ジゼルは嬉しそうに僕の腕にくっついていた。
けれど終始ニコニコ顔を浮かべる彼女に、僕の気まずさは増していく。
どうしよう。
ジゼルに両思いだと勘違いされてる……困ったな。
けど女性と一緒に暮らすってそういうことになる?
行く当てのないジゼルと暮らすには、そこまで覚悟を決めなきゃいけない?
うーん……
別にジゼルが好きじゃないって訳じゃないんだけど……
けど、このままズルズル行くのは違う気がする。
………………
そうやって僕が考えあぐねている間に、家についてしまった。
玄関の扉を開けて、中へと先にジゼルを通す。
後ろ手で扉を閉めながら、僕はジゼルの背中に声をかけた。
「ジゼル……実はーーーー」
ずっと嘘なんて突き通せない僕は、正直にジゼルに打ち明けた。
「えぇ!? ディランの中で、私はあくまでも猫としか見られてなかったの!?」
全てを聞いたジゼルは、そう絶叫してから荒れに荒れて大泣きしまくった。
最愛の飼い主を亡くし、想いが通じ合ったと思った僕からは否定されて、見ているのも可哀想なくらいショックを受けていた。
「ジゼルごめんね」
僕は彼女を宥め続けた。
なんとかお風呂に入ってもらい、僕のブカブカのパジャマに着替えてもらった。
僕も続いて眠る準備をすると、ジゼルを今は使っていない両親の寝室に案内する。
今日はいろいろあり過ぎて、もう寝ないといけない時間はとうに過ぎていた。
ジゼルはずっとメソメソと泣いていた。
泣きながらも僕についてきて、部屋の中で突っ立ってベッドを呆然と見つめている。
大部分は僕のせいなので、とても心苦しい。
よく涙が枯れないなと心配になるほどに、ポタポタ涙を流しているジゼルが僕を見上げた。
「……ここに私1人で寝るの?」
「そうだけど……」
「今までウィリアムと一緒に寝てたから、1人でなんて寝たことないよ。怖いし、寂しいし……」
ジゼルがエグエグ泣きながら僕に訴えかける。
「…………」
僕は照れながらも頭をかいた。
ようは猫の時の習慣で、今日も誰かと一緒に寝たい、僕と一緒のベットがいいと言ってるんだけど、それはちょっと困る。
大いに困る。
眉を下げた僕は、ジゼルを見つめて説明した。
「ジゼルはもう大人の人間の姿なんだから、一緒に寝るのは……狭い……かな」
そして目線を横に大きく逸らした。
「……じゃあ、せめて枕を……」
ジゼルがそう呟くとフラフラと僕の部屋へ行き……僕の枕を両手でしっかり抱きしめながら戻ってきた。
「……? 僕の枕を使いたいの?」
「匂いがないと……せめてディランの匂いがないと眠れる気がしない……私、猫だから!!」
ジゼルがギュッと目を閉じて宣言すると、素早く僕を横切りベットに潜り込んだ。
ガバッとブランケットを頭まで被り、まるで枕は返さないぞという強い意志表示をする。
「えー…………」
僕は頬を赤く染めながらも、しばらくこんもりしたブランケットの山を見つめていた。
けれど〝まぁ枕があれば寝れるのなら〟と思い直して部屋を後にした。
そして自分の部屋のベットに横たわる。
流石に疲れ果てた僕は、すぐに目を閉じて眠りに入ろうとした。
……今日は怒涛の1日だった。
ジゼルを人間にして、ウィリアムさんを看取って、なし崩し的に2人で暮らすことになって……
今日のジゼルは、ほぼ泣いていたよね。
元はあんな小さな猫なのに、いろんなものを背負い込んでしまって……
…………
今も泣いてるのかな?
…………
「あぁ! もうっ!!」
僕はブランケットを跳ね除けて、ジゼルのいる両親の寝室へ向かった。
扉を静かに開けると、まだこんもりとした山があった。
そこからは相変わらず、グズグズ泣いている音が微かに聞こえる。
「ジゼルいいよ。一緒に寝よう!」
僕がそう呼びかけると、山の中からジゼルがひょっこり顔を出した。
青い目をまん丸にさせながら。
「……僕のベットで。ほらおいで」
ジゼルが弾かれたように枕を抱きしめたまま、ピョンと飛び出てきた。
そしてぐちゃぐちゃにしてしまった寝具を、律儀に整える。
綺麗になると、タタタッと僕の目の前に小走りで来た。
「えへへ。ありがとう」
彼女は泣き腫らした目を細めて笑った。
ーーーーーー
「じゃあ、おやすみ」
僕はベットの壁側に寝そべり、ジゼルに背中を向けた。
その背中にジゼルがくっつく。
彼女は顔をスリスリさせながら返事をした。
「おやすみなさい。ディラン」
しばらくすると、背中から穏やかな寝息が聞こえ始めた。
僕も睡魔が襲ってきたので、目をゆっくり閉じる。
ジゼルの本質はやっぱり猫のままだよね。
今だって飼い主に甘えてくる猫みたいだし。
背中が暖かくて心地いい。
案外こういうのもいいかも…………
ってならないよ!!
眠気より変な緊張の方が勝ってるし!!
僕はカッと目を見開いた。
ジゼルにガッツリ後ろから抱きしめられてるから、抜け出すことも出来ない……
しかも少女姿の時には無かった、柔らかいものが背中に当たってるんですけど!?
やっぱり別々で寝るべきだったーー!!
…………
結局僕は、1人悶々としてよく眠ることが出来なかった。
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ーー翌日。
太陽が空に昇ってからだいぶ時間が経った頃に、ジゼルは目を覚ました。
彼女はゆっくり体を起こすと、しばらくぼーっと遠くを見つめる。
そして昨日の出来事をじわじわと思い出していた。
「ふわぁ…………人間になったんだよね。蒼い月が沈んでもこの姿だし」
ジゼルは伸びをしながら、自分の体を見下ろした。
すると、隣でスヤスヤと眠っているディランに気付いた。
眠る時は背中を向けていた彼が、今はこっちを向いている。
「…………」
ジゼルはそっとディランに顔を近付けた。
自分の鼻先をディランの鼻先にチョンとくっつける。
猫の信頼と愛情表現だ。
「ディランにとって、私は猫だからいいよね? フフッ」
ジゼルはイタズラっぽく笑うと、ベッドから立ち上がり部屋を出ていった。
ーーーーーー
パタンと扉が閉まる音が聞こえると、寝たふりをしていた僕は目を開けた。
「……ッキ、キスされるかと思った!」
ドキドキしている僕はつい小声で叫ぶ。
ビックリしたけど動かなかった自分、偉すぎる。
けどやばい……
こんな感じが毎日とか、我慢できる気がしない!!
僕は1人真っ赤になりながら悶えていた。
けれどそれが落ち着くと、よく眠れていなかった反動で、うつらうつらと微睡み始めてしまい……
そのまま僕は、二度寝してしまった。




