129:歌を届けるために
それから数日後。
僕とクライブは、防御魔法の段取りを話し合うために落ち合った。
ジゼルは来たがっていたけど、今回は家に残ってもらった。
まだ彼が、裏社会の人間だという疑いが晴れていないからだ。
もうこれ以上、彼女に偏った知識をつけたくない。
「そんなに緊張しなくていいよ」
バーカウンターの席に座るクライヴが、緊張で固くなっている隣の僕に声をかけた。
ここは、遥か西にある異国の郷土料理を振る舞うお店。
僕らの席からは厨房の中がよく見え、実際に調理をする様子を眺めることが出来た。
シェフのそばには、見たことのない調味料が並んでいる。
「…………だって、クライヴは貴族なんでしょ? ここも実は格式高い店なんじゃ??」
僕は思わずキョロキョロと店内を見渡した。
シンプルな内装に落ち着いたランプの灯り。
数組のお客が、食事を口に運びながら穏やかに談笑している。
そんなどこか洗練された雰囲気に、キュッと身を縮めた。
僕の様子を見たクライヴが「ハハッ」と吹き出した。
「違うよ。気取った店じゃないから大丈夫。でも味は保証する」
彼はフフンと胸を張った。
僕が強張った笑みを浮かべていると、小さなグラスに注がれたお酒が運ばれてきた。
食前酒のようで、乾杯してから口をつけた。
それからしばらくは、運ばれてくる見たことのない料理やお酒に舌鼓を打った。
美味しくて優しい味に癒されて、僕の緊張も次第に溶けていく。
クライヴはいつもの調子で料理について説明した。
彼は本当に食への興味が高いようで、とても生き生きと語ってくれる。
何だか聞いている僕も、楽しくなってきた。
少しお酒に酔ってきたころ、僕の口からつい本音がこぼれた。
「ーーでも良かったよ。クライヴの仕事が案外真っ当なもので。危ない仕事の人だと思ってたんだ」
実はこの店に来るまでの間に、クライヴの仕事について聞かされていた。
彼は自身の好きなことを存分に活かし、ワインのテイスティングをしたり、料理の解説を綴った本を出版したりしているらしい。
ここのお店のオーナーとも、初めは仕事関係で知り合ったそうだ。
「まぁそうだね。命に関わるような、ヤバいことはやってないよ」
クライヴが何てことのないように言った。
そして風味豊かなスープを、スプーンで掬って口に運ぶ。
面を食らった僕が、じっと見ていることには気付かずに。
え?
命に関わらないようなヤバいことは、やってるってこと??
すると、彼がどんどん勝手に喋り始めた。
「最近は、表向きじゃない貴族のパーティに呼ばれて、お酒や食事を魔法で振る舞うことも増えてきたなぁ……」
「…………」
「そうそう、ラフィナとの出会いも非合法なパーティだし。まぁ普段の彼女はいたって普通だから」
「…………」
あーやっぱり。
片足突っ込んでる人だ。
いや、両足ズブズブ??
僕は無言で切り分けた料理を口に運んだ。
ーーうん。
この魚を揚げた料理、衣にも味がついてて美味しい。
現実逃避のように食事に集中し始めた僕に、クライヴが追撃した。
「でも、リックもヤバい仕事だよな?」
「うぐッ…………えぇ!?」
何とか口の中の物を吹き出さずに済んだ僕は、思わず大きめの声を上げる。
「全然! 普通の仕事だよ!」
「そうか? 夜にしか開いていないお店だし『人から向けられた願いを叶えます』なんて看板見たら、暗殺でも請け負っているのかと……」
「へ? 違う違う!!」
必死に顔を振る僕を、クライヴが不思議そうに見つめる。
彼の多大な誤解を解くために、僕は丁寧に説明した。
まず僕は蒼刻の魔術師で、蒼願の魔法が使えることを。
そして蒼い月が出ている時しか魔法が使えないから、夜にお店を開いていることを…………
勘違いしていたクライヴは、僕の事をヤバい仕事仲間だと思っていたらしい。
クライヴは魔法が使えるけれど、魔法学校に通っていなかったので、蒼刻の魔術師に関する知識はほとんどなかったようだ。
「え? じゃあタナエル王子専属の、蒼刻の魔術師ディランって…………?」
時事の類は詳しいクライヴが、ハッとして目を見開いた。
「うん。一応、僕のことだよ……」
彼から素直に感心したような目を向けられた僕は、恥ずかしくて声が小さくなる。
「へー! すごい魔術師だったんだな! リックって」
「それほどでも無いよ。蒼刻の魔術師はみんな王族の管理下に置かれてるから、僕がたまたま王子専属になっただけで……」
僕は頭をかきながら答えた。
そこに次の料理が運ばれてきた。
「あ、この料理には、あのワインが合うから……追加を頼むけどリックもどう?」
「うん。ありがとう」
「すみません。このワインをーー」
クライヴがカウンター内に少し身を乗り出して、店員に注文を頼む。
それが終わった彼は、椅子に深く腰掛けながら言った。
「けど、あのタナエル王子に認められて、専属なんだろう?」
「うぅーん……ていうか、クライヴは王子を良く知ってるの? 貴族だから??」
僕が素直に思ったことを聞くと、クライヴがギクっと肩を跳ねさせた。
「うんまぁ、兄がちょっと仲良いんだよ」
「ふーん…………」
……もう、クライヴの出生自体が黒いのかも知れない。
そう思った僕は、この話を広げないことに決めて返事をする。
「タナエル王子は、蒼願の魔法が実は何でもありだって気付いて、気に入っているんだ」
ちょうどその時、クライヴが頼んでくれたワインが届いたので、そのグラスを手に取った。
一口飲むと、料理との相性の良さに思わずグラスを見つめてしまう。
クライヴはワインを少しずつ口にしながら、ぼそぼそと呟いた。
「蒼願の魔法……人から向けられた思いを魔法にする……あのさ、それって僕が一生懸命願えば、ラフィナをいつでも普通に歌わせることは出来る?」
真剣に問いかける彼に、僕はニコリと笑顔を向けた。
「出来るよ。けれど蒼願の魔法は思いの内容で決まるから、もしかしたらラフィナさんのセイレーンの能力を、全て失うかもしれない。クライヴの思い次第なんだ」
「なるほど。僕が『ラフィナの歌声で惑わされませんように』と具体的に願えればいいけれど『ラフィナが普通の人間になりますように』みたいな願いだと、セイレーンじゃなくなるのか」
「そうそう、さすがクライヴ。飲み込みが早いね」
僕はグラスをそっとカウンターに置いて続けた。
「あとはラフィナさんが、それを望むのならかけるけど……思いを向けられた本人が望んでいないものを、僕はかけないよ」
「そっか……あ、まずはラフィナの歌を聞くお客に、防御魔法をかけてもらう話からだな」
僕らはそれからやっと、今日の目的である話に入った。
大事な人を笑顔にしたい目的の依頼。
しかも今回は一般魔法での初めての依頼。
僕の力が役に立つことが純粋に嬉しかった。
幸せになる結末しかないから、ワクワクもした。
楽しい空気に美味しい食事、それに合うお酒。
ついつい話しが弾んだ僕らは、2軒目へと向かうのだった。




