127:蒼の魔術師アルテア
それまで熱心に本を読んでいたダレンが、顔を上げて僕に聞いた。
「ディランはさっき〝アルテア〟って言ったのか?」
「うん。探している女性は、アルテアって人だと思う」
僕は家から持ってきた、歴代の蒼刻の魔術師が書かれた本を広げた。
「3世代目の人だし……この下から女性が生まれにくくなってる境目の人だね」
僕が本を上から眺めていると、ダレンも肩を寄せて覗き込んできた。
「その下は……うん、合っているな。俺が読んでいる手記は、4世代目のこいつが書いたものだ。アルテアにとにかく惚れ込んでたみたいで、魔王討伐戦以降の彼女について、かなり詳しく書き残してる」
彼はアルテアの隣に並ぶ名前の、すぐ下を指差した。
「そんなのも、ここにあるんだ……」
僕は絶句しながら、ダレンの手にある小ぶりの手記を思わず見つめた。
王族の収集力に恐れ入る。
ダレンはその手記に視線を移して言った。
「アルテアって人は、ディランが言うようにすごい蒼の魔術師だったようだな。中でも面白いのが……彼女の使う杖」
「杖?」
「あぁ。その杖を使うと蒼の魔法陣が展開出来たらしい。もちろん蒼願の魔法も使えるそうだ」
「!? あらかじめ書かなくていいなんて、すごく便利だね」
書類に目を落としたまま、タナエル王子がさらりと言った。
「よしディラン。その杖を手に入れろ。または作れ」
「タナエル王子……またそんな無茶振りを……あっ」
つい心の声がストレートに出てしまった。
僕は慌てて両手で口を塞ぐ。
けれど僕の狼狽なんか眼中になく、王子はペンを走らせながら続けた。
「ディランはその魔術師の子孫なんだろ? 家のどこかで杖が眠っていたりしないのか?」
「…………」
「蒼刻の魔術師は、そういった所が適当だからな」
「そう言われてしまうと……何も言い返せません」
いつものように王子に丸め込まれてしまい、僕はモゴモゴ返事をした。
結局、杖を探してみることで落ち着いてしまう。
ダレンが生暖かい目線を僕に投げかけ、苦笑した。
それからすぐにスッと切り替える。
「あと、こっちの本にーー」
彼が手に持っていたのとは違う本を机に広げた。
それは精鋭部隊で生き残った、聖の魔術師の証言が記録されたものだった。
「気になる内容が載っている。魔王と戦う際に、もう1人女性の蒼の魔術師が居たらしい」
「え? 僕が読んだ記録書には載ってなかったけど……」
僕もダレンが広げた本を覗き込むと、彼の言う通りの内容が書かれていた。
「女性は魔王に洗脳されていたようで、仲間達に攻撃してきたそうだ。だから精鋭部隊には所属してなかったのかもな」
「…………」
「彼女は……魔王に力を増幅させられていたのか、蒼願の魔法を何度でも使えたらしい。分家に語り継がれる優秀な魔術師は、おそらくこの人だ」
ダレンが再び本を見つめ、そこから一節を読み上げた。
「『彼女が蒼い月を背に、仲間を叩きのめす様子は、魔王にも匹敵するぐらい恐ろしかった』」
「そんなに……」
「彼女をアルテアと区別するためか〝蒼刻の魔術師〟と呼んでいる」
「…………今の僕らの呼び名だね」
ダレンがゆっくりと頷いた。
そしてまた小さな手記を手に取って広げた。
「もし〝蒼刻の魔術師〟が、この洗脳されて魔王の手先になった女性を指すのなら……少しおかしいんだ」
「??」
「アルテアは、魔王との戦いをあまり語らなかったようだけど、ここにほんの少しだけ喋った記録がある」
「……禁忌を犯したから、喋りたくなかったのかな? 何て書いてあるの?」
「『蒼刻の魔術師と呼ばれる彼女のおかげで、私は生き永らえている。彼女が私に向けられる厭悪を鎮めてくれている。けれど、その魔法が解ける時は……私の命が終わる時でしょう』って意味深に書かれているんだ」
ダレンが実際のページを開いて見せてくれた。
僕がそれを目で追っていると、彼が続ける。
「アルテアが尊敬してるような態度を示すこの〝蒼刻の魔術師〟こそ、ディランが見た人じゃないかと思って読んでたんだ」
「うーん……蒼の魔法の高め方のヒントを欲しかったから、優秀な蒼刻の魔術師ならどっちでもいいんだけど……」
腕組みをしてひとしきり唸った僕は、ダレンをチラリと見て続けた。
「ちなみに、その凄く強かった〝蒼刻の魔術師〟のその後は分かる?」
「……さぁ? そこまでは書かれてなくて」
ダレンが肩をすくめた。
僕は恐る恐る、執務に忙しそうな王子に聞いてみた。
「タナエル王子。〝魔王〟って今もいるんですか? 討伐隊が組まれた当時は、魔王に惨敗したって書かれてますが……」
すると一旦筆を止めた彼が、僕を見つめた。
「いるんだろうな。魔物の国の王と呼ばれていたイグリスを倒しても、国が崩れなかった。だからこそ、他にも魔物を統率する者がいると判断している」
「…………」
「だが我々は長いあいだ、そのような存在を確認できていない。昔のように、人間に対して派手に何かをしてくるわけでもないため……特に問題視していないのだ」
タナエル王子がふっと一息ついて続ける。
「まぁ、問題として取り上げても、対抗する術はないからな。だから……頼んだぞ、ディラン」
「え?」
いきなり話の方向性が変わって、ついていけずに僕はきょとんとした。
「ディランは全ての人を幸せにするために、蒼刻の魔術師として強くなりたいんだろ? じゃあ、例え魔王と戦うことになっても……率先して国民を守るべきじゃないのか?」
タナエル王子が悪どくニヤリと笑う。
「……平たく言うとそうですけど……魔物の国にまで、ケンカを売らないで下さいよ!?」
僕は慌てて釘を刺した。
「フフッ。だがおかげで、魔物に攻められた時の対抗策として、ディランと堂々と書けるな。これで王位継承する条件が揃った」
タナエル王子が執務机にある書類の山から、1枚の紙を取り上げヒラヒラと振った。
「それは何ですか?」
「国王に出されていた無理難題だ。いくつか問いがあって、それの解を求められていた。これらを満たして初めて、王位継承の条件とするらしい」
王子が得意げに、ニッコリと笑みを浮かべる。
絶句した僕は、助けを求めてダレンを見た。
けれど、彼の気の毒そうな視線と交わるだけだった。
「…………さすが、王子の専属だな」
そして気休め程度に僕を励ました。
蒼願の魔法の影響が薄れたダレンは、至って普通の思考をしていた。
蒼刻の魔術師は対戦タイプじゃない。
そんなことは、黒の魔術師に任せてもらいたい。
「言っておくが、全ての蒼刻の魔術師は王族の管理下だ。ディランが専属ってだけで、有事の際にはダレンにもしっかり働いてもらうぞ」
「!?」
タナエル王子のいろいろ含んだ笑みに、ダレンがビクッと体を強張らせる。
「クックックッ。何でもありな蒼の魔法は、本当に便利だな」
まるで魔王のように振る舞う王子をよそに、僕はダレンにコソコソと告げた。
「王子なりの褒め言葉だよ」
「嘘だろ……」
ダレンがその整った顔立ちを歪めながら、引き気味に王子を見つめる。
するとその悪の魔王がしっかりと宣言した。
「ジゼルも無彩の魔法とかいう、万能な魔法が使えるようになったようだし。お前たち蒼刻の魔術師は存分にりよ……活躍してもらうぞ」
…………
絶対『利用させてもらう』って言おうとしたよね。
「あれも……褒めてるのか?」
今度はコソコソとダレンが聞いてきた。
「うん……」
「……ヤバいな。ディランの順応度が」
ダレンがますます引いていた。
……結局この日は、優秀な蒼刻の魔術師がいたらしい、という話だけで終わってしまった。




