125 偉大な蒼刻の魔術師
晴天が晴れ渡る昼下がりの午後。
リビングの窓を開けていると、穏やかな風が部屋の中を通り抜けていった。
そよぐ風が、僕の前髪をサラリと揺らす。
心地よさに表情を緩ませながらも、僕は目の前の人物を見た。
彼はロングソファに僕と向かい合って座り、古い書物に目を通している。
あの蒼刻の魔術師について書かれた本だった。
僕はさっきから彼にしていた説明を続けた。
「ーーと、言うことなんだ。それで僕はピクシーが見せてくれた、女性の蒼刻の魔術師を探してるんだ」
一通り話し終えると、心地よい風がフワリと彼の金髪を揺らしていく。
難しい表情をして顔を上げた彼が、その緑色の瞳を僕に向けた。
「聞いたことないな。でも、分家筋に伝わる言い伝えによると、すごく優秀だった蒼刻の魔術師は女性だったらしい。蒼願の魔法も、蒼い月の夜なら何度でも使えたそうだ」
「ありがとう、ダレン。うーん、その人じゃない気がする。でも女性の蒼刻の魔術師は何故か珍しいのに、僕たちが知ってる偉人はどっちもそうだね」
ダレンと熱心に喋っていると、隣に座るジゼルがキョロキョロと僕たちを交互に見た。
「……仲良くなったのは良いことなんだけどー。ディランが無事に、人からの思い酔いしなくなったのは良いことなんだけどー」
ジゼルがブツブツと言う。
「どうしたの?」
「別にー。ちょっとだけ、ダレンもタナエル王子化しそうだなーって」
ジゼルがムッとした。
「??」
よく分からなくて首を傾げると、彼女はプイッと顔を背けて言う。
「こっちの話ぃー」
するとダレンがふと手を止めて、本を僕の方に押しやった。
「これを見てくれ。初代から3世代までは女性が続くのに、それ以降はまばらになっている。しかも……」
彼はパラパラとページをめくりながら、説明を続ける。
「その貴重な女性の魔術師も、あとに名前が続いていない」
「え?? ……言われてみれば……」
僕は本に目を落とし、女性の名を探して視線を走らせた。
ダレンが言うように、4世代以降は誰も……子供を成していない。
「たまたまか……4世代目が何かをしたか……みんな若くして亡くなったか…………」
ダレンの発言を聞いたジゼルが、思わず息を呑んだ。
「えっ……蒼刻の魔術師の女性は早死にするの?」
「まぁ、推測なだけだ。女性の魔術師がみんな無頓着過ぎて、子供の名前を書かなかったのかもしれない。みんな男の兄弟がいたから、血筋はそちらで続いているし」
ダレンはそう言うと、あらかじめ出していたクッキーに手をつけた。
小さくかじり取ると、ゆっくりと咀嚼する。
やがて呆然としている僕に気付き、窺うように見てきた。
「ディラン、どうしたんだ?」
「前に夢の中で会った、リンネアル様に敵意を向けていた青年を思い出して…………」
僕の脳裏にあの青年の顔が浮かぶ。
一瞬だけ見えた、黒い巻き毛の憎悪に満ちた瞳の青年。
心配したジゼルが、体を前に屈めて横から僕を覗き込む。
「女神ディスピナ様が見せてくれた世界で、リンネアル様と歩いてたっていう人?」
「うん。ダレンの話を聞いていたら、その青年に夢の中で〝見つけた〟って言われたことを思い出したんだ」
僕はジゼルとダレンを順に見て続けた。
「リンネアル様の気配を感じて僕を見つけたようだった。今までは、僕がリンネアル様から思いを託されているからだと思ってたんだ。けど、もしかして彼は女性の蒼刻の魔術師を探していたのかなって……考えすぎかな?」
「…………」
ジゼルとダレンが押し黙った。
リビングに張り詰めた空気が流れたその時だった。
「すみませーん」
聞いたことのある声と共に、ドアノッカーが叩かれる音が、店の方から聞こえてきた。
「「はーい」」
僕とジゼルは同時に返事をして立ち上がると、店へと向かった。
店先のドアを開けると、珍しく1人で来たセドリックが立っていた。
「セドリック! 久しぶり。帰ってきたんだ?」
「僕が留守の間に、王太子の護衛をありがとう。比較的穏やかに事が運んだようで、良かったね」
セドリックがクスリと笑った。
タナエル王子が、他国に喧嘩を売りに歩いたことを言っているのだろう。
僕も苦笑して頷いていると、セドリックがジゼルに目を向けた。
姿が変わった彼女と対面するのは初めてで、目を丸めて驚いている。
「……ジゼルちゃん? 見た目が変わったって聞いてたけど、本当だーー」
「そんなことより! クシュ姫はどうなったの!?」
ジゼルが食い気味にセドリックに質問した。
威勢のいい彼女にタジタジになりながらも、セドリックが口を開く。
「……クシュ姫は……」
言い詰まったセドリックの顔が、ぶわわっと赤くなった。
頭をかきながら下を向いて、何とか声を絞り出す。
「こっちに来ることになったよ……」
僕とジゼルは、顔を見合わせてパッと笑顔を浮かべた。
「わぁ! おめでとう!!」
「おめでとう。セドリック」
「…………ありがとう」
セドリックが照れながらも笑みをこぼした。
けれど次の瞬間には表情を引き締めた。
「じゃなくって、タナエル王子が今日ならいいけどって言ってるんだ」
「え? 今日?? もしかして、ちょっと前に〝蒼刻の魔術師について調べたい〟って手紙を書いた件?」
「そうそう。〝忙しいから文献を読みにこい〟って言ってるよ。だから迎えに来たんだけど……」
セドリックを出迎えた僕らがそのまま話し込んでいると、ダレンもやって来て声をかけた。
「王族がそんなものを持っているんだ」
意外そうにしている彼に僕は返事をする。
「そうなんだ。実は蒼刻の魔術師について1番詳しいのは、タナエル王子なんだよ」
「…………」
僕とダレンは同時に相手を見た。
そしておそらく同じことを思っていた。
蒼刻の魔術師は、自分たちに何て関心がないんだろうと。
その証拠が、僕らより王家に文献が残っていることだった。
「俺も見てみたい……」
ダレンがボソリと言った。
彼はタナエル王子の専属じゃないから、少し遠慮がちだった。
「うん。タナエル王子の所に行って聞いてみようか。多分良いよって言ってくれると思うし。もちろんジゼルも行くよね?」
「うん! ディランが行くなら私も行くー」
ジゼルがニッコリと笑う。
こうして僕らは、王宮に向かうことにした。




