124:思いを重ねて
ーー蒼刻の魔術師。
不思議で不可解なその存在は、世の中の人から距離を置かれがちだ。
そんな寂しさを抱えるからこそ、数少ない蒼刻の魔術師同士は友好的だった。
ダレンの父親と僕の父親も、仲が良かったと聞く。
だから僕も、小さい時はダレンと仲良くしたかった。
それなのに、目の敵のように接してくる彼に、やっぱり僕はどこか傷付いていた。
けどダレンも、ずっと仲良くしたかったんだね。
僕は、あの頃の寂しかった自分を撫でるように、優しい気持ちで呪文を唱えた。
マリアさんの息子に向けた強い思いを掬い取っていく。
ジゼルの清らかな祈りにも似た思いも、確かに受け取る。
大丈夫。
蒼願の魔法は成功する。
彼をきっと、無事に救える。
僕は口元に笑みを浮かべた。
蒼い輝きの中で、マリアさんがダレンに優しく語りかけた。
「……私の願いを、幼いダレンが自分にかけてしまったと聞いて、すごく反省したわ。父親が居ないぶん〝お父さんはこうだった〟と焚き付けていたのも、逆効果だったのね。蒼刻の魔術師と比べることになるから……」
「…………」
ダレンはうつむいて静かに聞いていた。
「亡くなったしまったあの人は……とても適当だったの」
「……え?」
ダレンが思わず顔を上げる。
穏やかに笑ったマリアさんが、彼の眼差しを受け止めた。
「いい加減で……そのぶん自由で……私はそんなあの人が大好きだった」
「…………」
「けれどそれが元で亡くなってしまったわ。ダレンにはそうなって欲しくなかったから……つい願ってしまったの」
マリアが伏し目がちにほほ笑んで続けた。
「本当にごめんなさい。今からでも……母親らしくしたいの。本当のダレンに戻りますように。その魔法に縛られませんように」
「母さん……」
「〝ダレンがどんな時でも自分らしくいれますように〟」
彼女のその思いに呼応するかのように、蒼い光がこぼれ出し、辺りを満たしていった。
魔法をかけ終えた僕は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
魔法陣の光も消えており、月明かりに優しく照らされている。
その中心に佇むダレン。
傍から見る彼は、何が変わったのか……魔法が無事に重ねがけ出来たのか、分からなかった。
マリアさんもそう思っているのか、探るように彼を見る。
「ダレン……?」
呼ばれたダレンがゆっくりと母親を見つめる。
「……うん、気持ちが落ち着いたよ。ありがとう」
彼は気まずそうに目を逸らしながらも、マリアさんに告げた。
ーー良かった。
そう安心した瞬間だった。
僕はくらりとよろめき、うずくまった。
視線を感じて顔を上げると、牢屋にいる囚人たちが窓からこちらを見ている。
大勢から意識を向けられたせいか、僕の中に勝手に思いが入り込んできた。
澱んで息苦しい……あの思いが。
「うぅ……」
「大丈夫!?」
すぐさまジゼルが駆け寄ってきて、僕のそばに膝をついた。
僕を心配そうに覗き込む。
「……大丈夫だよ。ありがとう。囚人たちの興味がなくなれば……こっちを見なくなればマシになると思うから……」
僕はジゼルを安心させるために、弱々しく笑った。
「どうしたんだ?」
魔法陣の上に立つダレンが声をかけた。
ジゼルが彼を見て、どう言おうか迷いながらも口を開く。
「……ディランは……何でもかんでも人に向けられた思いを読み取っちゃうの。意識を向けなくても。囚人たちがこっちを見ているから……たくさんの思いを読み取っちゃって、気分が悪くなってるの」
「そうか。ひとまず、動けなくする魔法を解除してくれないか?」
「あ、う、うん! ……やっぱり動けないダレンなんてーー」
ジゼルが照れ照れしながらも立ち上がり、無彩の魔法を唱えた。
少し元気になった僕も何とか立つと、恥ずかしがる彼女にぼそりと言った。
「ジゼルの場合は、普通の解除の魔法でも大丈夫かもしれないね」
「!? …………本当だ。今度試してみるっ」
ハッと気付いたジゼルが真っ赤になって僕を見た。
ふと気付くと、ダレンがすぐそばにいた。
僕はまだ青ざめている顔を彼に向け、眉を下げて笑う。
「魔法の効き目はどう? 大丈夫?」
「……俺のことより、お前の方が大丈夫じゃないだろ?」
ダレンがムッとしながらも、僕を真剣に見た。
「……変な思いが乗ってる……」
「え?」
「ディランに、過剰な期待のような思いが向けられてる。メアルフェザー様のような力の源……から?」
ダレンにそう言われて、僕は改めて自分に向けられている思いを探ってみた。
「!? …………本当だ」
僕も、さっきのジゼルみたいな反応をしてしまった。
「まったく……昔からお前は、自分に向けられた思いには無頓着だな」
ダレンがむくれながらも続けた。
「さっきいつもの魔法陣の外に、古めかしい魔法陣が現れただろ? それを使うと、勝手にその願いの魔法がお前にかかるんだよ」
「そうなんだ。魔法の発動中は、思いを掬うのに必死で気付かなかった」
僕が苦笑すると、ダレンが怪訝な視線をよこした。
「……そのままかけると、今のお前じゃ抱えきれないんだよ。今度からはそこを意識して調整するんだ。今の自分に合わせて成長するようにって」
「うん。分かった……同じ蒼刻の魔術師のダレンに見てもらえて、助かったよ」
僕は朗らかに笑って続ける。
「ありがとう」
ダレンがジッとこちらを見た。
それから少し気まずそうに目線を下げた。
「…………こっちこそ、ありがとう」
長い呪縛を越えて、ダレンが初めてくれたお礼だった。




