123:ダレンの思い
僕は口を引き結んで決意を固めると、ゆっくりとマリアさんに語りかけた。
「ダレンには、蒼願の魔法がかかっています。それが分かるぐらい僕が成長したので、最近気付くことができました」
「蒼願の魔法が?」
「彼は小さい時に、マリアさんから向けられた強い思い『誰よりも優れた蒼刻の魔術師になりますように』を、自分にかけています」
「えっ!?」
やっぱり知らなかったようで、マリアさんが驚いて目を大きく見開いた。
「子供のダレンは、マリアさんの期待に応えたかったんでしょうね。思い返せばある日を境に、彼は僕に異常なほどの敵対心を抱くようになりましたし……」
「…………たしかにダレンが6歳の頃、私はそんなことを願っていたわ……」
マリアさんが視線を彷徨わせながら、ポツリポツリと語り始めた。
「けれどそれは……あの人を亡くした時期だったから…………」
そして思わず、顔を歪めて言葉に詰まる。
ダレンの父親は、彼が6歳の時に亡くなっていた。
…………
可哀想だけど、マリアさんの罪悪感を刺激する為に、僕は正直に伝えた。
「……ダレンなりにマリアさんを守ろうとして、その願いを自分で叶えたんだとーー」
「…………そんなっ」
マリアさんがとうとう両手で顔を覆ってしまった。
「私のっ……私のせいだったの……??」
彼女の涙声が部屋に響いた。
張りつめた空気に押されるように、僕の呼吸がこぼれる。
「……このままだと、牢屋を出たあともまた僕とトラブルを起こすと思います」
「…………」
「ダレンが僕を認めてくれているからこそ、僕よりも優れた蒼刻の魔術師になろうとして……その気持ちに縛られて、彼は苦しんでいます」
「……っ私はどうすれば……?」
マリアさんがまだ涙の残る顔で、縋るように僕を見た。
「彼にかかった蒼願の魔法を解くことは出来ませんが、重ねがけで緩和することが出来ます。〝ダレンがどんな時でも、彼らしくいれますように〟と、強く思ってくれませんか?」
僕はマリアさんを熱心に見つめた。
彼女の顔は、我が子をどんなことをしてでも救いたい母親のものになっていた。
さっきまでの、息子を諦めていたマリアさんの面影はもうない。
そんな彼女の心の奥に、僕は訴えかけた。
「母親であるマリアさんにしか出来ません。どうか、ダレンを救って下さい!」
僕は頭を下げた。
ダレンが僕に託した【助けて】という叫びを、代わりに彼女へ伝えるために。
「……ディラン、顔を上げて下さい」
「…………」
僕がゆっくり顔を上げると、マリアさんがじっとこちらを見ていた。
「ありがとう。ダレンが辛く当たっていたはずの貴方が、息子のことを気にかけてくれて」
一瞬泣きそうな顔をして、彼女がニッコリと笑った。
そして穏やかに続ける。
「こちらこそお願いしたいわ。次の蒼い月の日に」
そう言い切ったマリアさんの瞳は、揺るがぬ母の覚悟に満ちていた。
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マリアさんの協力を得られた僕らは、タナエル王子にダレンの事情を説明した。
王子は事情を理解し、罪人であるダレンへの特例措置を了承してくれた。
そして今、ダレンは看守に付き添われながら、僕らの前に姿を現した。
「ーー何するんだよっ!?」
牢獄のすぐ傍にある見通しの良い空き地に、彼の声が響く。
蒼い月が煌々と輝く夜。
あらかじめ僕とジゼルは、踏み固められた土の地面に魔法陣を描いて待っていた。
手枷をされたダレンが、僕を見つけてハッとする。
地面の模様を目に入れると、夜空を仰いで月を睨んだ。
「まさかっ!? ……離せ! 俺に魔法をかける気だろ!?」
途端に暴れ出すダレン。
けれど彼の両端にいる看守に押さえ込まれ、魔法陣の中央に連れて行かれる。
僕は隣のジゼルに目配せをした。
彼女は「う゛っ……」とたじろんだけれど、頬を赤くしながらダレンに向かって手をかざす。
「暴れるダレンなんて大っ嫌いっ! ジッとしてて!!」
「!?」
ジゼルが呪文を唱え終わると、ダレンは棒立ちになって固まった。
「お前……変な魔法をかけたな!?」
どうやら顔だけは動かせるようで、ダレンがジゼルを睨む。
「……ク、クロエの能力を継承したんだよっ!」
ジゼルが恥ずかしさを吹き飛ばすためか、強めに言い返していた。
「何をっ!? ……あれ? お前そんな顔だったか?」
「え!? 今気付いたの!? どれだけディランしか見てないのよ!? 蒼願の魔法のせいなの?? それともーー」
ショックを受けたジゼルが、ブツブツと唸り続けていた。
僕はその隙に、建物の方に向かって呼びかける。
「準備が整いました! マリアさん!」
コツコツという足音と共に、控えていたマリアさんが姿を見せた。
蒼い月の光のもと、風を切って歩く彼女は気品にあふれている。
マリアさんがダレンに近づくと、彼を抑えていた看守たちがそっと離れた。
その様子は、威厳のある女王の登場のようだ。
「……母さん……」
ダレンが呆然とマリアさんを見て続ける。
「なんで……ここに? 今まで1度も来なかったのに……」
彼の呟きは次第にかすれていった。
「ダレン……ごめんなさい。本当の貴方じゃないと、気付いてあげられなくて」
マリアさんは薄っすらと涙ぐんでいた。
その雫がキラリと光ったかと思うと、静かに頬を流れ落ちる。
僕は無言になって見つめ合う親子に、優しく声をかけた。
「…………魔法をかけますね」
それからジゼルに目を向けた。
「ジゼルもお願い」
「うん! まかせて!」
彼女が意気揚々と両手を組み合わせて祈りのポーズを取った。
そして柔らかくほほ笑んだまま、ゆっくりと目を閉じる。
ベースはマリアさんの思いだけど、強ければ強いほど重ねがけする願いが勝つ。
だからこそ、ジゼルにも祈ってほしかった。
彼女の補助はいつも素晴らしく、思いがとても増幅されるから。
……もちろん、僕の思いも乗せて。
僕は目を閉じて呪文を唱え始めた。
丁寧に心を込めて、言葉を紡ぐ。
詩にも似たそれは、優しく広場に溶けていった。
魔法陣が、僕の声に導かれて蒼く輝いた。
その光にまばゆく照らされたダレンは、目を薄めながらも魔法陣を見つめている。
するとその魔法陣の周囲に、更に大きな元始の魔法陣が現れた。
2つは強烈な光りを発し、より一層、僕らは蒼い光に包まれていくーー
「…………綺麗だ」
まるで心の底から零れたように、ダレンの声が耳に届いた。




