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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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122/165

122:ダレンの思い 


 牢獄をあとにした僕とジゼルは、家へ帰る途中の川沿いの道を、ゆっくり歩いていた。

 人通りのまばらなここは、読み取る思いの量に酔ってしまう僕が、まだ普通に歩ける場所だった。


 だから1人で歩けるのだけど……僕らは手を繋いだまま肩を並べて歩いていた。


 暖かい日差しを受けて、川の水面がキラキラと輝く。

 心地の良い水の流れる音と、遠くの喧騒が微かに聞こえていた。


 


「ジゼル……ごめん」

 僕がおもむろに話しかけると、彼女が小首をかしげながらこちらを見た。

 そのクリっとした瞳をじっと僕に向け、静かに続きを待っている。


「ダレンのことだけど……ジゼルにあんなことをした彼だけどーー」

「分かってるよ。助けたいんだよね?」

 ジゼルがクスリと笑った。


 そして前を向いて語り始めた。

「……クロエの人格を入れられて、ディランを私の手で殺そうとさせられた時は……嫌だった。悲しかったし、憎んでた」

「…………」


「けれど全てが上手くまとまって、落ち着いて考えてみると……」

 ジゼルが宙を見上げてからニッコリと笑い、僕を優しく見つめた。


「猫の私に対するダレンの態度は……優しかったよ。猫用のご飯がいいのか、人のご飯がいいのか聞いてくれたりして」

 当時を思い出してか、ジゼルがクスクス笑った。

 僕も釣られて少しだけ頬を緩める。


「足元が覚束(おぼつか)ないクロエが転ばないように、手を握って先導してくれたのも、薄っすら覚えてる……」

 思わず目を伏せたジゼルだったけど、また真っ直ぐに僕を見た。

 

「きっと、そっちが本来のダレンだったんだね」

「…………そうだね」

 僕は切なげにほほ笑んだ。


「だから私もダレンを助けてあげたい。それに、みんなを幸せにするんだよねっ!」

 ジゼルが飛びっ切りの笑顔を見せた。


 その彼女の様子が……川を背にして笑うジゼルが、湖のそばに佇むリンネアル様の姿と重なった。


〝みんなを幸せにしてあげて〟


 僕ら蒼刻の魔術師の魂に刻まれた、彼女の願い。

 それが静かに呼び起こされる。


「ありがとう、ジゼル」

 ニコニコと笑う彼女を僕は抱きしめた。

 ジゼルも背中に手を回して、優しく抱きしめ返してくれる。

 幸せそうに目を閉じて笑う彼女は、僕の胸元に頬をスリスリと擦り付けた。

 僕も彼女が愛おしくって、更にギュッと抱きしめる。


 お互いのぬくもりを充分に確かめ合うと、少しだけ体を離して見つめ合う。

 するとジゼルが不思議そうに聞いた。


「でも……どうするの? 蒼願の魔法は、解けないんじゃ……」

「そうだね。けど方法はある」

「それってーー」

 僕の言いたいことが分かった彼女が、不安そうに眉をひそめる。


「うん。『ダレンがどんな時でも、彼らしくいれますように』というような願いを重ねがけするんだ。それには強い思いが必要だから……」

 僕は青い空のようなジゼルの瞳を見つめた。

 その目に、不思議なほど落ち着いて話す僕が映っていた。

 ダレンに助けると宣言した時から、覚悟を決めていたからだろう。

 真っ直ぐにその気持ちを彼女に伝える。


「ダレンのお母さんに、協力してもらおうと思うんだ」

 

 僕の言葉に、ジゼルがその青い瞳を大きく見開いた。




 **===========**


 数日後。

 僕らはダレンの実家にあたる、大きなお屋敷を訪れていた。

 ここに住むダレンの母、マリアさんに会うために。

 僕は母さんからマリアさんに事前に手紙を書いてもらい、今日の約束を取り付けていた。


 蒼刻の魔術師だったダレンの父親は早くに亡くなっており、ここはマリアさんの生家になるらしい。

 彼女は元々裕福な市民の娘だったそうだ。


 お手伝いさんに応接室に通されると、そこにはすでにマリアさんが待機していた。

 ダレンの母親なだけあって、彼女も容姿端麗な美女だった。

 輝く金髪に緑色の瞳。

 ダレンは母親似なのだろう。

 

 それに貴族が住むような豪華な家……

 本当に、ダレンは僕なんか気にせず生きていけば、順風満帆な人生だったのに。


 僕は部屋に置かれた調度品、王宮にあるような立派なテーブルとソファ、そして金のラインに縁取られた小花模様のティーカップに視線を移し、最後にそれを手に持つマリアさんを捉えた。


「お久しぶりです」

 僕はペコリと頭を下げた。

 マリアさんは僕を(いぶか)しげに見ると、しおらしく喋った。

「……ダレンが貴方に迷惑をかけたのは知っています。親の私にも謝罪を求めに来たのかしら? それだったらごめんなさい。本当に申し訳ないことをしたと思ってるわ」

 口ではそう言ったけれど、マリアさんの目の奥は冷め切っていた。


 これは……どういった感情からなんだろう?

 

 彼女の真意が掴めていない僕は、おずおずと切り出した。

「……いいえ。マリアさんに謝って欲しくて来たんじゃありません。ダレンを一緒に救って欲しくて……」

「……救う?」

 彼女の片方の眉がピクリと動いた。

 それから怒りをあらわにして反論する。


「私の言うことを聞かないダレンをどうやって? 正直、あの子は私の手に負えないわ。年相応に落ち着いて欲しいだけなのに〝蒼刻の魔術師として1番になるんだ!〟って言って出て行ってしまうし……」

 マリアさんが深い深いため息をついた。


 …………

 彼女は、ダレンが幼いころに『誰よりも優れた蒼刻の魔術師になりますように』という願いを叶えたことに、気付いてないようだ。

 子供の幸せな将来を思っての、無意識な母の願いだったのだろう。


 そしてそれを自分にかけてしまったダレンも、事情を誰にも言えずにいたんだ。

 もしかしたら、蒼願の魔法に対して泣き言をいう行為が、その願いの影響で制限されていたのかもしれない。


 ……(むご)い。

 

 けれど今のマリアさんが、ダレンに落ち着いて欲しいと思っていることは、僕にとって都合が良い。

 今でもかつての願いに縛られているとしたら、協力を仰げないだろうから。

 

 僕はチラリとジゼルを見た。

 その視線に気付いた彼女が、穏やかにほほ笑む。

 ジゼルの笑顔に今日も勇気をもらった僕は、機嫌の悪さを隠そうとしなくなったマリアさんを見据えた。


「ダレンは、誰よりもマリアさんの言うことを聞いていたんです」

「……どう言うことかしら?」

 マリアさんが怪訝(けげん)な表情を向ける。


 ……ごめんなさい、マリアさん。

 僕はあえて嫌な言い方をします。

 ダレンの母親である貴女に、強く思ってもらわないといけないから……

 『ダレンがどんな時でも、彼らしくいれますように』と。


 僕はそんな思いを微塵も悟らせずに、彼女とまっすぐ向き合った。


 


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