12:ジゼルの願い
ジゼルの飼い主である、ウィリアム・フォグリアが亡くなった。
「「ウィリアム様!?」」
それまで大人しかった弟子たちが、わぁっとベッドに駆け寄る。
みな涙を流し、まだ暖かいウィリアムに縋り付く者もいた。
騒然となった彼らに、僕とジゼルは押し除けられ、やむおえず部屋の外に出た。
本当は、ジゼルにもっとゆっくりお別れをさせてあげたかった。
けれど弟子である彼らも同じだろうからと、自分の気持ちを何とか落ち着かせる。
そうして僕は、ジゼルの肩を抱くようにして支えながら部屋を離れた。
ーーーーーー
僕たちはウィリアムの屋敷の外にあるベンチで、勝手に休ませてもらった。
ジゼルは僕に寄りかかりながらも「わーん!」と泣きじゃくっている。
最愛の飼い主が死んでしまったのだから、無理もない。
今の僕には彼女にかける言葉もなかった。
大粒の涙をこぼし続けるジゼルの背中を、優しく撫でてあげることしか出来ない。
「うぅぅ……猫のジゼルは信じてたの。ただ純粋にウィリアムの言葉を。また元気になって、頭を撫でて貰えるって……うえーん!」
ジゼルが夜空に向かって泣き叫びながら続ける。
「でも〝ジゼルさん〟の記憶がある今の私には、儚い夢だったって分かってる……うぅ……でも、せっかくウィリアムのために人間になったのにっ……すぐにお別れだなんて……無駄だったのかなぁ??」
涙でぐちゃぐちゃの顔を僕に向け、ジゼルが気持ちを吐き出した。
「無駄なんかじゃないよ。ウィリアムさんは嬉しそうだった。幸せそうだった! ジゼルは彼の願いを叶えたんだ!」
僕はたまらずにジゼルをかき抱いた。
人から向けられた願いを叶える。
それはすごいことなんだと、
とても勇気がいることなんだと……
まるで自分に言い聞かせるように彼女に説いた。
ジゼルはゆるゆると僕を抱きしめ返すと、僕の肩に顔をくっつけた。
「わっ、私の、ウィリアムに生き返って欲しいっていう強い思いはっ……魔法に出来ないの??」
しゃくりあげながら、ジゼルが必死に訴えかける。
「…………命を操るような魔法は、かけれないんだ」
僕は思わずジゼルの首元に顔をうずめ、抱きしめる力を強めた。
ジゼルの瞳から、余計に涙が流れることが分かっていたからだ。
「ごっ、ごめんねディラン! ディランが苦しむこと聞いちゃったね……でもっ、もし出来るならって、聞かずにはいられなかったのっ!!」
ジゼルはそこまで言い切ると、大声を上げて泣いた。
「ジゼル……」
彼女の気持ちに胸が締め付けられた僕は、ジワリと涙を浮かべた。
ジゼルはーー
姿かたちが変わっても、別の人の記憶が入っても、猫のジゼルのままだった。
僕が蒼願の魔法について悩んでいるのを知っているから……
いつも励ましてくれて、気遣ってくれる。
そんな優しさは何も変わっていなかった。
ーーーーーー
しばらく抱き合っていると、落ち着いてきたジゼルが不意に僕から体を離した。
「……ごめんね。ディランの服、汚しちゃったね」
「いいよ。なんなら、いつもみたいにグリグリして拭いても」
僕はわざと、おどけながら言った。
それにしても驚いたのは、ジゼルが涙で人の服を汚すことが悪いと認識したことだった。
シゼル・フォグリアの記憶を授かったからだろうか。
変身してから今までの行動も、すごくしっかりしていて一気に人間らしくなった。
「…………フフッ」
ジゼルが少しだけ笑ってくれた。
僕はそんな彼女の頭をワシャワシャ撫でた。
ちょっと元気が出てきた様子が見られて嬉しい。
撫でている間、ジゼルは幸せそうに目を細めていた。
目尻に浮かんでいた涙が頬を伝う。
けれど僕が手を離すと、目を開いて途端に表情を曇らせた。
「……これからどうしようかな? 人間になってしかも〝ジゼルさん〟の姿だから、このお屋敷にはいない方が良さそうだし……」
途方に暮れるジゼルが、シュンと縮こまった。
なんだかその姿が、僕には捨てられた猫のように見えた。
やっぱりジゼルは白猫のジゼルだ!
そんな気持ちになった僕は、友人である白猫に向けてのつもりで思いを伝えた。
「一緒に暮らそうよ、僕と。魔法をかける時に決めてたんだ。ジゼルを人間にした責任を取るって。ジゼルを絶対幸せにするって」
「ふえ!?」
ジゼルが口をぽかんと開いて真っ赤になった。
……あれ?
彼女の反応を見て、僕は心の中で盛大に首をかしげた。
ジゼルはみるみる顔を綻ばせ、泣き笑いを浮かべる。
「嬉しい! 私もディランのことが大好きなの!〝ジゼルさん〟になっちゃったし、ずっとウィリアムを親愛の意味で好き好き言ってたから、この気持ちをしばらく伝えないでおこうと思ってたんだけど……」
「……え?」
今度は実際に首をかしげてしまった。
困惑した僕の様子なんて全く気付かないほどに、舞い上がったジゼルが喋り続ける。
「ディランのお嫁さんになりたかったんだ! 私のディランに向けた強い思いを叶えてくれたんだね。やっぱりディランはすごいね!」
「…………あ!」
彼女の発言を受けて、僕はやっと気付いた。
さっき言った『一緒に暮らそう〜〜』のセリフは、プロポーズみたいだってことに。
そして、こんなに喜んでいるジゼルに向かって〝実は猫を飼うような気持ちで言いました〟と伝えられないことに……
「…………」
罪悪感にかられる中、僕は自分に向けられた〝ジゼルからの強い思い〟を探ってみた。
すると彼女の言うように『ディランのお嫁さんになりたい!』という、純粋で真っ直ぐな思いをすぐに見つけることが出来た。
…………
自分に向く思いなんて、もし恨み辛みに関する強過ぎるものがあったら怖いからって、長いこと調べてなかったよ……
「ありがとう。ディラン!」
ジゼルがまた僕に抱きついてきた。
嬉しそうに、僕の首元に顔をスリスリする。
「え? 何!?」
「いつもみたいに、グリグリしていいって言ったもん」
……さっきまでと違って、なんだか恥ずかしいんだけど!
「や、ちょっと、こそばゆいかな? やめてくれる?」
僕は真っ赤になりながらも、やんわりジゼルを押し返した。
「?? どうしたの? いつもそんなこと言わないのに……あ! やっと気付いてくれたんだ。グリグリするのは、猫の愛情表現だって!」
ジゼルが照れてる僕を見て、嬉しそうに言った。
「〜〜〜〜っ!」
僕は言葉にならない声をあげて盛大に照れた。
そしてこの時からやっと、ジゼルを猫ではなく女性として意識し始めたのだった。




