表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/165

119:珍しい訪問者 


 今日は特に用事もなく平和な午後。

 ポカポカと暖かい太陽の日差しを浴びながら、僕とジゼルは中庭のベンチで日向ぼっこをしていた。


 ジゼルは彼女本来の人の姿になっても、行動は以前と同じままだった。

 本を読む僕の腕に抱きつくと、肩にもたれながら幸せそうに目を閉じている。


 その様子がなんとも猫っぽくって、僕はジゼルの頭をそっと撫でた。

 彼女はゴロゴロ鳴く代わりに「んー」とますます笑みを深めて、僕にすりつく。

 可愛いなと思って見つめていると、ジゼルが突然バッと顔を上げて、僕とは反対方向に目を向けた。


「誰かがお店に来たみたいだよ」

 ジゼルの視線の先に意識を向けると、微かにドアノッカーを叩く音が聞こえた。


 …………

 今のジゼルは、フォグリアさんの姿の時より、猫の特徴を色濃く残していた。

 だからさっきみたいに、ほんの小さな音にもすぐに気付いて、何が起きているのか察してしまう。

 こんな時のジゼルは、本物の猫のようだ。




 僕はそんなことを考えながら、急いで店先の扉へと向かった。

「はーい、お待たせしました」


 ガチャリと扉を開けると、黒いローブを羽織った男性が立っていた。

 胸元にはグランディ国の紋章。

 それだけで、彼が国家と協定を結んだ、いざという時に動く魔術師の一人だとわかる。

 このローブは、そういう人物にだけ与えられる特別なものだった。


 そんな人が何の用だろう?

 でもこの人、見たことあるような、ないような……

 しかもすごいな。

 複数の女性から思いを向けられている……


 僕は瞬時にいろいろと考えてしまったけれど、すぐに切り替えて笑顔で対応した。


「いらっしゃいませ。申し訳ありません、まだ開店前なのですが……どういったご用件でしょうか?」

「君に折り入って話があるんだ」

 精悍(せいかん)な顔立ちをした男性が、目尻を下げて柔らかく笑った。




 ーーーーーー


 店の談話スペースに男性を案内し、向かい合って座った。

 いつものように、ジゼルが僕の隣に腰を下ろす。


 目の前のテーブルには、彼女が用意してくれた紅茶とクッキーが並んでいた。

 みんなが落ち着いた頃合いを見て、僕は正直に切り出した。

「すみません。僕たちどこかで会ったことありますか?」


 男性が目を見張って、僕とジゼルを順番に見た。

 驚いている彼の反応に〝あれ? 知り合いだっけ?〟とジゼルにアイコンタクトを送った。

 彼女はその視線を受け止めて、小さく首を傾げる。

 

 そんな僕らの様子を見た男性が、フッと笑った。

「覚えていないのも無理はないか。大聖堂の前で会った時、君は倒れていたし、一緒にいた彼女は必死に魔法で癒そうとしていたから」

「……もしかして、ダレンを捕まえた人ですか?」

「そうだ。僕はレックス。改めてよろしく」

 気さくな印象の彼は、柔らかく笑った。


 それから軽く自己紹介をし合うと、レックスが紅茶を一口飲んでから本題に入る。

「今日話したかったのはダレンのことなんだけど……様子がどうもおかしいんだ」

「今、彼は牢屋にいるんですよね?」

「あぁ。普段は大人しいのに、蒼刻の魔術師の話になると……特段ディランの話になると、人が変わったかのように騒ぎ出すんだ」

 

 神妙な顔をして言うレックスに、僕は思わず苦笑で返した。

「僕はダレンから嫌われてますからね」

 

 彼も困ったように笑って続ける。

「……それが、捕まえた時からずっと変わらずに続くものだから……」

「??」

「普通は事件から時間が経つと、程度の差はあれ落ち着くものなんだ。けれどダレンの君への態度は変わらない……このままだと、彼を釈放しても、ディランが危ないと思ってね」

 レックスが申し訳なさそうに眉を下げた。



 ーーそれから彼は丁寧に説明をしてくれた。

 

 あの騒ぎでダレン自身は誰も傷付けておらず、軽い罪にしか問えないため、近々釈放されるらしい。

 だからその前に1度ダレンと話してみないかと提案された。

 加害者と被害者を会わせるのは異例だけど、レックスは今の方が安全だと考えたようだ。


「…………」

 僕は静かにうつむいて、考え込んだ。


 たしかに大聖堂の時のダレンには、違和感を感じた。

 レックスの言う通り、釈放されたあとのダレンは、また僕に何かしに来るだろう。

 と言うことは、またジゼルが危ない目に遭うかもしれない。


「レックスさん、分かりました。ダレンと1度会ってみたいと思います」


 僕が顔を上げてそう言った時だった。

 店の扉がガチャリと開いて、誰かが入って来た。


「こんにちは。ディランに手紙を貰ったから、来てみたんだけど……」

 そこにはレシアが立っていた。

 

 人からの思いを読み取り過ぎる僕は、何か対処がないかと、紫の魔術師であるレシアにも聞いていたのだった。


「来てくれてありがとう」

 僕は立ち上がり、レックスの隣の空席に目を向ける。

 視界の端で、レックスがピクリと体を強張らせたように見えた。


 ……気のせい?


 彼の様子を気にしていると、ジゼルが先にレシアの元に駆け寄った。

「久しぶり! あ、あの〜、私ジゼルなの。今まではフォグリアさんの姿を借りてたんだけど、こっちが本当の姿なんだ」

 ジゼルはモジモジしながら伝えた。


 クロエの件でお世話になったルークとホリーには、早々に新しい姿をお披露目していた。

 けれど、あれからレシアに会うのは初めてだった。


「誰かと思ったらジゼルなんだ。……フフッ。何だかしっくり来るかも。今も素敵だね」

 レシアの優しい笑みに、ジゼルも安心したように笑い返す。

「エヘヘ。ありがとう。この姿でもよろしくね」

「もちろん。接客中だったのかな? 邪魔してごめんね…………」

 レシアが目線をレックスに向けた。

 レックスも彼女を見ており、バチっと目が合う。


 その瞬間、レックスが急いで立ち上がった。

「じゃあ、話もついたし帰るよ。またダレンに会いに来る日が決まったら連絡してっ」

 僕にそう告げた彼は、そそくさと出口へと向かった。

「わ、分かりましたっ」

 僕も慌てて返事をする。


 彼の通り道にいたレシアがスッと横に避けた。

 レックスは彼女の横を素早く通り抜けると、扉を開けてさっさと出て行ってしまった。


 …………


 残された店内の3人で、しばらく閉じられた扉を見つめる。

 するとレシアがポツリと呟いた。

「…………元カレなの」


 ジゼルの声が、思い切り裏返った。

「へっ!? じゃあさっきのおかしな空気は……」


「……気まずかったんだろうね」

 

 レシアが珍しく、苦笑(にがわら)いを浮かべていた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ