表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/165

117:子ども思いの母親


 ある日の午後。

 外で用事を済ませて帰ってきた僕は、家に入った瞬間に脱力した。


「……ただいまぁ……」

 どうにかリビングのソファまで行くと、ボスンと倒れ込む。

 うつ伏せになり目を閉じていると、廊下からパタパタと足音が近付いてきた。


「ディランッ! 大丈夫? 今日は特に酷いね」

 ジゼルが慌てて僕に近寄り、顔の近くでしゃがみ込んだ。

 僕はゆっくりと顔を動かして、ジゼルの瞳を見つめた。

「…………ちょっと休ませて。日に日に量が多くなるから、すごく酔ってて……」

「分かったよ。何かあったら呼んでね」

 心配そうに僕を見つめるジゼルが、そう言って頭をひと撫でしてくれた。

 僕は目を閉じてニコッと笑う。


 けれどすぐに彼女とは反対方向に顔を向けた。

 気分が悪い波が来て、顔をしかめてしまったからだ。

 心配性なジゼルに見せたくない。


 それを見たジゼルが深いため息をつき、去って行く音がした。

 …………


 僕は……

 蒼い魔法を磨いている僕は……

 人に向けられた思いを読み取る感覚が、妙に研ぎ澄まされてしまった。

 今ではもう、以前の倍の量を読み取ってしまっている。

 

 街中(まちなか)のような人が多い所に出ると、行き交う人々に向けられた思いが全部、僕の頭に勝手に入ってきた。

 しかも、そこまで強くない思いも読み取ってしまうようになった。

 上手く言えないけれど、今までは高レベルの思いだけだったのが、中レベルも届いている気がする。

 だからここ最近〝読み取り酔い〟をよくしていた。




「はぁ…………」


 何とかマシになってきた僕は、体を起こしてソファに座り直した。

 人が周りにいない環境だと、酔いも次第に収まっていく。

 そこに、掃除用の箒を手にしたジゼルが通りかかった。


「あ、起きれた?」

「…………」

 足を止めた彼女に返事をする代わりに、僕はちょいちょいと手招きした。


「なぁに?」

 ジゼルは壁に箒を立てかけると、不思議そうに近付いてきた。

 そんな彼女の腕をとり、グイッと引き寄せる。

 

「わぁ!」

「……はぁ……落ち着く」

 よろけたジゼルが僕の腕の中にスポンと収まった。

 僕は彼女を抱きしめて、少しオーバーに深呼吸をする。

 

「蒼刻の魔術師が旦那さんだと、何もかもバレバレで恥ずかしいね」

 ジゼルが楽しそうに笑った。


 もちろん彼女が僕に向ける思いも、常に読み取っていた。

 彼女の思いは強いけれど心地良い。

 だって……『大好きなディランとずっと一緒にいれますように』という願いだから。

 そんな暖かくって優しい彼女の思いに包まれると、張りつめていたものがほどけていく。


 癒しを求めていることを分かっていたジゼルは、僕の気が済むまでくっついてくれていた。



 

 ーーーーーー


 日が暮れて、徐々に空が暗くなる頃。

 いつもと違って蒼い色が夜空に混じり始めた。

 店の窓から空を眺めていたジゼルが、カウンターにいる僕に振り向いた。

「今日はお店閉める?」

「……大丈夫。だいぶ元気になったから」

 

 カウンター内の椅子に座っている僕は、ジゼルにニコリと笑い返した。

 彼女もそばにやってきて、隣の椅子に腰掛ける。


「でも困ったね。もうちょっと抑えられないのかな? 人の思いを読み取っちゃうのを」

「そうだね。他の蒼刻の魔術師はどうしてたんだろう? こんなふうに感覚が鋭くなりすぎた人って、居ないのかな?」

 ジゼルの何気無い質問に返しながら、僕の脳裏にある女性が浮かんだ。


 あの老紳士ピクシーが鏡で見せてくれた、過去の蒼刻の魔術師。

 ずっと目を閉じたまま穏やかに笑う、リンネアル様のような女性……


 あの人なら僕より断然能力が上だ。

 どうしていたのだろう?

 

 誰か、蒼刻の魔術師に詳しい人なら、彼女が誰か分かるかな?

 詳しい人…………

 

 ーータナエル王子。


 僕は思わず苦笑した。

 

 でも……思い返すと、ムカレの国に蒼願の魔法をかける作戦を話していた時に〝過去にも広範囲の魔法をかけた例はある〟というような事を言っていた。

 目を閉じた彼女のことかも知れない。

 今度聞いてみようかな。



 

 そんなことを考えている時だった。

 お店のドアがギィィと音を立てて開いたかと思うと、小さな男の子が飛び込んできた。

 僕は思わずまたピクシーかと身構える。


「ママ! ここ何!? なにー!?」

「ジョン! もう少し静かにしなさい!」

 店内を駆け回る男の子のあとから、その子の母親らしき女性も入ってきた。


 僕とジゼルは立ち上がって同時に言う。

「「いらっしゃいませ」」


「お店なのー!?」

 男の子が立ち止まり、僕らを見て満面の笑みを浮かべた。

 慌てて彼を取り押さえた女性が、僕らに頭を下げる。

「すみませんっ!!」

「大丈夫ですよ…………」

 

 僕は女性に笑いかけながらも、2人の思いをさっそく読み取ってしまった。




 ーーーーーー


 親子を談話スペースに案内すると、ひとまずジョンのママは席についた。

 けれどジョンはそのソファによじ登ったり、座面でジャンプしたりと落ち着かない。


「ジョン! 椅子の上では暴れないで。座って大人しくして!」

「……はーい」

 そう返事をするものの、ジョンは座ったそばからソワソワしている。

 動き出すのも時間の問題のようだ。


 ジゼルがピリピリしているジョンのママに、柔らかく話しかけた。

「元気なお子さんですね。いつもなら紅茶とお茶菓子を出すのですが……この時間なので、ジョン君のはどうしましょうか?」

「そうですよね……もう寝かせるような時間ですよね……」

 途端にジョンのママが縮こまった。

 何故かジゼルの問いかけに、責められているとでも感じたようだった。


「たまには、そんな日があっていいと思いますよ。あなたもせっかくなんで、紅茶でも飲んで一息ついて下さい」

 ジゼルはニッコリ笑うと、おもてなしの準備をしに部屋の奥へと消えていった。


 するとそのあとを追いかけて、ジョンも生活スペースの方へと行ってしまった。

「そっちはなにー!?」

「ジョン! そっちに行っちゃダメよ!!」

 慌てたママも、ジョンを追いかけて行ってしまう。


「あー……」

 1人取り残された僕は、ちょっと圧倒された気分のまま、スタスタと扉まで歩いていった。

 顔を覗かせて部屋の中の様子を窺う。


 そこには動き回るジョンを取り押さえて注意しているママと、苦笑しながらもポットでお湯を沸かしているジゼルがいた。


 ジョン親子に近付いた僕は、リビングにあるソファを手のひらで指し示した。

「せっかくなんで、こちらで話をしましょうか。お客様向けではないので雑多な場所ですが……」

「…………すみません」

 ジョンのママは途端にシュンと身を縮めた。

 彼女はあれだけジョンに大きな声を出していたのに、僕には急に小さな声で恐縮してしまう。

 

 ーーこのママは、すごく子育てに真面目なんだ。


 さっき思いを読み取った時にも、彼女に抱いた印象だった。


 ちょうどジゼルの準備も出来たようなので、僕らは改めてリビングのソファに座った。

 僕とジゼルが隣り合い、向かいのソファにはママとジョンが座っている。

 ジョンはクッキーを「美味しい!」と言いながら必死にモグモグすると、食べることに夢中になって静かになった。

 

 彼を優しく見ていた僕は、改めて女性に向き直った。

「自己紹介が遅れて申し訳ございません。僕はディランと言います。こちらは妻のジゼルです」

「こんばんは」

「……ケティと言います。この子はジョン」

 彼女は紹介した我が子をチラリと見ると、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「それで……今日はどう言った〝人から向けられた願い〟を叶えたいのでしょうか?」

 

 僕はもう知っているけれど尋ねた。

 

「ジョンは……もう少しで3歳になるのにじっと出来ませんし、私の言うことも……聞いてくれません」


 ケティがポツリポツリと語り始めた。

 クッキーを食べ終えたジョンは、ちょっと目を離した隙にソファから飛び出し、チェストの上に置いてあったチェス盤を広げて遊んでいる。

「ママー! お馬さんー!!」

「ジョン!」

「あぁ、いいですよ。そんなに使ってないものなんで」

 やめさせようとしたケティを、僕はやんわりと引き留めた。


 頭の隅で〝父さんの大事なチェスが……〟としょんぼりした父親の顔が浮かんだ。


「……すみません」

 ケティがまた縮こまりながら続けた。

「それで……このまま大きくなってしまったら、ジョンはどうなるんだろうと不安になるんです」


 彼女が泣きそうになりながら、絨毯の上でチェスの駒を並べて遊ぶジョンを見つめた。


 きっとケティは、あくまでもジョンのことを思って願いを込めている。

 悪気は全くなく、正しいと思う気持ちから……


 僕は小さく眉をひそめた。

 

 だからこそ、どうやめさせようか悩ましい。


 ケティはそんな僕の気持ちにはもちろん気付かず、続きを喋ろうと口を開いた。

 真っ直ぐな瞳に迷いは無く、その証拠に堂々と言い切る。


「それで、ジョンの性格を変えたいんです」


 

 

   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ