116:さぁ、報復しに行こう
「お前は……ボクとクリスティーナの結婚を邪魔した魔術師! お前のせいか!? ボクがこんな屈辱を味わっているのは!? 痛っ!?」
地面に這いつくばりながら叫ぶアレックス王子を、テオドール王子が軽く蹴った。
「ちょっとは反省しろよ! お前のせいでキールホルツ国が戦場になりそうなんだぞ!」
テオドール王子がゲシゲシ弟を蹴り続ける。
本気ではなさそうな軽めの蹴りだけど、恨みつらみを込めていそうだ。
「それでボクを差し出すなんて酷いよ!」
「はぁ!? お前がタナエルの専属の魔術師を連れ去るからだろ!? いわばグランディ国の主要人物をお前が攫ったんだ!」
怒りが頂点に達したテオドール王子が、アレックス王子の襟元を掴み、むんずと持ちあげた。
アレックス王子がよろよろと立ち上がると、眉をひそめて言う。
「?? 何のことだ? ……あの猫の女か?」
そこにタナエル王子が口を挟んだ。
「その女性が私専属の蒼刻の魔術師、ジゼル・フォグリアだ。彼女を返して欲しいのだが……」
「あいつも蒼刻の魔術師!? しかも専属!? 聞いてないぞ…………」
アレックス王子の顔が瞬時に青くなる。
ボクの背後にいるジゼルが、フッと息をもらす気配を感じた。
チラリと見てみると、どうやら笑いを堪えているらしく、ニヨニヨしている。
ジゼルは猫の姿に戻されたあと、ナフメディさんの機転で、キールホルツ国内に消えたことになっていた。
だからジゼルは行方不明のまま。
ーーというのがタナエル王子の筋書きのようだ。
そんな悪巧みを平然と通そうとするタナエル王子が、ますます笑みを深めてアレックス王子に語りかける。
「ジゼル・フォグリアは我がグランディ国にとって、非常に有益な人物なんだ。そんな彼女を攫った国なんて、卑怯な敵と認定され攻め込まれても、やむを得まい」
「え、いや、戦争を起こしたかったわけではなく…………」
「ただ、ジゼル・フォグリアを無事に返してくれるのなら、考えてやることもないんだがな」
「…………」
事の重要さを理解したアレックス王子が、冷や汗をかきながら視線を彷徨わせた。
するとその時、僕以外にも蒼いローブを着た人物がいることに彼が気付いた。
あからさまに僕の背後を凝視しながら叫ぶ。
「そ、そこにいるのはあの猫の女じゃないのか!?」
「フフフッ」
指名されたジゼルが、耐え切れずにクスクス笑いながら前へと歩み出てきた。
僕の隣に並ぶと、ゆっくりとフードを脱ぐ。
その動きに、白い髪がサラリと流れた。
「やっぱり……ってあれ? 何だか違う?」
勝利を確信していたアレックス王子が、ぽかんと口を開けた。
「彼女はオーリック夫人だ。ジゼル・フォグリアなわけないだろう」
心底呆れた声で、タナエル王子が言い切った。
それを聞いたジゼルが、お腹を押さえて「クククッ」と笑った。
大笑いしたいのを必死に堪える彼女の様子に、ミルシュ姫もクスリと笑う。
テオドール王子が僕らの様子に何かに勘付き、深いため息をついた。
「全部、タナエルの思惑通りなんだな。全てにおいて勝ち目がなさそうだ……で、要求は? 弟の身柄じゃなく、何なら許してくれるんだ?」
それを聞いたタナエル王子が僕を見た。
「ディランどうする? 私だけの判断なら処分してしまいそうだが」
そして楽しそうにニタリと笑った。
アレックス王子が再び「ひぃぃ」と悲鳴をあげる。
「…………そうですね、確かにジゼルが攫われたのは、やっぱり許せないです。でも……」
僕が言い淀みながらジゼルを見ると、彼女は穏やかに笑い返した。
ジゼルもアレックス王子個人に、何か直接罰を与えたい気はなさそうだ。
「アレックス王子には今後、僕らに関わって欲しくないですね。クリスティーナ様たちにも」
僕が生ぬるいことを言い出したからか、タナエル王子が苦笑する。
それでも僕は続けた。
「あとは……ナフメディさんが軟禁されていたんで……それに対する賠償金みたいなものを請求します。旅先で豪遊出来れば、ナフメディさんは喜ぶんじゃないかと思って」
僕の脳裏に、泣いて喜ぶナフメディさんが浮かんだ。
「あ、それだとジゼルにも賠償金を? っとと、ジゼルは行方不明なんでしたね」
僕が慌ててそう言うと、苦笑していたタナエル王子が穏やかに笑った。
あまり見ない柔らかい雰囲気に、思わず目を見張る。
けれど次の瞬間には、鬼のような形相でアレックス王子を睨んでいた。
「と、言うことだ。お前には王族という身分の剥奪、キールホルツ国内での監視、労働に従事し稼いだお金をテオドールに渡すことを要求する」
「なっ!?」
驚愕しているアレックス王子に対して、テオドール王子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「タナエルにしては優しいな……嫌な予感がするけど」
それを受けて、タナエル王子がフフッと笑い返した。
すんごい悪どい笑顔で。
「グランディ王国はキールホルツ国に損害賠償を要求する。ジゼル・フォグリアの損失による影響を補填するためだ。またアレックス王子が許可なく入国したことによる違約金も兼ねて」
「…………はぁ。やっぱりな。まぁ戦争で負けて多くの国民を犠牲にし、領地を奪われるよりマシか……」
テオドール王子がガックリと肩を落とす。
そして殺されなくてホッとしている弟の頭を、ポカリと殴った。
「何安心してるんだよ。これからその巨額の大金を国が変わりに払うから、お前は一生働いて返すんだ!」
「ぇえー!?」
「あぁ!? てめぇ、それ以上反省の色が見えなかったら、人身売買屋にぶち込むぞ!!」
タナエル王子も兄弟の会話に参加した。
「それはいいな。その時は私が買ってやろうか?」
冷たい声に明確な殺意を乗せて、アレックス王子を鋭い眼差しで射抜く。
「あ、じゃあやっぱり弟あげるから、そのぶん賠償金安くしてくれない?」
テオドール王子もそこに乗っかってきた。
たまらずにアレックス王子が空を仰いで叫ぶ。
「働きます! 働かせて下さいー!!!!」
ーーーーーー
テオドール王子との話し合いもひと段落し、各国の部隊が解散する流れになった。
タナエル王子も自国の兵士たちに帰る指示を出す。
それも終わって一息ついている王子に、僕はためらいがちに質問した。
「……こうなることが分かってましたよね? テオドール王子に、あらかじめ話を通していたので。なんで戦う準備を念入りにしたんですか?」
僕は自分の格好をまた見下ろした。
戦う必要がなかったなら、僕なんか普通の魔術師の格好で良かったのに。
撤退を始めた自軍の様子を眺めていた王子が、ゆっくりと僕に顔を向けた。
「キールホルツ国に攻め込もうとした事実が……その行動が重要なのだ。他国に〝グランディ国に手を出すと数倍にして返される〟と印象づけるために」
そこまで言うと、彼はまた兵士たちに目を向けた。
両手を腰に当てて、少し息を吸ってから続ける。
「強国たるもの敵も多い。隙を与えないためには、絶対的な強さを示すことも必要……と考えている」
「なるほど……」
「どうだ? これが私の守り方だ」
そう言ってニヤリと笑う彼は、誰よりも威風堂々としていた。
その姿に思わず素直な感想が口をつく。
「すごく頼もしい未来の国王様ですね」
僕の返事を聞いて、タナエル王子が爽やかな笑みを浮かべた。
白い歯をこぼして笑うその様子は、たまに見せてくれる年相応の彼の素顔だ。
「では次に行くぞ」
さらりと言われたそのセリフに〝はい〟と返事しそうになった僕は、慌てて言葉を飲み込んだ。
「って、えぇ!? どこに行くんですか!?」
驚く僕をよそに、タナエル王子は不意に前へ歩き出した。
そして背中越しに、何でもないことのように言う。
「次も脅しをかけにいくようなものだから」
「……どれだけ敵が多いんですか!?」
いつもの調子で掛け合いながら、僕は王子を追いかけた。
僕らの騒がしさに、撤退の準備をしていたジゼルとミルシュ姫が、振り返ってこちらを見る。
それから顔を見合わせると、クスクスと笑い合っていた。




