115:さぁ、報復しに行こう
旅行から帰ってきてから数日後。
僕とジゼルは予定通り、タナエル王子に駆り出されていた。
式典用の正装を着込んだ僕は、太陽の下でぼんやりと突っ立っていた。
風にたなびく蒼いローブの背中には、この国の紋章が入っている。
……このローブを着るのは嫌だったけれど、だいぶ慣れてきた。
けれど……腰に剣をさすのは全然慣れないな。
困り顔で苦笑する僕に、隣で仁王立ちしているタナエル王子から喝が飛んできた。
「私の護衛だろ? もっと堂々としろ」
彼の目はさっきから変わらず、遠くの一点をとらえている。
その先には、キールホルツ国の領地があった。
「……僕は戦うにしても魔法専門なんで……剣だとか脚当てだとかの、騎士みたいな装備はいらないんですけど……」
僕は思わず自分の姿を見下ろした。
何故かいつもの魔術師の服に、腕当て、脚当ての防具も付与されていた。
まるで魔法騎士だ。
見せかけの。
「そのぐらい格好つけとかないと、全然強そうに見えないからな、ディランは。護衛される側として恥ずかしい」
タナエル王子がやっと目線を動かして、僕をしげしげと見ながらフッと笑った。
彼が真実という名の酷いことを言うのは、今に始まったことではない。
僕らはグランディ国とキールホルツ国の国境に来ていた。
見渡す限りの平原が広がり、遠くには相手国の街並みが見えた。
タナエル王子は、自分が不在の間にアレックス王子が無許可で国に入り、自国民であるジゼルを連れ去ったことに憤っていた。
クリスティーナ姫の時も含め、好き勝手するアレックス王子に、ついに怒りが爆発したのだ。
それでタナエル王子は、今からまさに隣国を攻め入ろうと、自らの軍勢を率いてここまでやって来ていた。
事前にその動きを察知していたのか、平原の向こうにはキールホルツ国の軍隊が待機している。
僕の隣で、か細い声が上がった。
「……緊張するね」
蒼いローブのフードを、目深に被ったジゼルだった。
彼女はタナエル王子の指示で顔を隠していた。
あらかじめ兵士たちには説明をしたけれど、顔が変わったジゼルに彼らが混乱しないように、との配慮らしい。
僕らはイグリスの件で、兵士たちとは顔見知りだったからだ。
それは分かる、分かるんだけど……
説明を受けた時に、タナエル王子が妙に含んだ笑みを浮かべていたことが、少しだけ引っかかっていた。
「大丈夫よ」
ジゼルに声をかけながら、馬に乗ったミルシュ姫が背後から近付いてきた。
彼女はムカレの国の戦闘服に身を包んでおり、腰にはあの退魔の剣を携えていた。
「私もエルもすごく怒ってるから、一瞬で片をつける」
ミルシュ姫がジゼルに向かって力強く頷く。
ジゼルも頷き返したのを見届けると、姫は静かに馬を歩かせ、タナエル王子の背後へと進んだ。
相変わらず仁王立ちで腕ぐみをする王子の後ろに、戦いの女神のようなミルシュ姫が佇む。
姫が言うように、怒りをたぎらせている2人が発する凄まじい気迫に、このあと暴れまくる想像が容易にできた。
彼らのその様子に、兵士たちも殺気立つ。
本当に一瞬で片をつけそうだ。
……味方だと、とっても頼もしい王太子様と王太子妃様だな。
僕はちょっとだけ、相手の国が気の毒になった。
そしていざ攻め入ろうとした時だった。
「タナエル王子! キールホルツの国王から言付けです!」
伝令役の兵士が、人の波を分け入りながらやってきた。
タナエル王子の真横に立つと、何かを彼に伝える。
緊縛した空気の中、この場にいる全員が静かに見守った。
「フフッ……分かった。その要求に応じよう」
予想していた出来事だったのか、タナエル王子が余裕たっぷりに黒い笑みを浮かべた。
しばらくその場で待機していると、数名の集団がこちらに向かってくるのが見えた。
彼らは真っ直ぐにタナエル王子の方へ向かってくる。
頃合いをみて、タナエル王子も数歩、前へ出た。
護衛である僕も、慌てて彼の左側に並んだ。
ミルシュ姫は馬から素早く降りると、剣のグリップを握りしめて、王子の右側に立った。
片足を引き、いつでも斬りかかれる体勢をとる。
僕らが迎撃態勢を取っていた陣地に入り込んできたのは、縄で上半身をグルグル巻きにされたアレックス王子と……彼の首根っこを掴んで引きずっている高貴そうな男性だった。
それと彼らを警護するための兵士数名。
状況が分からず緊張している僕に、前を向いたままのタナエル王子が喋りかけてきた。
「あれはキールホルツ国の第一王子、テオドールだ。彼と私は旧知の仲だから安心しろ」
「…………」
僕はテオドール王子だという人物を見つめて、瞬きした。
旧知の中……
友達?
少し距離を取った場所で、テオドール王子は立ち止まり、不機嫌な顔を隠しもせずに言い放った。
「この度は我々の要求を受け入れて下さり、誠に感謝しております。タナエル王太子様」
テオドール王子のその物言いに、タナエル王子が思わず吹き出す。
「似合わない喋り方だな。いつもの通りでいいぞ」
「……じゃあ遠慮なく。てかまじでごめん、また弟が迷惑かけて……」
いきなり砕けた態度になったテオドール王子が、パンと両手を合わせて謝罪する。
その拍子に首根っこを掴まれていたアレックス王子が、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「いたっ! ……ボ、ボクは何も悪いことなんかしてないっ! こんな扱いは酷いじゃないか!?」
思うように動けない彼は、どうにか逃げようと身をくねらせながら抗議した。
テオドール王子が弟を冷ややかに見下ろしながら、タナエル王子に告げる。
「……こいつをタナエルにやるから、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
兄の発言に「ひぃぃ」とアレックス王子が悲鳴をあげた。
するとタナエル王子が、僕の方に振り向いた。
「どうする? こいつを引き取ることで、ディランが受けた仕打ちを清算できるか?」
「え? 僕が判断していいんですか?」
驚いた僕がタナエル王子を見返すと、彼が一気に呆れた表情に変わった。
……これまでの付き合いから〝何て間の抜けた奴なんだ〟という彼の気持ちを、勝手に感じ取ることが出来た。




