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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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113/165

113:祝福を受けに


「結局あれは、何だったのかなぁ?」


 リミーノの街を歩くジゼルが、手を繋いでいる僕に向かって喋りかけてきた。

 彼女が不思議そうに顔を(かたむ)けると、白い髪の毛がサラサラ流れていく。


「何だったんだろうね? 蒼願の魔法を使った時のことだし、不思議なことが起きてもおかしくないんだけど……」

 ジゼルと見つめ合いながら、僕も首をかしげた。

 



 ーークロエの記憶から戻った僕たちは、しばらく青い花畑の真ん中で、夢見心地のまま立ち尽くしていた。

 

 クロエが女神ディスピナになったこと。

 蒼願の魔法が生み出す世界なのに、女神ディスピナが話しかけてきたこと。

 そして最後に見た、リンネアル様たち……


 情報が多すぎて、頭が真っ白になっていた。

 星の瞬く美しい夜空に、しんとした空気の中を優しく揺れ続ける花の群れ。

 何となく景色を眺めていた僕らは、どちらともなく「帰ろうか」と口にして、ホウキに乗って宿屋へ戻った。


 一晩経って、やっと正気に戻った僕とジゼルは、再びリミーノの街へと帰ってきていた。

 今は旅行の1番の目的である結婚の登録をしに、シュシュリノ教会へ向かう途中だった。



 

 ここは観光地なだけあって、大通りから少し入った路地にもたくさんの路面店が並び、ディスピナ様関連の雑貨も多く扱っていた。

 ジゼルが店に並ぶタペストリーを、ぼんやりと眺めながら言った。


「実際はそんなことないのに〝ディスピナ様はツンツンしている女神〟だとか〝常にわがままを恋人に言う〟って……無彩の魔法の特徴が飛躍したのかな?」

「魔法の世界で会ったディスピナ様の話だと、そんな感じだったよね」

 僕は苦笑を返した。

 

 ジゼルが宙を見て考え込む。

「うーん……『嫌いになっちゃうから、これこれして』とか言わなきゃいけないのかな?」

「……それはツンツンしている女神様だね。ディスピナ様の絵がムスッとしながらも照れてるのも、それが理由かな?」


「フフッ。そうかも。でも、純愛の女神じゃなかったよね。後世で脚色されたのかな?」

「もしそうだとしたら……登録する教会を変えたい?」

 僕は優しくジゼルに笑いかけた。


「ううん。クロエがディスピナ様になったんだもん。ますますシュシュリノ教会がいい!」

 ジゼルが繋いでいる手を大きく振ると、嬉しそうに目を細めた。

「そうだね。縁の深いディスピナ様から祝福を受けられるなら、すごいのが貰えそうだよね」

 僕も冗談っぽく笑いながら返した。


 まさかーー

 本当にそうなるとは思わずに。




 **===========**


 シュシュリノ教会につくと、入り口のすぐそばには、結婚の登録を行うための受付が設けられていた。

 僕たちはさっそく受付を済ませると、教会の庭にあるベンチでそわそわと順番を待った。

 しばらくすると、案内役の修道士に呼ばれて、礼拝堂の中へと通される。


「わぁ。綺麗で可愛らしい所だね!」

 はしゃぐジゼルが、頬を緩ませながら礼拝堂の中を進んだ。

 

 白色の壁や天井には、淡いピンクのステンドグラス。

 外から差し込む光が神々しくも、甘い雰囲気で部屋を包んでいた。


 中央に敷かれたベージュ色の絨毯を進んだ先に、神父様の待つ祭壇があった。

 祭壇の上には、神への誓いを(しる)すための台帳が開かれており、そこに2人の名前を書き込むことで結婚の登録が完了する。

 神聖な儀式を終えると、晴れて夫婦になった2人に神父様から祝福の言葉がかけられた。

 それは形式とはいえ「女神ディスピナ様からの祝福」として、この街に古くから伝えられてきたものだ。


 僕らもその慣習に(なら)い、名前を書き込もうとした。

 けれどペンを持ったジゼルが、一瞬止まって眉を下げる。


「……私って、ジゼル……〝フォグリア〟って書いていいのかな?」

 台帳にはフルネームを書く欄があり、苗字を持たないジゼルは、どう書いていいか迷っているようだった。

「いいんじゃない? 飼い主……えっと、ジゼルを育ててくれたお父さんが、ウィリアム・フォグリアさんなんだから同じ苗字で」

 神父様の前だから、僕は言葉を濁しながら伝えた。

「そっか、そうだよね」

 ジゼルがほっと息をつきながら笑うと、台帳にペンを走らせた。

 

 それまで僕らを穏やかに見守っていた神父様が、祝福の言葉をかけるために口を開いた。

「確かに、ディラン・オーリックさんと、ジゼル・フォグリアさんの名前を、ここシュシュリノ教会に刻み留めました。2人には誓いを交わした女神ディスピナ様から、大いなるーーーー」


 神父様の言葉が不意に止まり、僕はハッとして隣を見た。

「え? ジゼル……?」

 気付くと天井から光が降り注ぎ、彼女がその光に包まれていた。

「わぁ!?」

 ジゼルが〝祝福を授かる途中なのに、どうしよう?〟と困惑したまま動けずにいると、光はより一層強まり、彼女自身が輝きを放っているように見えた。


 そしてジゼルの頭上には薄っすらと……見間違いかと思うほど淡い、たなびく髪先と彼女に差し伸べた腕が見えた。

 何かを手渡しているようなその人の髪は、ピンクがかって見えた気がした。

 けれど、まばゆい光にすぐかき消されてしまい、何も見えなくなった。




「…………ジゼル、大丈夫?」


 僕が声をかけると、止まっていた場の空気がやっと動き出した。

 固まっていたみんなが、体の強張りをゆっくり解く。


「っえ、あ、うん。さっきのーー」

 

 ひどく動揺しているジゼルが何かを喋ろうとした時、神父様の声が被さった。

「無事に祝福を授かり終えたようですね。2人のこれからが、幸多からんことを祈ります」


「「…………」」

 

 僕たちは開いた口が塞がらなかった。


 ……強引にまとめちゃった。この神父様。

 絶対何か起こったのに、ディスピナ様からの祝福だと言い切った…………


 そうして神父様の図太さに絶句しているうちに、いつの間にか儀式は結びの挨拶まで終わっていた。




 ーーーーーー


 登録が無事に終わった僕たちは、シュシュリノ教会を出て、あてもなく歩き回っていた。

 手を繋ぐジゼルの歩調に合わせて、少しゆっくりと足を運ぶ。

 すると遠くに、大きな川沿いの道が見えてきた。

 家の近くの道に雰囲気がよく似ていたからか、僕たちの足が自然とそちらへ向く。


 しばらくその道を歩いてから、僕はジゼルにそっと聞いた。

「……それで、何が起こったの?」


 彼女は不思議な現象が起きてから、心ここに在らずといった様子だった。

 今もぼんやりと、川に目を向けている。


「実は……ディスピナ様が渡してくれたの」

「何を? ……まさか……」

 僕は思わず立ち止まった。

 ジゼルの横顔をじっと見つめる。

 

 僕に合わせて歩くのを止めたジゼルが、ぱっとこっちを振り向いた。

「……うん。無彩の魔法の力の一部を」

「…………」


 やっぱりあれは、ディスピナ様だったんだ。

 蒼願の魔法の世界で、彼女がジゼルに説明してきたのは、こうなる事が分かっていたから?

 あのとき知らないうちに、ディスピナ様の力も介入していたのかも知れない。


 僕があれこれ考えを巡らせている間も、ジゼルは沈んだままだった。

 そんな彼女に気付いた僕は、なんとか元気づけようとした。


「じゃあジゼルも、ツンツンした感じで呪文を唱えるんだね」

「!? っ私が1番、気にしてることなのにー!!」

 ジゼルが半泣きで叫んだ。


 ……どうやらジゼルは、その事をさっきから気に病んでいたようだった。

 




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