表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/165

112:歴史に名を残したあとは……


 クロエとルカが女神ララシェルンの手を取った瞬間、淡い光に包まれ、世界が白一色になった。


 その光が徐々に収まると、僕とジゼルはまた違う場所に立っていた。

 地面には薄いモヤのようなものがかかっており、自分の靴の輪郭が薄っすらとしか見えない。

 遠くにもモヤがかかっているのか、周りの景色がハッキリとは見えず、何もかもがぼやけた世界だった。


 すぐそばには、僕と同じようにきょとんとしているジゼルがいた。

 彼女に囁くように僕は問いかけた。

「ここは、どこだろう?」

 そして首を左右に動かして、辺りを窺う。


「……あ、あそこにクロエ……ディスピナ様がいるよ」

 ジゼルが遠くを指差した。

 その方向に目を凝らすと、モヤの向こうにピンク色の髪がかすかに揺れている。

 見ているうちに、次第にそこだけモヤが晴れていき、ディスピナとルカの姿が浮かび上がった。


 2人は地面に空いた大きな穴の縁に、寄り添って座っていた。

 ぽっかりと開いた切れ目の中へ足を垂らし、時折り見つめ合っては何かを楽しげに喋っている。


「行ってみようか」

「うん」

 僕とジゼルは綿のような地面をゆっくりと踏みしめ、2人に近付いた。

 モヤの切れ目は意外と大きく、川のように深い溝が僕らとディスピナ達の間に横たわっていた。

 溝の端に立って下を覗き込むと、広大な緑の大地と、所々に小さな四角や丸の模様が見える。

 よく見るとその模様は建物の屋根で、眼下には人々の住む世界が広がっていた。


「僕たちが雲の上にいるってことは……」

「ここは天界……?」

 一緒に眼下の世界を眺めていた僕らは、ゾクリとしながら思わず身を引いた。

 



 ディスピナが、自分の座るすぐ脇の縁に両手をつき、前かがみになって下界を眺める。


『やっと終わったね。私が消してしまった人達の魂を、輪廻転生の流れに戻す作業が。ちょっとでも罪が償えたかな……』

 ほっと息をついたディスピナは、体を横に傾けてルカにもたれかかった。


『あぁ。これからどこかで生まれ変わって、その人なりの人生を歩むだろうから、きっと大丈夫』

 ルカがディスピナの肩を抱いて、ピンクの頭にキスを落とす。

 それからフッと笑って続けた。

『それにしても随分変わったな。普通に喋れるようになったし、力を使う時はやけに可愛いし』


『…………うぅ、改めて言われると恥ずかしいな。負の感情の言葉をくっつけなきゃいけないから、どうしても、とげとげしい言い回しになるよね。それが今だに慣れなくて照れちゃって……』

 ディスピナが頬を染めがなら不平を言った。

 そしてルカに預けていた体をそっと起こす。

『しかも負の感情の言葉をつければ、すぐに解除も出来るって分かったし。だから喋ることも怖くなくなってーールカとこんなにお喋り出来るなんて、本当に良かった』

 ディスピナが嬉しそうに笑った。

 ルカも愛しげに笑い返して、2人の間には幸せな空気が流れる。




 すると不意にーー

 ディスピナが前を見つめて、熱心に語り始めた。


『負の言葉……負の()()を言ってしまうと、それが現実になってしまうの。けれど負の()()だと、それとくっつけた出来事が現実になる』


『生死を操る力は強すぎるから、そこまではいかない程度かも……』


『いつもの祈りの対象を、私に変えてみてね』


 …………

 ディスピナの様子がおかしい。


 まるで彼女が誰かに説明しているようだ。

 

 ディスピナの見つめる先にはーーーー

 

 ジゼルがいる。




 ディスピナと深い溝を挟んで見つめ合っているジゼルが、狼狽(ろうばい)した。


「あれ? これは蒼願の魔法で生み出した空間だよね? クロエのその後を知れる魔法なのに……」

 ジゼルは途中で口をつぐんだけれど、言いたいことは伝わってきた。


 クロエの……ディスピナの()()を見ているだけのはずなのに。

 ディスピナが、その場に居なかったジゼルに語りかけている。


 これは過去の記憶じゃないってこと?




 僕らの気持ちを見透かしたかのように、ディスピナがニコッと笑った。


『ありがとう。()()()をここに連れてきてくれて。可愛い白猫さん』


「え?」

 明らかにディスピナに話しかけられたジゼルは、驚いてピタリと動きを止める。

 その途端、彼女の体がほのかに光り始めた。


「何これ? どうなってるの??」

 ジゼルは自分の体を見下ろして、キョロキョロした。

 すると、彼女を包む柔らかい光は粒になって浮かび上がり、サラサラと線を描いてディスピナのもとへと流れていった。


 光の線の先では、ディスピナが両手を広げて待ち構えていた。

 優しく受け止められた光は、彼女の体の中にゆっくりと溶け込んでいく。

 全てが渡り切ると、ディスピナは穏やかにほほ笑んで、重ねた両手を胸元に当てた。

 

 ……ジゼルの奥底に眠る、クロエの意識が戻ったんだ。


 僕がそう思いながらジゼルを見守っていると、視界の端で動く人影をとらえた。

 気になって顔を向けると、1組の男女がモヤの中を歩いている。


「……あれは!?」

 僕がハッとしたのと同時に、地面が蒼く光り始めた。

 ジゼルの足元に、見慣れた魔法陣が薄っすら現れる。


 蒼願の魔法が終わるんだ。

 この世界から返される!


「待って、あの2人と話したいんだ!」

 僕は遠くにいる男女に近付こうと、ふらふらと歩き出した。


「ディラン! 溝に落ちるよ!」

 気付いたジゼルが僕の腕にしがみついて、慌てて止める。

 その間にも蒼い光がどんどん強くなり、ますます2人の姿が薄れていった。


「こっちに……気付いてくれ!」 

 なおも必死に近付こうとする僕に驚いて、ジゼルが声を荒げた。

「どうしたの!?」

「…………リンネアル様がいるんだっ!」


 その言葉を最後に、僕は高まる光の眩しさには抗えず、目を閉じてしまった。

 



 ーー薄れゆく意識の中で、僕はさっき見た光景を思い出していた。


 モヤの中をゆっくり歩くリンネアル様の隣には、黒髪の青年がいた。

 リンネアル様に深い憎しみを抱く、夢の中で会ったあの青年だ。


 2人は何かを喋りながらーー


 笑っているように見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ