111:歴史に名を残したあとは……
クロエの呪文が空気を震わせたあと、シンと静寂が訪れた。
張り詰めた空気に、耳が痛くなりそうだ。
ーーと思ったのも束の間、地面がドンッと跳ねるとルカを中心に魔法陣が展開された。
正確には展開されたと肌で感じ取った。
「っ!?」
「これは……」
僕とジゼルはその強力な魔法の圧を感じて、思わず身を強ばらせた。
ーークロエの魔法陣は目では見えない。
無色だからだ。
そして地面が白い光で輝き始めた。
クロエの強い思いに呼応するように、強い強い光に空間が支配される。
目をギュッと閉じたクロエがルカに再び抱きつく姿を見届けてから、僕もたまらずに目を閉じた。
ーーーーーー
『え? これは一体……ルカ? ルカ!?』
クロエの焦っている声に、僕とジゼルはゆっくり瞼を持ち上げた。
すると世界は再び色彩を取り戻していた。
柔らかい月明かりに照らされているルカと……
なんだか様子が違うクロエがいた。
彼女の髪はダークブラウンだったはずなのに、何故かピンク色になっていた。
服もさっき着ていたドレスから、ドレープをたっぷり取ったクラシカルなものに変わっていて……
その姿はまるでーー
「ディラン……あれって……」
ジゼルがクロエを見つめたまま喋った。
驚きを隠せない彼女は、口をぽかんと開けてしまっている。
「うん……」
僕もクロエを見ながら頷いた。
そして何か続けて言おうとした時に、倒れているルカの目がそっと開いた。
『ルカ!』
『…………クロ……エ?』
ルカは、様変わりしたクロエに戸惑いながらも、体をゆっくりと起こした。
クロエはフルフルと震えたあと、堪えきれずに彼の胸に飛び込んだ。
『良かったっ! 私の特別な魔法を上手く扱うことが出来た!』
クロエが大泣きしながらルカを抱きしめる。
ルカは不思議そうにしながらも、泣き続ける彼女を優しく抱きしめ返していた。
すると突然、天からまばゆい光が降り注ぎ、彼らを照らした。
驚いた2人が空を仰ぎ見る。
僕とジゼルも光の降る空を見ると、誰かが舞い降りてきた。
目を綺麗なアーチ型にしてニコニコと笑うその女性は、長い豊かな金髪を風にたなびかせながら、フワフワと降り立った。
クロエたちの目の前に来ると、地面から少しだけ浮いた場所に留まる。
女性はクロエが着ているような……女神様が来るような、ドレープをたくさん取った白いドレスを纏っていた。
その神々しい姿に何かを感じ取ったクロエとルカは、手をつなぎ合い、そろそろと立ち上がる。
ほほ笑んだままの女性が、クロエに話しかけた。
『迎えに来ました。女神ディスピナ』
柔らかく優しい声でゆっくりと語ると、手を差し伸べる。
『………… 女神?』
クロエが怪訝そうに女性を見た。
『はい。貴方の強力な魔法は、死だけではなく、生までも操れるようになりました。それはもう神の力の領域です』
『…………』
『死と再生の神格化。貴方は女神ディスピナとして生まれ変わりました。いつまでも地上にいてはなりません。天界へ行きましょう』
女性はニッコリ笑うと、差し出した手をズイッとクロエに近付けた。
無言の圧を感じるその行為に、クロエが身をすくませる。
怖がった彼女を隠すために、ルカが前に出て問いかけた。
『……あなたは?』
『わたしは愛を司る女神、ララシェルンです。神の種として芽吹いた貴方を見守っていました』
『…………』
クロエとルカが顔を見合わせた。
ルカの背後に半身を隠していたクロエが、彼と繋いでいる手にギュッと力を込めた。
それから自身も前に出て、女神ララシェルンに尋ねる。
『天界へはどうしても行かなくてはいけないですか? ……もうルカと離れるのは嫌です』
彼女の言葉に反応して、また透明な魔法陣が展開された。
クロエが〝あっ〟という顔で、ルカを見つめた。
魔法の気配を感じ取れないルカは、不思議そうにクロエを見返す。
その瞬間、光に包まれた2人に魔法がかかってしまった。
クロエの〝嫌〟という負の言葉に反応して、無彩の魔法が発動したのだ。
『……ごめんなさい。ルカが私から離れられなくなる魔法がかかったかも……?』
『どういうこと??』
『えっと……感情による負の言葉に、何か出来事をつなげて言うと……そのまま現実になっちゃうみたいなの……もっと気を付けないと』
クロエはルカと繋いでいない方の手で、自分の口を押さえた。
そんな2人を優しく見つめる女神ララシェルンが、もう片方の手も差し出した。
『〝私を独りぼっちにするルカなんて大嫌い。私が死ぬまでそばにいて〟とクロエが魔法をかけたため、ルカにはすでに、女神ディスピナが死ぬまで共に生きる魔法がかかっています』
『!?』
クロエとルカが揃って絶句する。
『ルカは神と同じ寿命を得ました。2人で共に天界へ行きましょう』
『え? いいんですか?』
ルカが思わず気の抜けた声を発し、女神ララシェルンとクロエを交互に見た。
すると、女神ララシェルンがイタズラっぽく笑った。
『神が気に入った人間を連れ帰ってしまうことは、たまにありますよ。最高神様に頼んで、不老不死を与えてもらったこともありましたね……フフフッ。愛って尊いですねぇ』
女神の笑いが途端に艶っぽさを帯びた。
『…………』
ルカとクロエが押し黙る。
隣にいるジゼルも思わず声を上げた。
「えぇ? もしかしてララシェルン様の話??」
「…………」
僕も同じことを思いながら成り行きを見守っていると、クロエがルカに向かって熱心に話し始めた。
『ルカ、ごめんね。どうしてもルカを救いたくて、夢中でその魔法をかけたの。私が神になってしまったから、ルカもとても長く生きることになると思う。その悠久の時を……私と一緒にいてくれる?』
不安げに瞳を揺らすクロエに、ルカは優しくほほ笑んだ。
『もちろん。これからはずっと一緒にいよう』
クロエはルカの返事を聞いて、泣きそうになりながらも朗らかに笑った。
2人は頷き合うと、女神ララシェルンの方へ揃って向き、そしてーー
女神の両手をそれぞれが握った。




