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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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110/165

110:約束の場所 


 蒼い月が高く昇った真夜中。

 僕たちは花畑の例の場所に立っていた。


 ジゼルと蒼願の魔法をかけてみようと話し合ったあと、僕たちは村に一軒だけある宿に部屋を取り、簡単な夕食を済ませた。

 村人たちは打ち解けようとはしないものの、僕たちを遠ざけるわけでもなく、ただ一定の距離を保ち見守っているようだった。

 そんな中、そそくさと準備を終えた僕とジゼルは、宿の窓から静かにホウキで飛び立ち、この場所へと戻ってきていた。




「うーん。ここなら魔法陣を(えが)いても大丈夫かな?」

 僕は花があまり生えていない地面を探すと、そこに膝をついて魔法陣を描き始めた。

 ジゼルも僕の隣に、膝を抱えてしゃがみ込む。


「何度もディランの隣で見てるから、魔法陣なら私も書けそう」

 彼女が楽しそうに笑いながら言った。

「ジゼルなら、そのうち蒼の魔法を使いだしそうだよね」

「アハハッ。蒼願の魔法を何度もかけてもらって、ディランの魔力が流れてるからね」

 2人してクスクス笑う声が花畑に響く。


「出来たよ」

 僕がそう言って立ち上がると、ジゼルも立って目をほのかに輝かせた。

 そんな彼女を見つめながら優しく説く。

「いい? さっきも言ったように、ジゼルがクロエに向けている強い思い『クロエと恋人のルカがどうなったか知りたい』を蒼願の魔法で叶えてみるよ」

「……うん」

 ジゼルがゆっくりと、だけど力強く頷いた。


「あくまで今回の魔法は、ジゼルの中にいるクロエの意識にかけるものなんだ。だから、ジゼル自身には何も起こらないかもしれない。魔法が届かない可能性もあるから。それに…………」

 僕はためらいながらも続けた。

「クロエにとっては、悲しくてつらい記憶かもしれない。死にゆく恋人の、その最後までを見せてしまうかもしれないんだ」


「…………うん。けどクロエの記憶が途切れる直前に、彼女は希望を抱いていたの。多分……彼女の人生には続きがあると思う。それを私の中のクロエも……知りたいんじゃないかな?」

 ジゼルは切なげに眉を下げて笑った。


 僕は穏やかに頷く。

「分かったよ。でも、もしクロエの感情に引っ張られて取り乱したら、すぐにやめるからね」

「ありがとうディラン」

 ジゼルはニコリと笑うと、魔法陣を傷つけないように丁寧にその上へ立った。


「……じゃあ、魔法をかけるね」

 僕が声をかけると、蒼い月明かりを浴びて花畑の中に佇むジゼルが、両手を組んで目を閉じた。

 クロエに向かって祈りを捧げる。


 僕にもその思いが伝わったかのように、不思議と優しい気持ちで目を閉じることが出来た。




 呪いの魔法という特殊な能力を授かって生まれた、無彩の魔術師クロエ。

 ただの心優しい女性だった彼女は、この地で何を見てきたのだろう。

 自分を利用する人たちの、醜い姿だろうか。

 

 恋人が瀕死の重傷を負い、追い詰められた彼女は、大きな大きな憎しみを抱いた。

 そして、自分たち以外を消してしまう。


 ……僕も。

 僕もそうなってしまうのだろうか?


 呪文の途中で、はたと気付いた。


 蒼願の魔法は、呪いの魔法にも容易(たやす)く様変わりする。

 もしジゼルが殺されてしまったら……

 憎しみで塗りつぶされた感情の中、蒼願の魔法を駆使してしまったら……

 …………


 そこまで考えてしまうと、妙に心が冷え切った。

 呆然としながら薄っすら目を開くと、僕の(えが)いた魔法陣の外側に、元始の魔法陣が浮かび上がった。

 大きな大きな円状の魔法陣が、静かに広がっていく。

 

『大丈夫だよ』

 

 どこからともなく、女性の柔らかな声が聞こえた気がした。

 それと同時に、魔法陣の蒼い輝きがふっと消えーー


「っ!!」

 

 いきなり元始の魔法陣上に、ブワッと青い花が咲き乱れた。

 勢いが良すぎて、青い花びらが宙を舞う。

 僕らの周りだけ青一色に変化したことを、目を閉じているジゼルは気付いていない。

 彼女の白い髪の毛に花びらがふわふわと舞い落ちて、青い彩りを添える。


 幻想的な光景に僕が息を呑んでいると、再び魔法陣から蒼い光が噴き出した。


「…………」

 僕は目を閉じて呪文の続きを紡いだ。


 きっとこれは……

 リンネアル様からのエールだ。


 僕はメアルフェザー様の所にいた、リンネアル様に思いを馳せた。

 そしてあのとき力を託してくれた彼女に感謝を込めて、ほほ笑みながら呪文の最後の一節を唱えた。




 **===========**


『ルカ……ルカ…………』


 切なげな呼びかけが聞こえてきた。

 凛とした高い声が、やけに震えている。

 

 目を開けると、そこは白と黒だけの世界だった。

 あんなに色鮮やかな花の中にいたのに、今は砂に覆われた地面がどこまでも広がっている。

 ーー不毛な大地。

 過去の……国が滅んだあとの平原の姿。

 唖然としながら辺りを見渡していると、同じように視線を彷徨わせていたジゼルと目が合った。


 その時、すすり泣く声が近くでした。

『……ルカ……死なないで……』


 僕とジゼルが声のした方に目を向けると、横向きに倒れている男性に、しがみつきながら泣いている小柄な女性がいた。

 

 無彩の魔術師クロエだった。


 ドレスを着て着飾った彼女が、恋人のルカに向けて懇願している。

 白黒の世界だから黒い液体にしか見えないけれど、ルカの横たわる地面には、血溜まりのようなものが出来ていた。


 …………


「クロエ……」

 ジゼルが思わず声をかける。

 けれど彼女の声は、クロエに届かない。


「多分これは、魔法で見せてもらっているクロエの記憶の世界だよ。見るだけで何も出来ない」

 僕は胸を詰まらせながらもジゼルに伝えた。

「…………」

 ジゼルが目に涙を浮かべながら僕を見た。

 そしてあふれ始めた涙を、手の甲で一生懸命拭う。

 僕はジゼルに寄り添い、彼女の肩を抱いた。


「クロエが国を滅ぼしたあとだよね? ここからが、ジゼルが知らないクロエの記憶?」

「…………うん。この時クロエはまだ諦めていないの。絶対恋人のルカを助けるって……」

 少し落ち着いたジゼルが、クロエに目を向けた。

 するとルカに突っ伏していた彼女が、ゆっくりと顔を上げる。


 ジゼルの言うように、クロエの瞳には強い意志が宿っていた。

 その瞳でルカを真っ直ぐ見つめたクロエが、ゆっくりと息を吸い、大きく口を開く。


 僕とジゼルは固唾を飲んで見守った。




『私を独りぼっちにするルカなんて大嫌い。私が死ぬまでそばにいて』


 クロエが思いを込めて呪文を唱えた。

 




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