109:約束の場所
リミーノの街に到着したその日は、軽く観光をしただけで、移動の疲れを癒すために早めに宿屋で体を休めた。
そして次の日、また馬車に乗ってする。
教会で登録するよりも先に、僕たちはリミーノ地区の端に1番近いエアレ村へ向かった。
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太陽が夕焼けに変わったころ、僕たちはやっとエアレ村についた。
馬車を降りたジゼルが、軽く伸びをしながら硬くなった体をほぐす。
「はぁ。こんな遠くに来たのは、ジゼルさんの経験を持ってしても初めてだよ……」
「…………ジゼル、お願いがあるんだけど」
僕は彼女の横で、血の気の無い顔をしてゆらりと立っていた。
立て続けに強行した馬車での長距離移動。
……きっつい。
「なぁに?」
ジゼルが屈むようにして、心配そうに僕の顔を覗き込む。
「……僕が『人の転移魔法を使えますように』って強く思ってくれない? それを蒼願の魔法で叶えるから……」
「え? そんな誰も出来てない魔法を? ごめんね。馬車の移動に相当参っちゃってるんだね。でも……願ってはみるけれど、魔法に出来るほどの強さにならないかも」
「…………やっぱり、そうだよね」
かなり疲弊している僕は、大きなため息をついた。
「『ディランが馬車に酔いませんように』だったら強く思えるよっ」
落胆した僕を見て、ジゼルが慌てて告げる。
「うーん、それもいいけど、そうやって人として外れていきそうなのは怖い……かな? でも、そんな風に怖がってたら、結局何も変わらないよね」
僕は苦笑しながら続けた。
「蒼の魔法を磨くためには、もっとたくさん使って……今まで叶えなかった思いも、魔法にした方がいいのかなって迷うんだ」
「そこは無理に変えなくてもいいんじゃない? だって〝この思いが呪いにならないか〟って、相手のことを思いやって培われた感覚でしょ? そこにはディランの優しさが詰まってるんだから、自信をもって。焦らなくても、ディランはそうやって成長してきたから大丈夫だよっ」
ジゼルが両手の拳を小さく掲げながら、一生懸命励ましてくれた。
僕はそんな彼女の頭を撫でた。
「そうだね、ありがとう」
ジゼルは、僕の些細な心の動きにもすぐに気づいてくれる。
僕以上に僕のことを分かってくれている。
真っ直ぐで深い愛情を注いでくれる彼女に、僕も同じように返せているかな?と不安になるほど。
だから、ジゼルの不安も取り除いてあげたい。
そのためにここに来たんだから。
クロエの記憶の手がかりを探しにーー
僕は改めて、エアレ村を見渡した。
「…………これからどうしようか?」
そこは家が20軒も無いような、本当に小さな村だった。
僕らよそ者が珍しいのか、近くにいる村人からジロジロと見られている。
一応、宿屋はあると聞いていたため、僕はまずそこを探すか迷った。
辺りが薄暗くなってきたからだ。
するとジゼルが、胸に手を置いて目を閉じた。
「うーん……こっちかな? ついてきてくれる?」
少し悲しげに笑うと、ジゼルが僕に手を差し出した。
「うん。もちろん」
ーーなによりもまずは、ジゼルの想いを優先させよう。
そう思った僕は、彼女の手をしっかりと握った。
ジゼルがまるで、何かに導かれるようにもくもくと歩く。
僕は手を引かれるまま、彼女の背中をじっと見つめていた。
村は小高い丘の上に位置しており、そこを抜けると、眼下にはどこまでも広がる平原が横たわっていた。
「わぁ……」
思わず立ち止まったジゼルが息を呑む。
僕も隣に寄り添うように立つと、目の前の美しい光景に見入った。
川や木も無く、起伏のない広大な大地。
手入れされているのかと思うほど、たくさんの種類の花が色とりどりに咲き誇り、まるでカラフルな絨毯が敷かれているようだ。
それが夕日に照らされて、赤みを帯びていく。
美しくて……どこか懐かしい光景だった。
「…………今見える平原が、クロエが滅ぼした国の首都だったの」
静かに語り始めたジゼルが、前を向いたまま続ける。
「滅ぼした直後は、砂漠みたいに何も無い地面が広がるだけだったのに……こんなに綺麗になったんだね」
そう言って悲しそうに目を伏せた彼女が、魔法でホウキを出現させた。
「……クロエの恋人のルカが、亡くなった場所に行っていい?」
ジゼルにはその場所がすでに分かっているのか、泣きそうな顔をして花畑の一部を眺めていた。
僕も魔法でホウキを呼び出して、ジゼルの後ろをついて飛んだ。
僕たち2人が花畑の上を横切ると、花々が空を見上げるように首をもたげる。
しばらくすると、前を行くジゼルが減速した。
「ここだよ」
彼女はゆっくりと花畑の中に降り立った。
僕もジゼルに続いてホウキから降り、静かに彼女を見つめる。
さわさわと優しい風が吹き、僕らの間を駆け抜けていった。
歓迎しているかのように、花たちが楽しげに踊っている。
「…………」
ジゼルが自分の胸に手を置き、じっと遠くを見つめた。
けれどすぐに目を伏せて、頭を振る。
「……心の奥がざわつくんだけど……やっぱり、何も分からない」
唇を噛むジゼルに、僕は柔らかく笑いかけた。
「蒼願の魔法で、どうなったか分かるようにしようか?」
「えっ…………?」
「今日はちょうど蒼い月が昇るようだし」
僕は夕日とは反対側にある、蒼い月を指差した。




