107:どこにする?
ジゼルは、久しぶりに穏やかな気持ちで目を覚ました。
昨日までは、呪いの魔法のせいで胸の痛みとともに目覚めていたからだ。
なんだか暖かくって随分心地いいなと思い目を開けると、眠っているディランの顔がすぐそばにあった。
横向きのジゼルは、自分と向き合って眠る彼の腕の中で抱っこされていた。
ディランのあどけない寝顔が、窓から差し込む太陽に照らされてよく見える。
ジゼルはゆっくり瞬きをすると、まだ寝ぼけている頭の中で〝この人と結ばれたんだなぁ〟と幸せに浸っていた。
けれど昨夜を思い返したことで、目をハッと見開き、一気に目を覚ました。
「〜〜〜〜っ!」
ジゼルが人知れず悶えていると、ディランが目を開いた。
「ジゼル? …………おはよぅ」
彼がそう言ってジゼルをギュッと抱きしめ直した。
そしてまた穏やかな寝息を立てる。
「…………おは……よ、う?」
反射的に体を固くしていたジゼルが、ゆるゆると力を抜いた。
そうして照れながらもニヘラと笑い、彼女も幸せそうに目を閉じた。
…………
もうちょっとだけ、このままでもいっか。
朝は遅く起きるリズムの2人は、またくっ付いて眠ることにした。
**===========**
しっかり目覚めた僕たちは、1階のダイニングテーブルに向かい合って座り、揃って朝食をとっていた。
「ジゼル、体調はどう?」
「……うん、大丈夫だよ。ありがとう」
コーヒーを飲もうとカップを両手に抱えたジゼルが、照れながら下を向いた。
「ジゼルはーー」
彼女の照れが移ったかのように、僕の頬も薄っすら赤くなった。
照れ隠しに目を逸らし、そのままジゼルに告げる。
「どこの教会がいい?」
「!?」
見ていなくても、唖然としたジゼルが僕を凝視しているのが分かった。
「登録しに行くってことだよね?」
驚いたあとに続いたのは、嬉しそうな彼女の声だった。
僕たちグランディ国の一般市民は、結婚する時に教会にその旨を登録するしきたりがある。
登録する教会は自由に選べるから、僕はそのことをジゼルに聞いていたのだ。
照れが収まってきた僕は、ゆっくりとジゼルに顔を向けた。
「うん。式より先に登録するのでもいい?」
「もちろんいいけど……」
ジゼルがその先のセリフを何故か言い淀む。
「?? どうしたの?」
僕が首をかしげて続きを促すと、彼女は口を引き結び、決意をにじませた。
「私……シュシュリノ教会に行きたい」
「あー、純愛の女神様を信仰している教会だよね」
ジゼルは、登録をする教会として有名な1つを挙げた。
そして浮かない表情をして続ける。
「……あのね、シュシュリノ教会で前から登録したかったのもあるんだけど……教会のあるリミーノ地区の端は、無彩の魔術師クロエに滅ぼされた国があった場所なの」
「そうなんだ。そう言えばクロエの意識は今どうなってるの?」
「眠ってしまった感じかな? ちゃんと私の奥のほうにはいるよ。……クロエの記憶がね、恋人のルカが死んだ所でぷっつり途切れてるの。そのあとどうなったか気になって……」
ジゼルは、朝食を食べていた手を止めてうつむいた。
それから、無彩の魔術師クロエの本当の人生を教えてくれた。
語り継がれていた話とは全く違うその内容に、僕は驚きながらも静かに聞いた。
でも、戦ったり喋ったりして感じたクロエは、むしろ本当の人生の方がしっくりきた。
呪いの魔女と呼ばれ、人々に恐れられていた彼女は、ごく普通の女性だったから。
ーーあの時のクロエは、僕のことを〝ルカ〟と呼んでいた。
きっと混乱していたんだ。
記憶と今を重ねてしまい、恋人の最後が呼び起こされた。
そしてダレンに向けた、黒くて澱んだ憎しみ。
恋人を殺した当時の国王への恨みを、さらけ出していたのだろう。
……咄嗟の判断だったけど、クロエを止められて良かった。
あのままなら、歴史が繰り返されて……グランディ国が消えていたかもしれない。
いつのまにか冷や汗をかいていた僕を、ジゼルが心配そうに窺っていた。
僕が目を合わすと、フッと安心して続きを喋る。
「記憶が途切れている場所に行けば、何か分かるかなって。分からないかもしれないけど」
しょんぼりと呟いたあとに、僕をチラリと見た。
「せっかく結婚登録の楽しい話題なのに、暗くしちゃってごめんね」
もし猫耳がついていたら、ペタンと伏せていそうなほど、ジゼルはしゅんと肩を落としていた。
優しい彼女は、無彩の魔術師クロエの悲惨な人生に、心を痛めていた。
僕はジゼルを安心させようと、柔らかく笑う。
「ううん。そんな事ないよ。僕もクロエがどうなったのか気になるし」
「……ありがとう」
ジゼルがほんの少しだけ笑みを浮かべた。
けれどすぐにまた暗い顔になる。
「どうしたの?」
「本当に、シュシュリノ教会でいい?」
ジゼルが頬を赤く染めながら、上目遣いで聞いてきた。
クリッとした猫目が強調されて、青く煌めく。
「いいよ。ジゼルの行きたい教会で登録しようよ」
僕が力強く肯定すると、ようやく彼女が朗らかに笑った。
「良かった。ありがとう。シュシュリノ教会までは馬車に長時間揺られることになるし、ここから行くには悪路で有名だから……」
「…………」
固まっている僕に向かって、ニコニコ顔のジゼルが続ける。
「ディランは馬車で酔いやすいから、辛いかな〜って心配してたんだけど」
「…………」
「あ、私、白の魔法も変わらず使えるから! 今回の目的は戦いじゃないから、魔力を温存しなくていいし。回復魔法をいくらでもかけてあげるよ!」
すごくいい笑顔でジゼルが楽しそうに言う。
「ありがとう……そのときは、回復魔法をよろしく……ね……」
僕はなんとか言葉を絞り出した。
それを受けて、ますますジゼルが浮かれ始めた。
「うん! 任せてね! あ〜シュシュリノ教会楽しみだし、登録するのも嬉しい〜!」
完全に元気が出たジゼルは、パンをちぎって口へ運んだ。
食事の手を止めていたのが嘘のように、もぐもぐと嬉しそうに頬張りながら目を細める。
「…………楽しみだね」
僕は当たり障りのない返事をした。
厳しい道中を思うと気が滅入ったけれど、今のジゼルに水を差すようなことは言えない。
絶対、酔うよね……
そんな思いを飲み込んで、僕は目の前ではしゃぐ可愛い恋人のために、頑張ろうと苦笑した。




