表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/165

107:どこにする? 


 ジゼルは、久しぶりに穏やかな気持ちで目を覚ました。

 昨日までは、呪いの魔法のせいで胸の痛みとともに目覚めていたからだ。

 

 なんだか暖かくって随分心地いいなと思い目を開けると、眠っているディランの顔がすぐそばにあった。

 横向きのジゼルは、自分と向き合って眠る彼の腕の中で抱っこされていた。


 ディランのあどけない寝顔が、窓から差し込む太陽に照らされてよく見える。

 ジゼルはゆっくり瞬きをすると、まだ寝ぼけている頭の中で〝この人と結ばれたんだなぁ〟と幸せに浸っていた。

 けれど昨夜を思い返したことで、目をハッと見開き、一気に目を覚ました。


「〜〜〜〜っ!」

 ジゼルが人知れず(もだ)えていると、ディランが目を開いた。


「ジゼル? …………おはよぅ」

 彼がそう言ってジゼルをギュッと抱きしめ直した。

 そしてまた穏やかな寝息を立てる。

 

「…………おは……よ、う?」

 反射的に体を固くしていたジゼルが、ゆるゆると力を抜いた。

 そうして照れながらもニヘラと笑い、彼女も幸せそうに目を閉じた。


 …………

 もうちょっとだけ、このままでもいっか。


 朝は遅く起きるリズムの2人は、またくっ付いて眠ることにした。




 **===========**


 しっかり目覚めた僕たちは、1階のダイニングテーブルに向かい合って座り、揃って朝食をとっていた。


「ジゼル、体調はどう?」

「……うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 コーヒーを飲もうとカップを両手に抱えたジゼルが、照れながら下を向いた。


「ジゼルはーー」

 彼女の照れが移ったかのように、僕の頬も薄っすら赤くなった。

 照れ隠しに目を逸らし、そのままジゼルに告げる。

「どこの教会がいい?」

「!?」

 見ていなくても、唖然としたジゼルが僕を凝視しているのが分かった。

 

「登録しに行くってことだよね?」

 驚いたあとに続いたのは、嬉しそうな彼女の声だった。


 僕たちグランディ国の一般市民は、結婚する時に教会にその旨を登録するしきたりがある。

 登録する教会は自由に選べるから、僕はそのことをジゼルに聞いていたのだ。

 

 照れが収まってきた僕は、ゆっくりとジゼルに顔を向けた。

「うん。式より先に登録するのでもいい?」

「もちろんいいけど……」

 ジゼルがその先のセリフを何故か言い淀む。


「?? どうしたの?」

 僕が首をかしげて続きを促すと、彼女は口を引き結び、決意をにじませた。


「私……シュシュリノ教会に行きたい」

「あー、純愛の女神様を信仰している教会だよね」

 ジゼルは、登録をする教会として有名な1つを挙げた。

 そして浮かない表情をして続ける。


「……あのね、シュシュリノ教会で前から登録したかったのもあるんだけど……教会のあるリミーノ地区の端は、無彩の魔術師クロエに滅ぼされた国があった場所なの」

「そうなんだ。そう言えばクロエの意識は今どうなってるの?」

「眠ってしまった感じかな? ちゃんと私の奥のほうにはいるよ。……クロエの記憶がね、恋人のルカが死んだ所でぷっつり途切れてるの。そのあとどうなったか気になって……」

 ジゼルは、朝食を食べていた手を止めてうつむいた。

 

 それから、無彩の魔術師クロエの本当の人生を教えてくれた。

 語り継がれていた話とは全く違うその内容に、僕は驚きながらも静かに聞いた。


 でも、戦ったり喋ったりして感じたクロエは、むしろ本当の人生の方がしっくりきた。

 呪いの魔女と呼ばれ、人々に恐れられていた彼女は、ごく普通の女性だったから。


 ーーあの時のクロエは、僕のことを〝ルカ〟と呼んでいた。

 きっと混乱していたんだ。

 記憶と今を重ねてしまい、恋人の最後が呼び起こされた。

 そしてダレンに向けた、黒くて澱んだ憎しみ。

 恋人を殺した当時の国王への恨みを、さらけ出していたのだろう。


 ……咄嗟の判断だったけど、クロエを止められて良かった。

 あのままなら、歴史が繰り返されて……グランディ国が消えていたかもしれない。


 いつのまにか冷や汗をかいていた僕を、ジゼルが心配そうに窺っていた。

 僕が目を合わすと、フッと安心して続きを喋る。


「記憶が途切れている場所に行けば、何か分かるかなって。分からないかもしれないけど」

 しょんぼりと呟いたあとに、僕をチラリと見た。

「せっかく結婚登録の楽しい話題なのに、暗くしちゃってごめんね」

 もし猫耳がついていたら、ペタンと伏せていそうなほど、ジゼルはしゅんと肩を落としていた。

 

 優しい彼女は、無彩の魔術師クロエの悲惨な人生に、心を痛めていた。

 僕はジゼルを安心させようと、柔らかく笑う。


「ううん。そんな事ないよ。僕もクロエがどうなったのか気になるし」

「……ありがとう」

 ジゼルがほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 けれどすぐにまた暗い顔になる。


「どうしたの?」

「本当に、シュシュリノ教会でいい?」

 ジゼルが頬を赤く染めながら、上目遣いで聞いてきた。

 クリッとした猫目が強調されて、青く煌めく。


「いいよ。ジゼルの行きたい教会で登録しようよ」

 僕が力強く肯定すると、ようやく彼女が朗らかに笑った。

「良かった。ありがとう。シュシュリノ教会までは馬車に長時間揺られることになるし、ここから行くには悪路で有名だから……」


「…………」

 

 固まっている僕に向かって、ニコニコ顔のジゼルが続ける。


「ディランは馬車で酔いやすいから、辛いかな〜って心配してたんだけど」

「…………」


「あ、私、白の魔法も変わらず使えるから! 今回の目的は戦いじゃないから、魔力を温存しなくていいし。回復魔法をいくらでもかけてあげるよ!」

 すごくいい笑顔でジゼルが楽しそうに言う。


「ありがとう……そのときは、回復魔法をよろしく……ね……」

 僕はなんとか言葉を絞り出した。

 それを受けて、ますますジゼルが浮かれ始めた。


「うん! 任せてね! あ〜シュシュリノ教会楽しみだし、登録するのも嬉しい〜!」

 完全に元気が出たジゼルは、パンをちぎって口へ運んだ。

 食事の手を止めていたのが嘘のように、もぐもぐと嬉しそうに頬張りながら目を細める。


「…………楽しみだね」

 僕は当たり障りのない返事をした。

 厳しい道中を思うと気が滅入ったけれど、今のジゼルに水を差すようなことは言えない。


 絶対、酔うよね……

 

 そんな思いを飲み込んで、僕は目の前ではしゃぐ可愛い恋人のために、頑張ろうと苦笑した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ