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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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106/165

106:君のすべてにありがとう


 クロエ姿のジゼルが、はにかみながらも、うつむいて目を閉じた。

 ダークブラウンの長い髪が、ふわりと前に垂れる。

 ジゼルは胸の前で両手を組み合わせると、口元に笑みを浮かべた。


 僕は嬉しそうな彼女の様子を見届けてから、ゆっくりと目を閉じた。

 そして呪文を優しく丁寧に紡ぐ。




 蒼い月の日に、僕は〝人からの願いを叶える〟魔術師。

 不思議で幻想的なひととき。


 僕がこの魔法で、人を幸せにしたいと思う気持ちは、正しいことだと信じている。

 長く続く、僕たち一族の想い。


 けれどこの特殊な魔法は、幸せを呼びこむ時もあれば、不幸を呼びこむ時もある。


〝他者からの願いほど、残酷で尊いものはない〟

 それは、蒼刻の魔術師たちの間で語り継がれてきた言葉だ。

 

 だから……どんな願いでも叶える瞬間は……

 

 こんなにも美しく魅了されるんだ。



 

 僕の声に応えるように、魔法陣が蒼い輝きを放つ。

 その外側に元始の魔法陣がさらに展開されると、強さを増した蒼い光がジゼルを包み込んだ。

 

 そうして瞬く間に、僕たちの間に広がる世界は、美しい蒼色で埋め尽くされた……





 ーーーーーー

 

 魔法をかけ終わった僕がそっと視線を上げると、そこには、手を組み合わせたまま穏やかに目を閉じている女性がいた。


 白いストレートの長い髪。

 どことなく凛とした印象を受ける顔立ち。

 その女性が僕の視線を感じてか、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 すると、好奇心に満ちた青くてキラキラした瞳と目が合った。


 彼女が目尻の上がった丸い目を細め、ニッコリほほ笑む。

「ディラン。ありがとう」


 ジゼルは、()()()()()の姿で人間の女性になった。

 ジゼル・フォグリアでも、無彩の魔術師クロエでもない姿だ。


 僕は思わず彼女を抱きしめた。

 ジゼルがここにいるのを感じたくて、回した腕にそっと力を込める。

「どこか痛む所は無い? 猫の部分とか残ってない?」

「うん。大丈夫だよ。フフッ。ディランのとっておきの思いなんだから、きちんと人になれてるよ」

 ジゼルが楽しそうに、腕の中でクスクス笑った。


「ジゼル気付いてる?」

 僕は少し体を離して、ジゼルの顔を覗きこんだ。

「??」

()()()()()()が人の姿になってるよ」

 彼女の頭を撫でながらそう言うと、僕は手を下に滑らせて、サラサラの髪の毛を一房掬い上げた。

 ジゼルが僕の手元に視線を移し、緩くウェーブした髪じゃないのに目を丸くして驚く。


「え?」

 ジゼルは部屋をキョロキョロと見渡し、月明かりの届かない窓辺に向かった。

 そこに立てば、ランプの灯りに浮かぶ自分が、ガラスに映る。

 彼女は窓に映った姿を見て、歓声をあげた。


「本当だ! 私の、姿だ……ねっ…………」

 感極まったジゼルが、目を潤ませて僕を振り返る。

「ディランが……猫の私自身を求めてくれたんだ……」

「どんな姿でもジゼルを愛してるけど、1番好きなのは白猫のジゼルだから」


 僕はジゼルに素直な気持ちを伝えた。

 

 ーー良かった。

 白猫のジゼルが人になったのは無意識だったけど、思いがけず喜んでもらえて。


 嘘をついたつもりはなかった。

 でも、狙ってしたわけでもなかった。

 ただ……ジゼルの前では、どうしてもカッコつけてしまう。

 

「ディランッ!!」

 ジゼルが泣きながら僕の胸に飛び込んできた。


「うわっ!!」

 抱き止めたけれど、勢いに押されて後ろへよろめいた。

 咄嗟に片手でジゼルを抱き寄せながら、ベットの上に尻餅をつく。


「……ごめんねディラン。この姿だと動きが俊敏になるようで……力加減が出来なくって」

 一緒に倒れたジゼルが慌てて体を起こすと、眉を下げながら謝った。

 

 彼女を抱き上げた僕は、膝の上で横座りにさせた。

「猫だからかな? ジゼルらしいね」

 僕が思わず笑いながら言うと、頬を赤くしたジゼルが胸に顔を埋めて、スリスリ擦りつけた。

 彼女の可愛い愛情表現だ。


「本当にありがとう」

 ジゼルのくぐもった声が聞こえた。

 僕は彼女の頭に頬を寄せて、大切に抱き込んだ。


 ジゼルが僕の背中に回した腕の力を、ギュッと強める。

 そしてモゾモゾと顔を動かし、僕を見上げた。

「こんな私でもお嫁さんにしてくれる?」

「もちろん」

「嬉しい。ディラン大好き!」

 ジゼルが潤んだ瞳を細めて、満面の笑みを浮かべた。


 彼女がどうしようもなく愛しくて、顔を近付けてキスを落とした。

 もうクロエに拒否されることもないようで、ジゼルも目を閉じて応えてくれる。

 しばらくしてから顔を離すと、真っ赤な顔をしたジゼルと視線がぶつかった。


「僕もジゼルが大好きだよ」

 穏やかにほほ笑んで彼女に愛を伝えると、更に赤くなったジゼルが、目をギュッと閉じてうつむいた。


 けれどすぐさま顔を上げて、僕をじっと見つめ返した。

 そして照れたまま、ジゼルからも僕にキスをしてくれた。

 唇を離すと、また僕にギューッと抱きつく。


 そんなジゼルの様子がおかしくて可愛くて、笑いながら僕は彼女に聞いた。

「逃げないの?」

「……もう慣れたから大丈夫」

 ジゼルがそろりと顔を上げて、あきらかな痩せ我慢を言った。


「じゃあ、もう待たないよ」

 僕は笑みを消して、ジゼルを真剣に見つめた。

 空気が張り詰め、彼女が固まったのが手に取るように分かった。


 動けずにいるジゼルを優しくベッドに押し倒すと、覆い被さって抱きしめた。

 彼女の早まっている心音が、僕にも伝わって来る。

 けれど僕も、彼女に負けないほど胸が高鳴り、心の中はジゼルへの想いでいっぱいだった。




 僕らは見つめ合い、お互いの緊張をほぐすようにまたゆっくりと唇を重ねた。

 優しく顔を離すと、ジゼルは熱に浮かされたようにポーッと僕を見ていた。


 僕はジゼルが愛おしくってたまらなくて……

 無性に彼女を自分のものにしたくなった。


 ジゼルの服に伸ばした僕の手を、彼女が真っ赤になって目で追う。

「……ぅぁあ……そのっ、ディランに見られたら恥ずかいって言うか……私の人の姿……変、じゃない?」

「変じゃないよ…………綺麗だ、と、思う……」

 僕もつられて照れてしまい、言葉の端がしぼんでいった。


「ぅぅ…………でもやっぱり恥ずかしい……あ、目隠ししようよ。ディランだけっ」

「…………それは、()()じゃないかな」

 彼女がジゼル・フォグリアとしての記憶を探り出してきたのか分からず、困惑して答えた。


「えっ、じゃあじゃあーー」

 僕に身を委ねながらも、必死に逃れようとしているジゼル。

 その様子が少し可哀想になって、思わず聞いてしまった。

「……やめとく?」

「!? 別に嫌なわけじゃなくって……」

「…………」

 やっぱり盛大に照れているだけの彼女に、そんなに嫌がらなくてもと不貞腐(ふてくさ)れながら首筋にキスをした。


「ひゃあっ! あの……その……」

 ジゼルがギュウッと目を閉じてから、ゆるゆると瞼を持ち上げて、青い瞳に僕を映した。


「初めてだから、優しくしてくれる?」

 いっぱいいっぱいになったジゼルが、泣きそうな顔をしていた。

「頑張るけど……僕も初めてだから」

「!? そ、そっかぁ〜」


 もう照れすぎて、何が何だか分からなくなってきたジゼルを見ていると、おかしさが込み上げてきた。

 緊張している僕の力が、適度に抜ける。


「フフッ……あはは!」

「え? ディラン??」

 不安そうにきょとんとするジゼルを優しく抱きしめて、彼女の耳元で告げた。


「愛してるよ」

「ひゃわ! ……耳弱いのにぃ」

 むくれたジゼルが、くるんと回転して僕に背中を向けた。

 

 脱げかけの服から白い肩が覗いている。

 その肩越しにジゼルがチラリと僕を見てから、シーツに顔を伏せた。

 彼女の白い髪がサラサラと流れて、端まで赤くなった耳が見えてーー


 僕は愛おしい彼女に顔を近付けると、はむっと耳をくわえた。





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