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105/126

105:君のすべてにありがとう 


 次に目を開けると、僕はお店のソファに座っていた。

 タナエル王子とセドリックも、同じく向かいに座っており、辺りを見渡している所だった。


 しばらくすると、王子が僕に視線を向けて言った。

「無事に帰って来れたというわけか。なかなか面白い体験だったな」

「いつもこんな風ってわけじゃないですよ! 大抵はピクシーを捕まえるのに、骨が折れますっ!」

 僕は慌てて釘を刺した。

 好奇心旺盛な王太子様が、またピクシーの世界に行きたいと言い出さないように……


 するとその願いが通じたのか、タナエル王子はフッと笑みを浮かべただけだった。

 彼はソファからすっくと立ち上がると、隣でまだぐったりしているセドリックの腕を引っ掴んで、無理矢理立たせる。


「ほら、クシュを迎えに行くんだろ? 帰るぞ」

「…………はい」

 ヨロヨロのセドリックを、タナエル王子は引きずるようにして出口の扉へと向かった。


「あのっ、タナエル王子。いろいろありがとうございました」

 僕も急いでソファから立ち上がり、王子に向かって礼をする。

「私に仕える者の成長を促すのも、上に立つ者の勤めだ。ディランは……早くて2週間後には呼び出すから、準備をしておくように」

 王子が何故か楽しそうにニヤリと笑うと、そう言い残して立ち去っていった。


 僕はゆっくり閉まっていく店の扉を見つめたまま、呟いた。

「…………何の準備か、怖くて聞けなかった」




 ーーーーーー


 それから僕は、2階にある自分の部屋へと向かった。

 ジゼルの呪いの魔法は解除したけれど、そのあとどうなったか心配だった。


 はやる気持ちを抑え、もう眠っているかもしれないからと、静かに扉を開ける。

 すると弾んだ声が出迎えてくれた。

「あ、おかえりなさい」


 中を覗くと、クロエ姿のジゼルがベッドの縁に座っていた。

 朱が差した頬に、目を細めて柔らかく笑う彼女は、ピクシーの世界に行く前よりもいきいきとして見える。

 

 僕はひどく安心しながらジゼルの隣に座ると、優しく抱きしめた。

「ただいま」

「フフッ。今日も戻ってくるの、早かったね」

 ジゼルも抱きしめ返してくれて、僕の胸に顔を埋める。

 髪から香る石鹸のいい匂いが、鼻をくすぐった。


「お風呂に入れたの? それだけ元気が出てきて良かった」

「実はピクシーがね、この前のクッキーのお礼だって飴をくれたの。魔法がかかってるみたいで、食べたらすっごく元気になっちゃった!」

 ジゼルがそのことを示すかのように、ギューッと抱きしめる力を強めた。

 

 それからいったん体を離して、彼女が僕を見上げる。

「物音がしなくなったから心配になって、1度お店を見に行ったんだよ。そしたらカウンターに飴の缶が置かれてて……」

 ジゼルの視線がサイドテーブルの上に注がれた。

 僕もそこに視線を滑らせると、丸い缶が見えた。

 どうやらあれがピクシーからの飴らしい。


 ジゼルが僕に視線を戻して続ける。

「それでっ、ディランたちがピクシーの世界に行ってるって分かったから、安心してゆっくりしてたんだよっ」

 あせあせした彼女が口早に説明した。

 僕たちが安全な場所にいると分かってたから、お風呂に入ってたってことらしい。


 僕はジゼルの様子が可愛くて、クスリと笑った。


 ジゼルはいつも、僕のことを優しく気遣ってくれる。

 僕が笑顔でいられるように、変わらない愛情でずっと見守ってくれている。

 だから僕も……ジゼルが笑っていられるように、嬉しいことをたくさん届けてあげたい。

 白猫だったあの頃から、僕はジゼルがずっと大好きだからーー


 僕はこの気持ちをちゃんと伝えたくて、静かに彼女を見つめた。


「……ピクシーの世界でさ、やっと僕のしたいことが分かったんだ」

「?? 捕まえるために、追いかけっこしてたんじゃないの?」

「今回はちょっと違ったんだ。自分のことを見直すことになったっていうか」

「??」

 きょとんとしているジゼルに、僕は柔らかく笑いかけた。


「僕はこれからも、みんなを蒼の魔法で幸せにしたい。そのためには、力をつけて守れるようにもなりたい」

「…………」


「やっと決意出来たんだ。遅くなってごめん。今度こそジゼルを守ってみせるから、僕と一緒にいてくれる? こんな僕でも、これからも支え合ってくれる?」

「…………もちろんだよ! 私もディランを守りたいし、いつまでも一緒にいたい!」

 ジゼルが頬を赤く染めながら応えてくれた。

 僕も嬉しくって自然と笑みがこぼれる。


「じゃあ……僕からの『ずっと人間のジゼルと一緒にいたい』思いを叶えてもいい?」

 僕の願いを聞くと、ジゼルが目を大きく見開いた。

 その淡い灰色の瞳にみるみる涙が溜まり、頬をつうっと伝う。


「……うん!」

 ジゼルは泣きながら、目を細めて幸せそうにほほ笑んだ。

 勢いよく頷いたはずみで、涙の雫が蒼く瞬きながら散った。

 僕も釣られて、目の奥が熱くなる。


「じゃあ、魔法陣の上に立って」

「え? 今日2回目の蒼願の魔法になるんじゃ……?」

 途端に心配になったジゼルが、窺うように僕を見た。

 僕はそんな彼女の頭を撫でる。


「大丈夫。ピクシーが〝ささやかな贈り物〟って言って、魔力を回復してくれたんだ。ジゼルこそ、2回連続で蒼願の魔法をかけるけど、大丈夫?」

「うん。ディランの魔法は暖かくって心地いいから、何度かけてもらっても大丈夫だよ!」

 

 ジゼルはピョンと僕の腕の中から飛び出すと、魔法陣の上に立った。

 呪いの魔法を解く時にも使った魔法陣だ。


 僕もベッドから立ち上がり、ジゼルの向かいに立つ。

 彼女は「エヘヘ」と笑いながら、涙を両手ですぐさま拭った。

 そして背筋を伸ばし、僕を真っ直ぐ見つめ返す。


「……じゃあ、僕の願いを叶えるね」


 いつもより、とても静かで揺るぎない気持ちを抱いて、僕は蒼願の魔法に挑んだ。



 

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