104:王太子の素敵なカウンセリング
予期せぬサプライズ告白をしてしまったセドリックは、ソファになんとか戻ったあと、片方の肘掛けにぐったりと伏して動かなくなってしまった。
立ち直るのに、ずいぶん時間がかかりそうだ。
僕はなんとも言えない顔で、微動だにしないセドリックを見つめていた。
イタズラ好きのピクシーの罠に、こんなハマり方をした人は見たことがない。
ピクシーに振る舞われた紅茶とクッキーをしっかり味わったタナエル王子が、ソファの肘掛けに頬杖をついてくつろぎ始めた。
そして僕にゆっくりと目線を向ける。
「残るはディラン1人だな」
「……そうですね」
「だいたい話の進め方が分かったから、私が直々に心の整理を手伝ってやろう。有り難く思え」
タナエル王子がフッと笑った。
すると僕らの中央にあった円卓が音もなく消え、今度は床が鏡になった。
真っ暗な鏡をじっと覗き込んでいると、ソファに座っている僕たちが浮かんでいるようだ。
僕は、ほほ笑みながら冷や汗をかいた。
ーーなんて受けたくない悩み相談なんだ。
当然の如く僕の返事なんか待たずに、タナエル王子は喋り始めた。
「自分では〝真に求めるもの〟を何だと思っているのだ?『現状の確認』」
「……大切な人たちが幸せに暮らせること……だと思っています」
「ずいぶん、ざっくりしているな。まぁいい。その理由は?『背景の深掘り』」
「僕はもともと、お客様を蒼願の魔法でただ幸せにしたいんです。それなのに、失敗して恨みを買い、ジゼルまで巻き込んでしまった。……もう2度と、そうならないようにしたくて……」
床の鏡が光ったかと思うと、僕のお店が映し出された。
蒼い月の晩に、お店の前まで来たお客様目線の光景だ。
店の扉が開くと、カウンターの奥で立っていた僕とジゼルが、振り向いて笑顔を浮かべた。
「ふむ。まぁ方向性は合ってるだろうな。以前にディランはそうならないように、無意識に行動したではないか。イグリスとの戦いの時に。ディランはジゼルを助けるために、何をした? 何を思った?」
タナエル王子が真剣な目で僕を見て続けた。
「『事実の陳列』」
「あのー……合ってますけど、話のポイントを無駄に固く言わないで下さい。なんか引っ掛かります」
「弱音を吐くな。遠回しは嫌いなんだ。要点だけでいい」
王太子にそう言い切られてしまうと、僕は何も言い返せなかった。
床の鏡に映る場面は変わり、イグリスとの最終決戦の様子になった。
倒れているジゼルが端に映り、僕が鬼気迫る様子で聖の魔法を連発している。
何度も現れる黄金色の魔法陣に、ソファに座る僕とタナエル王子も、その色を浴びる。
僕はジトッとした目を向けながらも、観念して喋った。
「……絶対勝ちたいと思いました。勝って、傷付いたジゼルを助けると……これが、タナエル王子の言う強さを求めるってことでしょうか?」
「正しくは違う。けれどディランは強くなれる。覚悟がないだけだ。本当はジゼルを全ての脅威から守りたいのに、その範囲の広さに勝手に怯えている。……ダレンとの戦いだって、なぜやつを倒そうとしなかった?」
厳しい顔つきのタナエル王子が続けた。
「それがディランの優しさ。前にも言ったように強さでもあり弱さでもある。全ての人を救いたいなら、それだけの力をつけろ。誰も取りこぼすことなく掬い上げたいんだろ? それが出来れば……国王に匹敵するぐらいの偉業だと私は思う。『回答への導き』」
鏡の中が、ダレンとの戦いの様子に変わる。
クロエ姿のジゼルから、呪いの魔法を受けて僕が倒れていた。
けれど何とか上半身を起こすと、ダレンに向けて呪いをかけようとしたクロエの口を塞ぐ。
「…………そんな大それたこと……蒼刻の魔術師である僕が出来ますか?」
「出来るさ」
すぐに王子の力強い返事が返ってきた。
「蒼刻の魔術師だけ、なぜ『刻』がつくか。ディランは以前に、蒼い月が出る時しか、たいしたこと無いからと言っていたが、そうではない」
タナエル王子の声がふいに穏やかになる。
「蒼い月を味方につけて、何でも魔法にしてしまう強さから、畏怖の念を込めて蒼刻の魔術師と呼ばれているのさ。そう歴史が物語っている。大丈夫。ディランならそんな偉大な……誰よりも人を幸せにすることに秀でた蒼刻の魔術師になれる!」
そして高らかに宣言した。
床の鏡がひときわ強く光ると、見たことのない蒼いローブを羽織った若い女性を映し出した。
蒼刻の魔術師として女性は珍しく、僕は父さんから〝昔居たらしいよ〟ぐらいにしか聞いたことがない。
不毛の大地にひっそりと佇む彼女は、何かを念じているのか穏やかに目を閉じている。
女性が口元に浮かべた笑みを深めると、足元に特大級の蒼の魔法陣が現れた。
すると次の瞬間には、広大な土地に植物が芽吹き、たちまちのうちに豊かな森となった。
ーー偉業を成し遂げたその蒼刻の魔術師は、大勢の人々に囲まれて、感謝されていた。
彼女は相変わらず目を閉じたまま、静かにほほ笑む。
その姿は、メアルフェザー様の所の湖で見た、女神様を彷彿とさせた。
「『不安の払拭』 ……さぁ〝真に求めるもの〟は何だ?」
キリの良いところで、タナエル王子が僕に問うた。
今度は真っ暗になった鏡の中に、少女姿の猫のジゼルが現れた。
彼女が屈託のない笑みを僕に向ける。
いつも励ましてくれて、勇気を分けてくれるジゼル。
気付けばずっと、そばにいてくれた。
そんなかけがえのない君を、本当は……
今度こそ守り抜きたい。
「僕が〝真に求めるもの〟それは……みんなを守れる力!! そのために蒼の魔法を、もっともっと……自分のものにしたい!!!!」
僕の叫び声と呼応するように、床の鏡がまばゆく光り始めた。
いつしかそれは蒼い光に変わり、全てを飲み込んでいく。
次第に意識が薄れ、そのまま瞼を落とすと、僕の近くで誰かがそっと囁いた。
「若き蒼刻の魔術師よ。それを求めるのであれば、怖がらずに蒼の魔法を磨きなさい。使い続ければ続けるほど、貴方の一部になるでしょう。早くそうなるように、ささやかな贈り物です」
声の主が見えなくても、僕にはあのピクシーだと瞬時に分かった。
……本当に、今回のピクシーは随分気前がいい。
贈り物を受け取ったことを感じた僕は、口元に笑みを浮かべた。
そして彼に向かって言う。
「ありがとう。かつての蒼刻の魔術師さま」
ピクシーが、優しく笑った気がした。




