103:セドリックの思い
僕がセドリックの本心を聞き出そうとすると、彼はむず痒そうに顔を赤くした。
しばらくためらっていたけれど、観念したかのように口を開く。
「……本当は、ずっと一緒にいたいと思ってる……」
「その気持ちを伝えられない理由は?」
「さっきタナエル王子と言ってたように……ぼくは年上すぎるし……相手は他国の王族だし…………」
セドリックがやけに歯切れが悪そうに喋る。
彼はチラリと王子を見やってから、視線を僕に戻した。
「何より、他国の女性と婚姻を結ぶとなると……しばらく職務を離れる必要があるから……」
それを聞いたタナエル王子が、即座に口を挟んだ。
「私を言い訳に使うとは良い度胸だな」
「…………」
セドリックが萎縮して縮こまる。
主人思いの彼は、王子の身の安全と、自分の支えが長い間なくなることを気に病んでいた。
僕はその様子を優しく見つめた。
「セドリックごめんね。最近、蒼の魔法の能力が強くなってて……勝手に〝人から向けられた思い〟を読み取っちゃった」
「……それって……?」
「クシュ姫からセドリックに向けての思い……とか?」
僕が言い終わると、ソファのそばーータナエル王子と僕のまさに間あたりに、一枚の鏡がふっと現れた。
人の姿がすっぽり収まるほどの縦長の鏡で、ちょうどセドリックと向かい合う位置にある。
驚いた彼の姿を映していた鏡は、一瞬黒く染まり、やがてぽつんと佇むクシュ姫の姿を映し出した。
「……クシュ姫も、セドリックと『ずっと一緒にいたい』と思っているよ。けどもし、彼女も同じことで悩んでたら、どうする?」
僕が優しく問いかけると、鏡の中のクシュ姫がセドリックに向かって語りかけた。
『……8歳も年下だから、妹のように思われてるよね……』
『相手は大国の公爵様だし……対して私は小さい国の第三王女……格が違いすぎる』
『それに、お姉様がグランディ国で安心して暮らせるように、私もムカレの国で頑張らなきゃ。だから、今度は私が我慢する番……お姉様が今まで、国のためにずっと我慢してきたみたいに』
鏡の中のクシュ姫が、どんどん暗くなり、うつむいていった。
「……クシュ姫」
セドリックが姫の様子に心を痛める。
僕はそっと目元を和らげ、彼の横顔を見つめたまま話を続けた。
「鏡の中のクシュ姫は魔法で作った姿だけど、本物の姫も、きっと似た気持ちなんじゃないかな。クシュ姫からの思いには、戸惑いのようなものも感じるから……」
「…………考えた事も無かったよ。けれど優しいクシュ姫のことだから、いろいろと胸にしまっていそうだ」
何か思い当たる節があるのか、セドリックは目を伏せ黙り込んだ。
「気持ちを伝えるだけでもしたら? クシュ姫の想いも救われるし、何よりも大事にするべきなのは、誰かを思うその気持ちだよ」
「…………そうだね」
僕が優しく説くと、セドリックの目がどこか遠くを見つめるように細められた。
その先には、きっと彼なりの答えがあるのだろう。
あとはーー
セドリックが1番気にしていること。
でもなぁ……
僕は少しためらいながら切り出した。
「タナエル王子の護衛を抜けるのは心配だろうけど……その時は……その…………」
言い淀んでいると、タナエル王子がニヤリと笑って僕を見た。
彼には僕の言いたいことが分かったらしい。
余裕たっぷりに続きを促す。
「ディラン、最後までハッキリ言ったらどうだ」
…………怖い。
今日、何度目だろう。
タナエル王子に恐怖を感じたのは。
それだけ彼は、この不思議な空間で魔術師よりも生き生きしていた。
僕は腹を括った。
「セドリックがいない時のことは、必要であれば僕が…………引き受けるよ」
僕の発言に、タナエル王子は満足そうに笑みを浮かべ、セドリックは目を丸めて息を呑んだ。
「……ディラン、すごい時期に宣言しちゃったな。おそらくこのあとタナエル王子はーー」
「セドリック」
何か言おうとしたセドリックを、タナエル王子がピシャリと遮った。
「フフッ…………」
セドリックが笑いを堪えながら黙る。
「……何があるんですか? え? ……え?」
必死に聞き出そうとしている僕を無視して、タナエル王子が話を進める。
「で、セドリックに足りない物は何だ? 分かったらな鏡に向かって言ってこい」
そう促して振り返った王子の視線の先には、シュンと元気のないクシュ姫がいた。
鏡の中の姫がゆっくり歩き始めると、周りの風景がだんだんと鮮やかに姿を現した。
ムカレの城内のようで、異国の意匠がほどこされた調度品が並んでいる。
その豪華な部屋からバルコニーへ出たクシュ姫の背中が、小さくなっていく。
彼女は鏡の奥で、ゆるく組んだ腕を手すりに置いて、夜空に浮かぶ蒼い月を見上げた。
誰かの視界のようなその光景は、ふわりと動いてクシュ姫に近付くと、彼女の周囲をぐるりと回り、外から眺める位置に変わった。
ちょうどよく、バルコニーから顔を覗かせるクシュ姫の姿が映る。
鏡を見ていたタナエル王子が、静かに告げた。
「セドリックが〝真に求めるもの〟が分からないと、我々はずっとここから出られない。だから頑張ってこい」
「…………」
セドリックはゆっくりと立ち上がり、鏡に向かって歩いていった。
鏡の前で立ち止まり、息を大きく吸ってからゆっくりと口を開く。
「……ぼくが〝真に求めるもの〟……それは、現状を変える勇気」
彼の言葉に反応したが鏡が、薄っすら光った。
鏡の中のクシュ姫が、こっちにいるセドリックをじっと見つめている。
その瞳に、少しだけ驚きの色が浮かんでいるように見えた。
ほのかな光に照らされたセドリックが、グッと手を握りしめた。
そしてクシュ姫を真っ直ぐ見つめ、はっきりと伝えた。
「本当は誰よりも君を愛している。だから、ぼくのそばにいて欲しいんだ!」
『ふぇ!?』
クシュ姫は体をビクリと震わせると、両手で鼻と口を覆った。
目を見開いて真っ赤になっている。
何か違和感を感じているうちに、クシュ姫が手すりに手をかけた。
身を乗り出すようにしてこちらに向かって叫ぶ。
『わ、私もセドリックを愛してるよ!!』
眉をキリッとさせて一生懸命言い切ったと思ったら、すぐに感極まって泣き始めた。
今度は両手で泣き顔全部を隠す。
『突然、空中に鏡が現れたと思ったら……うぅ、セドリックが見えて……告白されるだなんて。嬉しすぎてビックリしたよぅ! うわーん!』
バルコニーでいきなり大泣きし始めたお姫様に、驚いた侍女が奥から飛んで来た。
クシュ姫が背中を撫でられているうちに、その光景はゆっくりと暗くなっていく。
彼女は必死に涙を手で拭ってから、セドリックに向かって手を振った。
セドリックは唖然としながらも、クシュ姫に小さく手を振り返していた。
そうしてしばらくすると、鏡の中は真っ暗になり、何も見えなくなってしまった。
振っていた手をそろそろと下ろしたセドリックが、僕にゆっくりと振り向いた。
「……本物……だった?」
「そうだね。ピクシーはイタズラ好きだから……多分バルコニーからは、本人だったんじゃない?」
「!?」
僕の言葉で確信したセドリックが、茹で上がったかのように真っ赤になった。
そんな彼に、タナエル王子が追い討ちをかける。
「良かったじゃないか。伝えるつもりだった予定が早まって。ここから戻ったらすぐに迎えに行ってやれ」
そして僕を見て続けた。
「代わりはそこの魔術師が買って出たから、好都合だ」
「……やっぱり、何か事を起こそうとしてますよね? セドリックに少しでも安心して欲しくてああ言いましたが、護衛役は魔術師の僕がわざわざしなくても、普通は代理の方がいますよね??」
「…………」
タナエル王子はニヤリと笑うだけでーー真っ赤になって項垂れているセドリックは、それどころじゃなさそうだった。
「……えぇ〜……」
僕の問いかけは、また2人に無視されてしまった。




