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1:蒼刻(そうこく)の魔術師


 この世界では(あお)い月が昇る夜もある。

 優しい蒼い光が町を照らす様子は、まるで深海に沈んだみたいに幻想的な光景だ。


 僕のお店はそんな時だけ開店する。

 蒼い月の夜にだけ使える、特別な魔法があるからだ。

 町の路地裏の奥にひっそりと(たたず)む古い店。

 看板にはこう書かれていた。


 『人から向けられた願いを叶えます』


 キィィ……

 

 今宵も誰かが扉を開く音がする。

 薄暗い店内に蒼い月明かりが差し込んだ。


 「いらっしゃいませ」

 

 僕は扉に向かってほほ笑んだ。



 

 ……けれど開いた扉の奥には誰もいなかった。

 

 扉の真正面にあたる、店の奥のカウンター内に立っていた僕は、浮かべていた営業スマイルを即座に取りやめた。

 その途端に『お客様には愛想よくするのよ』という母親の声が頭の中でした。

 思わず『こんなふうに来るのは、お客じゃないからいいんだよ』と返事をする。


 ちなみに僕の両親は健在だ。

 魔法学校を卒業したばかりの一人息子に店を任せて、自分たちは早々(はやばや)と隠居した。

 今は遠い静かな場所で、悠々自適に暮らしている。

 

 それだけこの商売は稼ぐことが出来た。

 稀少な魔法なので、1回の魔法使用料がとても高額なのだ。

 実際に働いてみると、お金がみるみる内に貯まった。

 

 この分だと、僕も早く自分の子供に店を任せて、遊んで暮らしたい。

 その前にお嫁さんか。

 ……恋人もいないから前途多難だな。

 

 僕は自嘲(じちょう)気味に笑うと、開いたままの扉に右手を突き出した。


「〝風よ吹け(アネモス)〟」

 魔法で風を起こし、扉をパタンと閉める。

 これも()()()来た時はいつものことだったーー


「ディラン!」

 そう名前を呼ばれたかと思うと、白い猫がピョンと飛び上がり僕の目の前に現れた。


 カウンターに飛び乗ったその猫は、美しいクリクリした青い瞳を僕に向けた。

 絹糸のような艶やかな毛並み。

 その純白の体に映える、黒いベルベットの首輪。

 白猫は大事にされている飼い猫オーラを、全身で放っていた。

 

 猫の名前はジゼル。

 1年ぐらい前から、よく店に遊びに来るようになった近所の猫だった。

 

 蒼い月の夜。

 僕ら魔術師は、魔力が高い動物の声を聞くことが出来た。

 ジゼルもそのうちの1匹だった。

 だから猫が喋っていても、蒼い月の日は不思議なことじゃない。

 

「魔法をかけて! かけてっ!」

 ジゼルがカウンターの上をウロウロしては、僕のお腹に顔を擦りつけてきた。

「分かったから、落ち着いて。……最近そのグリグリ、力強くて痛いんだけどな」

 僕は眉を下げて苦笑すると、友達であるこの白猫のために呪文を唱えた。


 けれど内心では、ジゼルが遊びに来てくれたことを喜んでいた。

 お客様が来ない日もあるこの店は、暇になる事が多い。

 そんな時に、ジゼルが話し相手になってくれるのは素直に嬉しかった。




 僕が魔法をかけるとジゼルは大人しくなり、机の上で丸まって目を閉じた。

 途端にまばゆい光に包まれたかと思ったら、10歳ぐらいの女の子が器用に丸まった姿で現れた。

 

 白いストレートのロングヘアに、白いワンピースを着た女の子。

 ジゼルが変身した姿だった。

 完全な人の姿ではなく、頭には猫の耳がついており、スカートの裾からは尻尾の先がのぞいていた。

 そして首には黒いベルベットのチョーカー。

 

 蒼い月の夜。

 魔力が高い動物は魔術師の補助のもと、その動物が思い描くものに変身することが出来た。

 ジゼルもそのうちの1匹だった。

 だから猫が女の子に変身しても、蒼い月の日は不思議なことじゃない。


 ジゼルはその青い目をゆっくり見開き、両手をついて上半身をむくりと起こした。

 けれど人にとって狭すぎるカウンターの上ではバランスを崩してしまい、コロンと落ちる。


「キャァッ!!」

「あぶないっ!」


 運良くカウンターの内側へと転がってきた彼女に、僕はとっさに腕を伸ばした。

 どうにか受け止めたけれど、2人でもつれるように倒れ込む。


「…………」

 気がつくと僕は、ジゼルの下敷きになっていた。

 床で打った痛みを背中側に感じながら天井を見ていると、胸元にあるジゼルの頭がモゾモゾと動いた。

 

「いたたたた…………机の上で変身しちゃダメなこと忘れてたよ。ありがとう、ディラン」

 僕をクッションにして助かったジゼルが、仰向けの僕に(またが)ったまま、ひたいの冷や汗を「ふぅ」と手の甲で拭った。


「……そろそろ降りてくれる?」

「ごめんね。どこか怪我してない?」

 ジゼルはそろりと横に()けると、心配そうに上から覗き込んだ。

 彼女はバツが悪そうに猫耳をペタンと伏せる。

 体を起こした僕は、そんなジゼルを元気づけようと頭を撫でた。


「大丈夫だよ。お客様が来ないから休憩しよっか」

 一声かけてから立ち上がると、カウンターの隣の扉へと向かい、奥にある生活スペースに移動した。

 そこにあるキッチンで紅茶を淹れようと、準備に向かう。


「私も手伝う!」

 元気になったジゼルが後からやってきて、僕の腕に抱きついた。




 僕たちは紅茶とクッキーを準備すると、お店の方へと戻った。

 一応仕事中だからお客様の対応がしやすいように、休憩と言ってもお店で過ごす。

 僕が店内にある1人掛けのソファの1つに座ると、ジゼルが隣のソファに座った。


 ここは接客用の談話スペース。

 ローテーブルと4脚の1人掛けソファーが置かれている。

 ちょうど大きな窓ごしにあるため、僕らは蒼い月明かりに優しく照らされていた。


 隣のジゼルに、僕は少しだけ温めたミルクが入ったカップを渡す。

「わぁ。ありがとう」

「こぼさないでね」

「むぅ。カップで飲むの、だいぶ上手になったもん」

 ジゼルがプンプンしながらも、カップの中身を真剣に見つめ、慎重にミルクを口に含んだ。

 

 実は彼女が人間に変身し始めた頃は、カップで飲み物が上手に飲めずに、口の両端から盛大にこぼしていたのだ。


「フフッ」

 僕は当時のジゼルを思い出し、つい吹き出してしまった。

「なんで笑ってるの? どこかおかしい??」

 ジゼルが途端に耳を伏せて、不安を(つの)らせる。


「ううん。上手だよ」

「本当??」

 僕がまだクスクス笑っているので、ジゼルの目つきが胡乱(うろん)なものに変わった。

「本当、本当。ほら、ジゼルの好きなクッキーだよ」

 はぐらかそうとした僕は、ジゼルの口にクッキーを近付けた。

 彼女が思わずハムッと咥える。

 それを見届けてからクッキーを離すと、ジゼルは自分で持って食べ始めた。

 

「おいしい!」

 クッキーにまんまと釣られたジゼルが、ニッコリと笑った時だった。

 突然、店先の扉が荒々しく開け放たれ、大声が響き渡った。


蒼刻(そうこく)の魔術師!!」


 そこには、僕の通り名を叫びながら怒り狂う男性が立っていた。


 


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