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冬の夜ばなし

作者: 端野ハトコ

冬の夜ばなし



 これは、父方の叔母から聞いた話です。


 叔母はその時代の人にしてはハイカラな人でした。いえ、派手だったという意味ではありません。なんというか、進歩的とでも言えばいいのでしょうか。女性が大学へ進学することすら珍しかった当時、単身で渡米する気概のある人でした。

 ええ、考え方の新しい人だったのです。兎に角、叔母は母の兄弟の中でも抜きん出ている人でした。米国で身につけた進歩的な知識と、ある意味冷めた、合理的な感覚で物事を計る、そんな人でした。


 その叔母が話してくれたのです。


 その日は祖母が亡くなり、父たち兄弟は、祖母の生家である家で、お通夜のご遺体の番をしていました。昔の話ですから、葬儀場で全てを済ませるようなことはしません。お通夜から葬儀まで、お寺へ運ぶまでにするようなことはすべて自宅で行うのが普通です。


 祖母はずっと長患いをしていたので、父や叔母たちは覚悟を決めていました。ですが、実際母親が息を引き取ってしまうと冷静ではいられないでしょう。兄弟たちは自分の母親が育ち、また自分たちも子ども時代の思い出がある古い家で、しんみりと夜を過ごしていました。


 眠る刻限となりました。

 夜は灯明をお守りするために、誰か一人は起きていなくてはいけません。順番に寝起きして行うこととなりました。


 叔母は末っ子ですから、こういうとき年長者に逆らえません。米国で女性優先の文化に慣れた人ではありましたが、付け焼刃のことでもあります。幼い頃から身にしみついた習い性はそう簡単には拭いきれないものです。おかげで叔母は、夜の一番深い時間を割り当てられてしまいました。


 深夜になり、叔母が二階の部屋で床を延べて眠っていると、次兄である私の父が起こしに来ました。叔母の番だそうです。そうして叔母は、亡くなった母親の傍へと参りました。


 明かりは灯明だけです。亡くなったばかりの祖母の顔には白い布がかけられ、その死に顔は見えませんでした。


 進歩的な叔母ですが、末っ子でよく可愛がられたこともあり、母親を慕う気持ちは兄弟でも一番強いものでした。ご遺体のそばにはべった叔母は、ひとり、母親へ心の中で語りかけておりました。


 そうするうちに、いつの間にか意識が少し飛んでいたそうです。


 気がついたら、暗いはずの寝間の障子の向こうが、ほんのり明るくなっているのです。時計を見ると夜明けには早い時刻です。何事だろうと、叔母はそっと障子を開けてみました。


 祖母が亡くなったのは真冬の時期です。しかし、雪は降ってはおりませんでした。もともとあのあたりは、真冬でも雪のないのが当然の気候です。


 しかしその夜、障子を開けた叔母の前には、真っ白な世界が広がっておりました。


 庭にある小さな石灯篭や花壇、祖母が入院するまで飼っていた犬の小屋など、全てが白い雪に覆われています。叔母が明るいと感じたのは、月光が雪に照り返す光らしいのです。


 知らぬうちに珍しい雪でも振ったのでしょうか。雪景色のせいか急激に寒さを感じた叔母は、ブルリと震えました。ですが一瞬ののち、驚きで固まることとなります。


 出し抜けに庭の奥から、小さな子どもがでてきたのです。それも一人ではありません。


 深夜に他所の家の庭へと跳ねるように入り込んで来た子どもたちは、遊んでいるようでした。雪玉を作りぶつけ合い、小さな雪だるまをこしらえたりと、とても楽しげにしています。


 叔母は呆然と見入っていましたが、やがて、これは飛んでもないことだと我に返ります。どこの子どもかわかりませんが、遊ぶような時間帯ではありません。すぐに注意して自分の家へ帰すべきでしょう。


 窓の鍵へと手を掛けて、そこで初めて気がつきました。


―――声が、聞こえないのです。


 子どもたちは楽しげに笑っています。何かを言い合っているのか、口が忙しく動いてもいます。屋外とはいえこんなに近いところにいるのです。他の物音のない深夜ですから、聞こえないはずがありません。


 フルリと、先ほどとは違う悪寒が叔母を襲いました。


 よくよく子どもたちを見てみると、それは四人の女の子でした。歳はそれぞれ違うようでしたが、みな同じようなおかっぱ頭をした、可愛らしい子どもたちです。そして少女たちは、もんぺを穿いています。それはそう、まるで戦時中のような姿なのです。


 古臭い格好の子どもたちが、庭で、声もたてずに遊んでいます。


 奇妙な子どもたちだ。そう考えたところで、叔母の身体は恐怖に凍りつきました。


 子どもたちの足元には、影がありませんでした。

 空にはあんなに煌々と月が輝いているのに。石灯篭の足元には、あれほどくっきりした影が落ちているというのに。


 やがて一人の女の子の目が、身動きのとれなくなった叔母に向きました。


 目が合った。そう思った途端、叔母は口から悲鳴が飛び出します。そうして部屋を出ると、他の兄弟の眠る別室へと駆けこんで行きました。


 震える叔母は、すぐに兄弟たちを連れて戻ります。でも皆で行った庭に子どもたちはおりませんでした。それどころか、積もっていたはずの雪もきれいさっぱり消えていたそうです。まるで何事もなかったかのように。また、子どもたちを捜しに来る者もおりません。


 翌日の葬儀は滞りなく執り行われ、祖母はお墓に入りました。




 夢でも見たのだろうと、お前の父さんに後から責められたと、叔母はそう言って私に笑いました。


*  *  *


 叔母の体験とは別に、こんな話が残っています。


 戦時中のことです。温暖なこの地方では珍しく、足が沈み込むほどの大雪が降ったという記録が残っています。もちろん祖母が育ったあの家にも降りました。当時まだ少女だった祖母とっては、生まれて初めて見る雪だったはずです。


 もしかしたら、それが懐かしかったのでしょうか。祖母は四人姉妹の二番目で、しかし亡くなったのは、他の姉妹が全て鬼籍に入った後のことでした。


 迎えが、来ていたのでしょうか。


子どもの頃、『子ども部屋のおばけ』という童話が好きでした。

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