それってアウト?
(これってどういう事かしら?)
オレンジジュースの入ったグラスを持ち壁際に佇む。あちらでは演奏に合わせて軽やかにステップを踏み楽しそうに踊る者がいるし、こちらにはワイングラスを手に会話を弾ませている者もいる。なのにエリゼは一人ぼっちだ。確かに一時間くらい前までは数名に声を掛けられたりもした。ただ振り向いた瞬間に相手は目を見開き後ずさりをしながら人々の隙間に消えてゆく。エリゼが一歩前に出れば周りは一歩下がるし一歩下がれば一歩出る。そんなことを繰り返すうちにいつの間にかエリゼを中心に半径3mの結界が張られたようだ。
(会話すらできないのだもの婚約までこぎつけるなんて到底無理。それに男爵家のマーク様、栗毛のくせっけブラウンの瞳なんてここに山ほどいるわ!)
(やはり経験の差なのかしら?それともドレスが帝国式ではないから?)
付け焼刃だった計画を嘆いても仕方がないけれど、あれこれ一人反省会をしているうちに気持ちの盛り上がりもいつのまにか萎んでしまった。
(こうなってしまったら、一人だとしても初めての舞踏会を楽しんでやるわ!)
もともとの性格なのか気持ちの切り替えが恐ろしく早い。
(実はずっと気になっていたの。銀色のトレーに乗った大きな魚!魚介とオリーブと…小さな玉ねぎと…あの赤いのは何かしら?これはきっとワイン蒸しだわ!保存食以外のお魚を食べることができるなんて!なんて贅沢なの。それにこっちのこれは何?メロンにうっすいハムが巻いてあるわ!いったいどういう事?さすが大商団、珍しいものが沢山あるのね。)
南部では見たことのない料理に再度気持ちが高ぶる。お皿に取り分け、いざ目の前に置くとふと気づく。
(このお面…口が開いていないわね…。さすがに窄めた口の先端から流しいれるとか…いや無理でしょ。口元だけお面を横にずらせば何とか行ける。そうそう、こう斜めにして…。)
「レディ、シャンパンはいかかですか?」
エリゼがお面と格闘をしていると、手元にすっとグラスが差し出される。振り向くとそこにはオペラ座のなんとかの仮面を被ったユーリがいた。
「ごめんなさい。私、お酒はちょっと…。あら?あなたは受付にいた…。」
一瞬でブハっと噴き出す。
「ハハハハハ~、レディそれはアウトです。顔が半分見えてしまっていますよ。」
サッとお面を被りなおす。でもこうしないと食事をする方法が…。溜息をつく。
「いいでしょう。それでは扇子を差し上げますので上手に隠しながらお食事をお楽しみください。」
そう言うと小さめの扇子を取り出しエリゼに手渡した。
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(当初の目標は不達に終わったうえ珍獣を見るような眼差しが気にはなったけれど、親切な案内係の紳士のおかげで美味しい食事を堪能できた。リサも心配しているだろうしそろそろお暇しようかしら。)
窓の外を覗けばだいぶ夜も深くなっている。月明かりに照らされた女神像は自ら光を発しているかのように白くキラキラと輝いている。
(本当に神秘的ね。実物にお会いしたことは無いけれど、アデル皇妃様は本当にお美しい方なのね。っとそんなことより帰らなきゃ!)
ここから女神像が見えるってことは、大広間を壁沿いに進んであの扉を開ければエントランスに続く廊下に出ることができるわね。
急ぎ足に絡みつかないようにドレスの裾をつまんで歩く。人を上手にかわしながら目的の扉を目指すけれど…。
エリゼは知らなかった。建物の中心から正面の女神像を南に置き、ほか東西北にもポーズの異なる女神像が設置されていることを。
エリゼ・ブランデール…ときどき前世の何かを思い出すが、役立つことはほとんどない。ユーリからもらった扇子は開くと商団の名前と青い鳥のシンボルマークが刺繍されていた。どうたらノベリティグッズらしい。