決戦は何曜日?3
ユーリの思い出し笑いを見ているだけでドッと疲れが出てきた。
(そう、俺は疲れている。)
父親が北部の紛争で亡くなったのが17歳のころだ。公爵家を継ぐ心積もりも無いままに突然その日はやってきた。助けるふりをして公爵家にすり寄ってくる輩達を排除するには精神的にも肉体的にも少年には大きな負担だった。そのせいで精神が過敏になり何年も深い眠りについていない。
「ハァハァハァ…あ~笑える、ハァハァ…、、、それはそうと…一応お前のために控室を用意してあるんだ。疲れた体で飲むと泥酔するだろ。第三貴賓室、メイドもつけているから休んで行きなよ。」
挨拶周りが済んでいないからと言い残してユーリは去っていった。
(ユーリには悪いがあと一杯だな…。)
ふと気が付けばあの桃のような甘い香りが漂っている。香水なのか提供されている果物の香りなのかは分からない。ただこの香りをかいでいると何とも心地良い。頭の中がふわふわするような…。
(やはりもう帰ろう。)
シャンパングラスをテーブルに置き、一歩踏み出したところで後ろから声がかかる。
「お客様、こちらユーリ様からです。」
そう言いボーイがお盆を差し出してくる。その上には琥珀色のお酒が入ったシャンパングラスが乗っている。
「これを?ユーリが?」
訝しげに顔を見つめると、少しだけ焦りを感じ取れた。
「あっえーと…今年初めてユリウス王国が輸出を解禁したお酒でして…。りんごを原料とした蒸留酒で飲み易いかと。まだ出回っておらず珍しいものなのでどうですか?とのことです。」
緊張を和らげようとしているのか、空いた方の手はグーパーを繰り返し、目は若干泳いでいる。明らかに怪しい。ただ、ここで盛大に毒を盛り、夜会をおじゃんにして男爵の恨みを買いたい奴はいないだろう。それに本当にユーリからだとしたら人の誠意を断わるなんてと後々まで蒸し返されるのも面倒だ。
グラスを手に持ち匂いを嗅いでみる。ほのかなりんごとアルコールの香り。色も普通。
一口だけ口に含んでみる。ただの果実酒のようだけど。先ほどのボーイの姿はもう見当たらない。
(グフッッッ!!!!!)
心臓が跳ね上がり鼓動が激しくなる。一気に全身が燃えるように熱くなり呼吸も荒く息苦しい。
(この感じ、もしかして媚薬か!)
悟られないように大広間の最奥にある扉を目指す。そこから廊下に出ればほぼ人に合わないだろう。少し進めば上階へと続く階段があり、たしか控室としていくつか確保された部屋が並んでいるはずだ。
(ダメだ、体が苦しい。このままでは…。)
やっとの思いで薄暗い廊下を抜けて階段の上り口まできた。するとすぐ後ろで声がする。
「私におつかまりください。第三貴賓室までご案内致します。」
確かにユーリは第三貴賓室と言っていたが、いまここにいるのは金で買収されたメイドだろう。信用はできない。メイドが腕に触れてくるので、手を思い切り振り払う。その勢いで後ろに転んだのが分かった。
「近づくな!俺に触るな!!」
それでも近づこうと手を差し伸べる。
「それ以上近づいてみろ!おまえの首を切る!」
恐ろしい形相と気迫に気圧され、これ以上何もできないと思ったのだろう。命の危険に晒されるくらいならと、メイドはこけつまろびつその場から立ち去った。