決戦は何曜日?
(わぁ…豪華絢爛ね。)
建物の正面入り口に鎮座している女神像。当然水晶で作られたものだ。
「なんて美しいのでしょう!モデルは皇妃のアデル様とお聞きしたわ。」
一人のご婦人が感嘆の声を上げればすかさずお連れのご婦人が共感する。
「今は皇室で唯一の皇妃様ですもの、皇帝陛下にとても愛されているのね。素敵!」
どんな時代も女性たちは恋愛話が好きなもの、だけど…
ただの一度も皇妃様が訪れることなく売却されたのがこの水晶宮。
(それにアデル様って確か…。どちらにせよ皇帝陛下の愛も一方通行ね!)
思わず茶々を入れたくなった。けれど口は災いの元、そんなことをしたら不敬罪で明日の朝には大広場に私だけでなく愛する家族の首も並ぶことになる。なぜあの時お嬢様を信じて一人で行かせてしまったのかとリサが後悔と罪悪感で大号泣するだろう。没落どころの話ではない。
(とにかく今日は負けられない戦いがそこにあるのよ…。)
エリゼはだんだんと人が溢れ始めたエントランスを決意の元見つめる。招待客はいかにも資産家な風貌だ。するりと人の間を抜けるとふと横から声を掛けられる。
「失礼いたしますレディ。本日の招待状をお見せいただけますか?」
そこには品の良さそうな青年が立っていた。柔らかそうな栗色の髪を一つに束ね、観劇の演目でなんとかの怪人のような仮面をつけている。
(仮面舞踏会って使用人までも仮面をつけるのね!世の中知らないことばかりだわ。無知ほど恐ろしいことはないとお父様もおっしゃっていたし。私もまだまだね。)
「ええ、こちらにありますわ。本日は母に代わり参りましたの。」
封筒からすっと招待状を抜き出して青年に差し出した。
「ブランデール侯爵家ご令嬢、エリゼ様…ですね。」
一瞬口元に驚きを含んだが、すぐに平常に戻る。
「では、お荷物をこちらでお預かり致します。お帰りの際にはこちらを…」
(人目に触れないように目深にフード被り片手で口元も抑えていたけれど、もう脱いでも良いってことよね。今ここから私の決戦が始まるのね!)
フードを脱ぎ、胸元にあるマントのボタンを外す。
少しばかり気持ちが高揚したせいか、辺りがしんとしたことに気か付かない。
「あっ、はっ…失礼いたしました。会場はエントランスを抜けて左手奥の大広間でございます。どうぞ楽しいひと時を。」
驚異によるものなのか、案内をするために差し出した手が震えている。令嬢の後姿を見送り、青年はすぐさまバックヤードに戻り呼吸を整える。
(あぁ…あれが名門ブランデールのお嬢様か。確か社交界デビューもまだのはず。今まで招待に応じたこともないのにどういう風の吹き回しだろう。それにしても…。あんなご令嬢初めて見た。あれ仮面じゃなくてお面だろ!しかもあのチョイス!!)
大声で笑いたいけれど、さすがに使用人たちの目があるので両手で頬をギュッと抑えて我慢する。
侯爵夫人ゆずりのバターブロンド、お面から除く空色の瞳が美しかった。この帝国に住む人々の大半はブラウン系の髪色と瞳を持っている。なので他国から嫁いできた侯爵夫人のような髪色と瞳はかなり珍しいのだ。
(社交界の花になりえる容姿なのに…面白すぎる!)
机に向かい仮面を外し笑いを堪えながら集計した招待状に目を通す。ざっと確認していると1枚の招待状が目に留まる。
「リオン・メルケ公爵が来ているのか。今日は珍しい客が2人。久々に楽しくなりそうだ。」
思わず笑みがこぼれる。お茶でも飲んで一息い…
コン!コン!コン!コン!!ドアの激しいノックと共に慌てた執事が入ってくる。
「ユーリ様、男爵様がお呼びです。会場の設営でお聞きしたいことがあるそうです。」
(はぁ~またか。たまにはゆっくりさせてくれ。)
エリゼ・ブランデール…まさか自分のお面のせいで辺りが静まり返ったことに気が付いていない。物事はうろ覚えでもさほど気にしない。
ユーリ・グレイグ…男爵家の長男。近いうちに家業を継ぐことになるが水晶宮を売り飛ばそうと思っている。男爵の命令で招待客の入りを確認していたところたまたまエリゼに会う。