人生は波乱万丈
「エリゼお嬢様、本当に行かれるのですか?」
幼いころから側に仕えているメイドのリサが話しかけてくる。
「ご予定では侯爵ご夫妻がお戻りになるのは来週です。その間にもしものことがあったらリサは…。」
唇を真一文字につぐみ涙を浮かべ真っすぐに見つめてくる。
「大丈夫よリサ。無茶はしないわ。」
そう一言だけ声をかけ馬車の外の景色に目をやる。
(もう落葉樹が色づく季節なのね。領地から帝都に出てきて一年。あっという間だったわ。屋敷の人員整理をして宝石や調度品を売り払ったりしたけれど、どれだけ債務整理ができたのかしら…。)
建国当時からの歴史があるブランデール侯爵家。名門と呼ばれていたのは一昔前で先々代には投資の失敗や天災で借金がかさみ、今では没落寸前だ。父は政治に興味はなく最終手段として爵位と領地を返上し、母の実家である隣国のユリウス王国に移り事業を起こそうと考えているらしい。
でも…エリゼは領地を手放したくない。生まれ育った南部の地は山岳に囲まれて温暖の差が激しい。決して住みやすいとは言えないけれど愛着がある。水資源が豊富で山からの湧き水をやっと飲料水として販売する目途が立ち、地域の産業としてこれからだという時に領主が変わるなんて得策と言えない。何より苦楽を共にしてきた領民達に申し訳が立たない。それにいずれ爵位を継ぐであろう幼い弟が貴族のみ入学を許される帝国のアカデミーで学ぶことができたのなら更なる領地の繁栄も期待できる。
だからこそギリギリまで足掻きたいのだ。
貴族同士の政略結婚は珍しくもない。少なからずその覚悟もできている。先月で私も16歳、結婚してもおかしくない年齢だ。後妻でも後付けでも結婚を条件に援助をお願いするのはどうかと両親に提案したけれど、娘を売るようなことはできないと大反対をされてしまったのだ。どうにか説得を試みるも取り付く島もない。考えに考えた末、両親が留守の間に婚活をしようという算段だ。
「それはそうとこのドレス、本当に可笑しくかしら?」
薄手のマントの下にちらっと見える薄ピンクのドレスは母が若い頃に着ていた物。ユリウス王国仕様で宝石などの煌びやかな装飾は無い。けれど総レースの生地がとても華やかでシンプルなデザインは体のラインを美しく魅せとても上品だ。
「エレガントで良くお似合いです。ですが…。」
リサは言葉を濁しながら、私の膝の上に置かれた物に目を移した。
「あの…恐れながら申し上げます。私の見間違いでないのなら…それ…仮面じゃなくてお面ですよね?」
確かにリサの言う通り、私が手に持っているものはお面だ。
「まさかとは思いますが今日の仮面舞踏会で被るおつもりじゃ…。」
(いや、そのまさかなんだけど。)
「仮面を探してみたのだけれど見当たらなかったのよ。お母様も社交の場には随分お出にならないし。前にお父様から頂いた極東の島国のお土産なんだけど…ダンスの時に被ると言っていたわ。」
改めて見てみるとかなり滑稽なデザインだ。右目は大きく左目はつぶっている。
(ん?大きな鼻によく見ると鼻毛が3本づつ?あら?口は突き出して左に曲がっている?確か…ひょっとことだったかしら。)
「どう?なかなか面白いわよね!」
サッとお面を顔に合わせてみる。リサは大きく目を見開いて呆気に取られている。母親譲りのバターブロンドにお面から覗くスカイブルーの瞳のアンバランス感が恐ろしい。
「エリゼお嬢様…。本当に何もやらかさないで下さい…。」
リサは心からの願いを口にした。
エリゼ・ブランデール…貧乏侯爵家のお嬢様。転生者であるが全く気にも留めていない。周囲からは少々変わったお嬢様だと思われている。料理の「さしすせそ」が分かる。
リサ・マイオール…子爵家の三女でエリゼのメイド。元は私設騎士団に所属していたが解体された為にメイド兼護衛としてエリゼと一緒に帝都に出てきた。エリゼのせいでいつも胃が痛い。