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かくれんぼ

作者: 千歳 夢

 ぼくたちは公園で遊んでいたんだ。はやととじゅんぺいとりょうたと、あと、ゆうま。

 学校が終わるといつもこの五人で集まって遊ぶんだ。

「次、かくれんぼしようぜ」

 言い出しっぺはじゅんぺいだ。他のみんなも同意するようにうなずいた。

「じゃーんけん、ぽん」

 じゅんぺいの掛け声に合わせて、おのおのが手を差し出す。勝負は一回で決まった。

「じゃあオニはゆうまだな。公園から出るのはなし。あと、一度隠れた場所から動くのもなし。百数えたらスタートってことで」

 じゅんぺいがルールを決めると、ゆうまが数え始めた。ぼくたちはいっきにかけ出す。

 ここでかくれんぼするのは初めてじゃない。だから、見つかりにくい場所を探すのは大変だ。この前はどこに隠れたっけ……確か木の裏だった気がする。

 この公園は厚い木々に包まれている。ぼくよりずっとずっと高い木は、まるでぼくたちを閉じ込めているみたいだ。だけど、ぼくはこの公園が好きだ。噴水はないけど、ぼくにとってここは森の中のオアシスなんだ。ここに一歩足を踏み入れれば、たちまちぼくは生き返る。ぼくのいる場所はここなんだって思わせてくれる。

 そういえば、この前だけじゃなくていつも木の裏に隠れていたな。まあ、木がいっぱいあるから探すのかえって大変なんだよね。

 結局、今日も木々が生い茂る方へ足を運ぶ。土を踏むたびに湿った匂いと葉っぱ特有の青臭さが鼻をかすめる。一歩一歩進むたびに、やわらかい土はぼくを捕まえて離さない。ぼくもこの場所が好きだけど、この場所もぼくのことが好きみたいだ。

 ゆうまが八十を数えたあたりで、ぼくは隠れる場所を定めた。今日は、昨日隠れた場所の反対側に生い茂る木の裏だ。

 オニがぼくを見つけるまで、ぼくはなにもしない。ただ上空をぼーっと見つめて過ごす。

「きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃーく!もーいーかーい」

 ゆうまの声をかすかにききながら返事をする。

「もーいーよー」

 みんなの声がいろんな方向から飛んで、重なる。

 ここからは、しばらく一人だ。木に寄りかかって空を見上げる。雲のない青空はもうすぐ傾こうとする太陽が独り占めしている。でも、そのまぶしさはぼくのところまで届かない。何百、何千とある葉っぱが重なって、カーテンを作り上げる。なんとか自分を主張したい太陽は、その隙間をかいくぐってぼくをまだら模様に照らし出す。

「木漏れ日、だね」

 不意に、ぼくじゃない声が聞こえた。視線を前に向けると、そこにはベンチが置いてあった。木の中に佇む一つのベンチ。その周囲にだけ、木々は遠慮しているみたいだった。太陽は、ここぞと言わんばかりにベンチを照らす。スポットライトを浴びたベンチには、一人の青年が座っていた。

 ぼくと青年の視線が交わる。なにか神秘的なものを見つけたぼくは、目が離せなかった。だって、もう一生この景色を見ることがないかもしれないと、ぼくがいうから。

「君、名前は?」

 青年が言った。

「ともはる」

「そっか、僕はちひろ」

 知らない人に個人情報を言ってはいけません。そう教わったことを忘れていた。それくらい自然に声が出た。

「お兄さんは、中学生?」

「いいや、高校生」

 お兄さんは、制服を着ていた。黒くて、応援団がよくきてるやつ。中学生になったらぼくも着れるってお母さんが言ってた。高校生になっても着れるんだよってお母さんに教えてあげよう。

「君は、小学生だよね?」

「うん。小学生2年生。あのね、ぼくさっきの言葉知ってるよ。木漏れ日って太陽が葉っぱの間から顔を出すんでしょ」

「はは、よく知ってるね」

 太陽みたいに笑う人だと思った。空にいる太陽よりもずっと、まぶしいな。

 お兄さんはベンチの真ん中から体をずらして端によった。

「少し話をしよう」

 そう言って、空いているスペースを手のひらでぽんぽんと優しくたたいた。

 ぼくは、かくれんぼをしていることも忘れてお兄さんの隣に座る。

「ぼくね、この公園が好きなんだけど、ここにベンチがあるなんて知らなかったなあ」

「新しい発見だね。ともはるはひとつ幸せを見つけたんだよ」

「どういうこと?」

 隣を見上げると、またぼくとお兄さんの視線が交わった。やっぱり、きれいな人だな。本当にここに住んでるみたい。

「この場所を見つけてともはるはどう思った?」

「うーん。きれいだなって思った。なんか、この場所だけ太陽が当たってるのが、きれいでみすてりあすな感じがした」

 また、お兄さんは笑った。クラスメイトがやるような人をバカにしたような笑いじゃなくて、もっと、こうほわってする優しい感じ。

「そっか、そっか。ともはるは喜びを見つけたんだ。それが、幸せだ」

 お兄さんは手を伸ばし、ぼくの頭をなでまわした。ぼくはなんだかそれが嬉しくって、声をあげて笑った。

「でも、幸せって大きさがあるんでしょ?」

お兄さんはぼくの頭から手を離した。ぬくもりがなくなったからか少しスースーする。

「ともはるが思う大きい幸せってなんだ?」

「えっと……結婚、することかなあ?この前、お母さんがお姉ちゃんに言ってたんだ。結婚して幸せになりなさいって。だから、結婚することはすごい幸せなことで、大きいんだなって思った」

「じゃあ、小さい幸せは?」

「今日、この場所を見つけたこと!」

 ぼくは自然とわくわくした。たぶん、今日一番このことが嬉しいのだ。

 お兄さんはぼくから視線を外して前を向いた。お兄さんの視線をたどると、ぼくが隠れていた木を見ていた。

「それは違うぞ。幸せに大きさなんてない。結婚することも、この場所を見つけることも、同じ幸せだよ」

 ぼくはむすっとする。

「そしたら幸せだらけじゃないか。幸せは、滅多にないから幸せなんだ」

「それでいいじゃないか」

 ぼくは、はっとしてお兄さんを見た。でも、今度はぼくを見てなかった。ずっと、あの木を見ている。

「喜びが幸せなら、幸せはたくさんある。幸せに大きさができてしまうのは、意識したか、しなかったか、だけだからだ」

 ようやくお兄さんはぼくを見た。

「意識してごらん。今日嬉しかったこと、楽しかったこと。それが幸せ。気づかないんじゃない、気づこうとしないだけだよ」

 ぼくは、今日一日を思い返す。

 朝嬉しかったことは、朝ごはんにぼくの好きないちごジャムをパンいっぱいにぬったこと。それから、友達と学校に行ったこと。それから、あてられた算数の問題に正解したこと。給食のおかわりじゃんけんに勝ったこと。それから、それから——

「いっぱいだあ」

「だろ?」

 また、お兄さんはぼくの頭をもみくちゃにした。ぼくはこりずにまた笑う。

「じゃあ、じゃあお兄さんの幸せは?」

「僕もいっぱいあるからなあ。でも、今日一番嬉しかったのは、君に、ともはるに会えたことかな」

 ぼくはまた不思議に思った。お兄さんの手の重さに負けないように、見上げる。

「一番嬉しかったなら、一番幸せってことにはならないの?幸せに順番をつけちゃうのはいいの?」

お兄さんはまた手をぼくから離し、そのまま顎に手を当てた。

「そうだなぁ、順番をつけたのは記憶に残っているから、かな。そのときに感じた幸せはみんな同じだ」

「わかんないよ」

「ともはるはさ、今までの中でどんなことが一番記憶に残ってる?」

「えっとねー、家族と旅行に行ったこと!飛行機に乗って、ばびゅーんっていってすごく楽しかった」

 ぼくの頭に浮かんだのは、この間の連休で家族と旅行に行ったことだった。初めて乗った飛行機にぼくはずっと興奮していた。

「じゃあ、好きな食べ物は?」

「オムライス!」

「最後に食べたのはいつ?」

「んー」

 あれ、いつだったけ?

「思い出せないや」

「でも、それを食べたらともはるは幸せになるだろ?」

「うん、絶対なるよ」

黄色い卵に包まれた、赤くて甘酸っぱいご飯がぼくの思考を支配する。楽しみは、ケチャップで絵を描いたりすることだ。失敗することが多いけど、成功すると嬉しいしもっとおいしくなるような気がする。

「そういうことだよ。そのときに感じた幸せは忘れようがないだろ?でも、記憶に残ってたらそのときに感じた幸せを後になってからも思い出すことができる。幸せに順番をつけちゃうのは、自分の記憶に頼ってしまうからだ。今を生きていれば、幸せは今もそこに隠れている」

「なんとなくわかった気がする」

「そうか、やっぱりともはるは賢いな」

 お兄さんはまたぼくの頭に手を伸ばした。一回目よりも、二回目よりももっと強く、ぐりぐりとなでまわして、最後にぼくをぎゅっと抱きしめた。こんどは、ぼくは笑わなかった。そのかわりにぼくの顔が熱くなるのを感じた。きっと、ケチャップ顔負けの赤さになっているに違いない。

「おーい、ともはるー。どこだー?」

 遠くからゆうまの声がした。そうだ、ぼくはかくれんぼをしていたんだった。

「友達が来たみたいだね」

「うん」

 ぼくはそっとベンチから立ち上がった。もう少しでぼくは見つかるな。そのときふと思ったことがあった。

「幸せもかくれんぼみたいだね」

 振り向いた先にたお兄さんは、少し驚いたような顔をしていた。でも、それはほんの少しの間だけ。すぐに笑顔になる。まるで、雲間からやっと顔を出せた太陽みたいに。

「そうだ。幸せもかくれんぼだ。だから、見つけないとだな」

「うん!」

 ぼくは力いっぱいうなずいた。

「ぼくが見つけるよ。ありがとうちひろお兄さん」

「こちらこそありがとう、ともはる」

 ぼくはちひろお兄さんに手を振る。すると、ちひろお兄さんも片手をあげて返事をしてくれた。

 太陽が夕日に名を変えて、ぼくらをオレンジ色に染めていた。

 ぼくは目の前の木の裏に隠れる。でも、絶対に振り返らない。ぼくの幸せはこれからもいっぱいあるしね。

「ともはる、みーつけた!」

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