表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くようばこ ひとつめ  作者: 狩人タヌキ
63/64

第63話

「――ハァ……さて、戻っかねぇ」


 暗い森の街道で数日前の路村に着いた時と似たような文句に加え、欝々とした息を吐いたのは、王国騎士ハンス・ヴィントシュトースだった。


 彼が立っている場所の状況を鑑みれば、溜め息に宿る感情は凡そ相応しからざるように思えるが、彼が踏み越えてきた道程を振り返れば一応の納得はできるかもしれない。


 病み上がりどころか死んで蘇ったばかりの身体で街を出て、そこから完全に徒歩だけで十マイル以上の距離を騎馬に追い付くほどの速度で走破し、辿り着いた湖畔の森林地帯では森林中に隠れ潜んでいた聖騎士達を全て見つけ出して暗殺し尽した。


 もうこの時点でどうかしているが、一応これらの理不尽をまかり通せた理屈は存在する。


 まず、連れ去られたセフィーの所在を正確に把握していた点についてだが、これは彼が目覚める直前に感じていた謎の第六感によるものだった。


 この感覚についてハンス自身もどういう仕組みなのかは全く理解できていないが、恐らく蘇った際に彼女との間に超常的な繋がりが成立したのではと予想している。


 その証拠に――と言えるかは些か怪しいが――彼にはセフィーの位置だけでなく、漠然とした彼女の心理状態までもが逐一知覚できており、目覚めた直後から自分の物ではないと理解できる小波のような不安や恐怖を感じ取っていた。


 次に、駿馬にも勝る強靭な脚力だが、これもセフィーから授かった紅い光によるものだった。


 先と同じく原理は分からないが、その紅い光は彼の意志――特に行動が伴うような具体的で強固なもの――に呼応して出現し、彼の身体能力を劇的に引き上げる作用があったのだ。


 それによって彼の脚力や心肺機能が超人的なまでに強化され、結果、汗一つ流さず、息一つ荒げずに、ごく短時間で森林の入り口まで辿り着いたのだった。


 また、その光が強化する身体能力には索敵能力や操体能力まで含まれており、それによってハンスは灯りも持たず街を出たにも関わらず、暗い森の中に残る足跡や臭い、息遣いや衣擦れの音、果ては人間の動作で生じた空気の微妙な流れの変化までをも知覚し、聖騎士達の背後へほぼ完全に気配を断ちながら肉迫すると、その無防備な命を刈り取ったのだ。


 元々、待ち伏せていた聖騎士達は街道上に現れるであろう追撃者の足止めが目的だったらしく、その主な装備の大半が弓矢や投石紐(スリング)などだった事から、直近からの奇襲など想定していなかったのだろう。

 ハンスは()()()()()()森に潜んでいた三十名全てを殺し尽した。


 そして、彼が淡々と()()を済ませた直後、森の入り口からいつぞやの香辛料の香りが届いた。


 祝勝会の日からもう幾日も経過していたのにそれを嗅ぎ取れた事も、そもそも、アイクが騎士制服を着たまま追い掛けて来た事自体も偶然だっただろう。


 だが、それを知覚してしまった以上、セフィーを守ると決めたハンスに残された選択肢は自らを指導してくれた先輩騎士であり、王宮での数少ない友人だったアイクの()()()()()をどうやって守るかについてだけだった。


 だから、ハンスは彼の死を『裏切者の粛清』から『名誉の戦死』へと変えるべく、聖騎士の亡骸から小道具を拝借して彼と対峙したのだ。


 結果は上々だった。

 アイクとの決闘は泥仕合と化すような事も無く最短で決着し、彼の槍に付けた血塗れのスカーフと森の中に残された聖騎士達の死体により、これらを最初に発見するであろう者達はハンスが望んだ通りの筋書を妄想してくれる事だろう。


 ただ一点不安があるとしたら、セフィーを迎える為になるべく返り血を浴びて服を汚す真似を避けていたハンスが()()()使()()()聖騎士達を殺害した所為で、死体にあるべき太刀傷、刺し傷が全く無い点だが、骸は森の中に放置されているので獣達が幾らでも()()()()()()()()筈だ。


 そんな事を思いながら追撃を再開したハンスは、紅い光を活用してすぐに目的の集団に追い付くと、集団のやや前方寄りを走るキャリッジから待ち望んだ気配を強烈に知覚した。


 そこからは、まさに疾風の如く事が運んだ。


 ハンスが捉えた集団は二頭の騎馬で街道を占領するように並走していたが、彼はその縦十人の二列を最後尾から順々に、気取られないよう二人同時に一撃ずつで仕留め続けていき、後方の部隊二十名を走りながら暗殺し尽した。


 そうして、教団側の誰にも気付かれないままキャリッジに追い付いたハンスは、キャリッジを止めるべく腰の双剣『狼王(ラウワン)』を抜き放ち、車体が横転しないよう細心の注意を払いながら放った最速の二太刀で左右の車輪を次々に寸断して見せたのだ。


 走行機能の枢軸を失ったキャリッジは彼の目論見通り大幅な減速を引き起こし、次いで止めとばかりに原動力である馬達の綱まで断ち切った事でキャリッジは完全に停止したが、流石にそれ以上の隠密行動は如何に『真紅の疾風ブルート・ヴィントシュトース』と雖も不可能だった。


 だからと言って、ハンスにとってその後の()()が困難になったかと問われれば勿論そのような事などあり得る筈も無く、少年騎士は引き続き王女殿下の視界に不愉快なシミを残さないよう剣を納めたまま立ち回り、キャリッジの破壊音に足を止めた十名を即座に始末した。


 それから、キャリッジを出て周囲を確認するであろう者達から身を隠すべく車体の扉がある面とは逆の位置に潜んだハンスは、いつぞやの祝勝会で不愉快極まる発言をぶちかましやがった老人の怒鳴り声と愛しい王女殿下の微かな苦悶の声を耳にし、続いて彼女がキャリッジに()()()()()()()気配までをも知覚すると、即座に目前の木壁を斬り裂いて彼女の為の脱出路を作った。


 とは言え、そこでセフィーと対面しては他ならぬ彼女に足止めされ、その隙に聖騎士(ハト)共を取り逃がしてしまうと判断――未だ心の準備ができていなかったとかでは断じてない――したハンスは、彼女から身を隠そうと焦っていたのか、斬り取ったキャリッジの側面を鷲掴みにしたまま木々の陰に潜み、キャリッジから離れる二人分の足音を追った。


 すると、予想通りに騎馬へと跨った憐れな的を発見し、少年騎士は丁度手に持っていた車体の一部を紅い光の力を借りながら投擲して的を見事に撃ち抜き、そして、最後に残った不愉快な老人を言葉と行動で黙らせ――現在に至る。


 ……確かに凄まじい経緯だが、一見して怪我も疲労の色も見えないハンスの溜め息は、きっとそれらについて向けられたものではなかったのだろう。


 それを裏付けるように、愛しの王女殿下の元へ戻ろうというのに少年の足取りは酷く重い。


 まあ、最後に会った時には無様な最期を見せていたり、その前の時も殆ど喧嘩別れのようになっていたりすれば、幾ら覚悟を決めていても『どのツラ下げて――』感が拭えないのだろう。


 そんな具合で何とも情けない歩調になっていたハンスだが、いつまでもそんな調子ではいけないと分かっているようで、セフィーの気配から燃え盛るキャリッジを挟むような位置に身を隠しながらも、両手で思い切り頬を叩く簡易的な気付けで無理矢理意識を切り替えようとする。


 だが、両頬から駆け抜けた予想以上の痛みに悶絶する事となった。


「――――ッッッ~~!! な、何でこんな……って、何もこんな時まで力貸さなくても……」


 見下ろすハンスの視線の先には、微弱だが紅い光に包まれた両の掌があった。


 しかも、胸に伝わってくる王女殿下の感情が、先程までの蟠る恐怖と不安を押し流すほどの安堵と信頼から、少しずつではあるがチクチク刺さりそうな苛立ちに変わりつつある。


 遅まきながらも、もはやこれ以上の猶予は存在しないと悟ったハンスは、キャリッジの陰から飛び出して件の第六感に導かれるままセフィーの元まで駆け足で向かった。


 若干破れかぶれになっていた少年騎士が王女殿下を見付けたのは、キャリッジの火の粉は届かないが炎が撒き散らす明かりは届く絶妙に安全な地点だった。


 ついでに記すなら、彼女は何かを堪えるように御自身のスカートをギュッと握り締めており、その御尊顔は泣き顔とも怒り顔ともつかない何とも言えない表情を浮かべている。


 この強烈すぎる状況に、ハンスの駆足も彼女の五ヤードほど手前で止められてしまう。


「……セ、セフィー……その、なんだ……えぇっと……あのだな……――


(どうするどうするどうするッッッ!??!!? まずは、アレだ! 諸々謝るべきだよなッ? でもどぉやって!? シンプルに直角礼か? それだと簡略過ぎっから片膝着きか? それとも騎士らしく両膝着けての騎士礼? いや、それ以前に何から謝れば――


 もう、言葉以前に視線を合わせる事すらできないまま頬の傷跡を掻くハンスは、言葉と同じくグダグダとらしくない思考を迷走させていたが、それらは一瞬で消し飛ばされる事となる。


 突如駆け寄ってきたセフィーが、情けなく立ち尽くしていたハンスの胸へと飛び込んだのだ。


「――なッ!? ……あ、っと……セ、セフィー……――――ッ!!!!!!」


 思わず頓狂な声を出してしまったハンスだったが、触れ合った所為か彼女の心の内が言葉なんかよりも遥かに具体的且つ怒涛のように流れ込み、それ以上は口が動かせなくなった。


 ――祝勝会の夜、無茶な御願いをした所為で、ハンスに嫌われてしまったんじゃないかと怖くて堪らなかった事。


 ――それからすぐ期限の一週間を反故にするようにハンスが任務を受けて王都を離れてしまった時は、もう二度と以前のように親しく接する機会さえ失うのだと絶望と後悔で圧し潰されそうだった事。


 ――だから、四日目の夕方に戻って来てくれた時は一縷の希望が差し込んだように感じていたが、帰ってきたハンスの悲惨な姿を目の当たりにし、更なる絶望に心が砕かれそうだった事。


 ――しかしながら、突如現れた謎の声の御蔭でハンスがこの世に戻って来てくれた時は只々嬉しくて、湧き出す涙を止められなかった事。


 ――ただそれも束の間、まだ意識も戻らないハンスへ教団の魔の手が迫り、その手を払うべく自らを差し出したが、この後に待っているであろう暴虐への不安と恐怖を拭えなかった事。


 ――そして今、病み上がりのハンスが危険を冒して助けに来た事については……



「……何故、こんな所にまで来てしまったのですか……?」



 彼女の声は微かに震えていたが、そこに宿る感情はハンスを歓迎してはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ