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くようばこ ひとつめ  作者: 狩人タヌキ
61/64

第61話

 ――三度(みたび)時を移ろい、月明かりだけが照らす森の街道にて……


「……素晴らしい、一合……だった」


 手も足も投げ出して街道の上で仰向けになっている騎士の言葉だった。


 彼の身体には肩口から脇腹へ抜けるように内臓まで達するほどの深い傷が刻まれている。


「僕の槍は、今までに……ないほどの冴えで……君を、下す、筈だった……」


 切れ切れの息で掠れる声を聞く者は、ただ静かに騎士を見下ろしていた。


「だが……君は、それを見事に……っ、う、上回って、見せた……騎士の最期……としては、申し分、無い……最高の……一戦だった……」


 身体が動くなら文字通り手放しで喜び讃えたであろう騎士に、勝者は首を振った。


「いや、今のは殆どイカサマみてぇなモンだ。本当なら、斃されてたのは俺の方だったろぉよ」


 口を尖らせて悔しそうに否定する声を聞き、敗北の騎士は呵々と笑う。


「ハハハ、だった、など……らしくない、じゃ……ないか……どのような、過程を……経ようと、最後まで……立っていた……者が、勝者……戦場に……於ける、常識なのだろう……?」


「……そぉだな。確か、そんな事も言ったっけな……ったく、どうにも調子が狂う。俺もまだまだって事かねぇ?」


 肩を竦めながら大袈裟に嘆息した勝者は、眼下の騎士から目を背けて己の往くべき道へと向き直ると、軽く血振りした両手の刃を鞘に納めた。


「無駄に――なんて言いたかねぇが、そんでも少しばかり時間を喰っちまったな。悪いがアンタを看取ってやる余裕は無さそうぉだ」


「……クッ、ハハハ……構う事は……無いさ……僕も、そこまで……日和ってなど、いない……こ、此処で、君と……出くわした、時から……こうなると、覚悟して……いた……よ」


 途切れ途切れに言い終えた騎士は、未だ握り続けていた槍を震える腕で掲げ挙げた。


「父上の、ように……武に生きると……志し、今宵……この時まで、張り通して……来られた……なかなかに、幸福な……人生、だった……と、言える、じゃ……ないか……」


 凍えたように震える唇を吊り上げる騎士の言い分に、勝者は堪らず振り返った。


「ふざけんなッ!! アンタは王国を裏切った不忠の騎士として、この先ずっと拭いよぉのねぇ汚名を残すんだぞッ!! ソレのドコが幸せだってんだッ!!」


 火を噴くように捲し立てると、勝者はグラグラと揺れ動く槍を奪い取った。


 そのまま、クルリと持ち直した槍の穂を騎士の額へと突き付ける。


「アンタだけじゃねぇ。アンタっつぅ内通者の存在は、王国内に下らん疑心暗鬼を呼び起こすキッカケになっちまう。そぉやって無駄な詮索に時間を割かれた隙を教団が見逃すわけがねぇ。いや、寧ろそれを増長させるかもしれん……分かるかッ!? アンタの所為で、セフィーの大事な国が追い詰められるかもしれねぇんだぞッ!!」


「……分かって、いるさ……だから……君に……頼みたい、事が……ある……」


 そう言って、もはや幾許も無い余力を振り絞るように自分の騎馬を指差す騎士。


 示されるまま視線を巡らせた先で、勝者は騎馬の鞍に直径一フィートぐらいの何かが吊るされている事に気付いた。


「あ……あの、革袋には……油を、入れて……ある……それで、僕の衣服と、装備を……焼き捨てて……くれ……身体の、方は……森に、棄てて、くれれ……ば……獣達が……」


 騎士の頼みを端的に言えば証拠隠滅だ。


 もし、彼の言う通りにこの場の痕跡を消してしまえば、騎士は行方不明扱いとなり、彼の捜索と原因究明が行われるだろう。その過程で彼の身辺調査なども行われるだろうが、騎士として聡明の美徳にも恵まれた彼が、教団との内通に関する証拠を残すような愚を犯す筈が無い。


 それに、現状の王国内で『王国騎士の誰かが教団と通じている』などという不都合な真実を知る者はとある王国騎士と見習い騎士(エクスワイヤ)の二人のみである以上、騎士の行方不明と裏切者を関連付けて疑う者はただ一人を除いて皆無だ。


 結果、騎士の死の真相を知る者は勝者のみ――または()()を含めた二名のみとなる。


 勿論この読みは王国騎士と見習い騎士(エクスワイヤ)が裏切者の存在を喧伝していない場合に限られるが、()()為人――敵には何処までも冷酷になれるクセに、一度気を許した相手にはとことん甘い所――を知っていたからこそ、騎士はこの方法を選んだのだろう。


 この身勝手で愚直な信頼が宿る要請に、勝者の肩が微かに震えていた。


 だがそれは、友に自らを贄とするような依頼を持ち掛けられた事に悲嘆してでは断じてない。


「――ふざけんなッ!!!!!!」


 憤激のまま振り下ろされた穂先は、騎士の頬を薄皮一枚分斬り裂きながら街道を深々と抉る。


 そのまま、勝者は全身に纏った真紅の光を業火のように逆巻きながら怒号を放った。


「テメェがやらかしたバカの尻拭いなんざ誰がするかッ!!!!!! 何を思ってどう行動しようがッ!! アンタがセフィーを陥れよぉとした事実は変わらねぇッ!! そんなアンタのクソみてぇな頼みなんぞ誰が聞いてやるものかッ!!!!!!」


 獣の咆哮のように轟々と捲し立てると、勝者は苛々とした所作で自らの懐に手を伸ばす。


 彼が取り出した物は、月光の下でも眩い白地の布切れだった。


 何処かで見たような……と、ぼやけ始めた頭でその切れ端の正体を思い出そうともがく騎士に見向きもせず、勝者はその布切れを頭上に放り投げる。


 すると、ふわりと広がった布地に刺繍で何かの図形の一部が描かれているのが露わになった。


「……! それ、は……教団……の……スカーフ、か……? ……い、一体……何……故……?」


 そう、勝者が投げたのは、カエルム教へ入信した者が日々の礼拝や式典へ参加する際に必ず身に付けるよう義務付けられている十字の刺繍が施された服飾品だったのだ。


 本来、カエルム教徒しか持っている筈の無い品を――まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それを目にして、出血大量で朦朧としている騎士は不定形の疑問を抱く。


 しかし、その問いへの応答は無く、代わりに彼も予想だにしなかったものが与えられた。


 勝者はヒラヒラと舞い落ちてくる布切れに向けて、いつの間にか握り直していた槍の穂先を霞むようにしか見えないほどの凄まじい速さで突き出していた――と思ったら、見事に刺し貫いた布切れを根元に引っ掛けたままの白刃が、断面から筋繊維と臓物を覗かせている騎士の脇腹へと突き込まれたのだ。


「――ガフッ!! ……ック……な、何を……?」


 既に痛覚が麻痺しているのか、衝撃で込み上げてきた血塊を吐き出した騎士から悲鳴は上がらない。彼はただ胸中の疑問を告げるだけだ。


 それを冷たく見下ろす勝者は、傷口を抉る槍を更に汚すべく粘着質な音を立てさせていた。


「……チッ、るっせぇな……別に聞く価値なんかねぇよ。アンタは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。どっちにせよ、アンタが主命に背いて王宮に要らん騒ぎを持ち込むってのは変わらねぇよ」


 鼻を鳴らしながらそう告げた勝者は、柘榴を踏み潰したような背筋に寒気が走る音と共に槍を引き抜くと、それをそのまま騎士に投げ返した。


 当然ながら瀕死の騎士に穂から石突までで六フィートを軽く超える槍を受け止めるだけの余力など残っている筈も無く、頭上から落とされた柄に胸を強かに打たれる破目になる。


「――グッ!! ……は、阻まれる、も……何も……聖騎士……など……何処にも、い、居ないじゃ……ないか……それ、なのに……どう……やって……?」


 落ちてきた槍の重みで肺を圧迫され苦悶にも似た声が漏れるが、騎士の頭には文句ではなく疑問符が浮かんでいた。


「あぁ? 何言ってんだ? 俺より後に来といて気付かねぇなんてワケが……あぁ~あ、さてはアンタ、馬鹿正直に街道真っ直ぐ通って来ただろ? 連中なぁ、時間稼ぎか何か知らねぇが、森の入り口からココまでの森ん中で身ぃ隠すよぉに三十人ぐらい配置させてたんだぜ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()全部(つま)んできたが……そっかそっか、森ん中見てなきゃそぉなるわなぁ……」


 うんうんと勝手に納得した勝者が再び騎士へ背を向けるが、騎士の方は彼の発言に紛れた不可解な確信の由来を問い質そうとし――止めた。

 そんなどうでもいい事よりも、他に伝えるべき事があるとばかりに……


「……、……ハハ……何に、せよ……準備は……万端……という、わけだ……そ、それ……なら……後は……安心、して、君に……た……っ、託せ……そうだ……」


 クツクツと屈託なく笑う騎士に、無責任な……とでも言いたそうに鼻を鳴らす勝者。


 だが、彼もこれ以上の問答を引き延ばす気は無いようで、僅かに肩を竦めるだけに止めた。


「……ったく……最期に何か言い残す事はあるか? つっても、暫く王国には戻れねぇだろうから、伝言の類は勘弁してくれると助かるが……まぁ、何でも聞くだけ聞いてやるよ」


 背を向けたままの問いだったが、騎士には彼が今どんな表情を浮かべているのか分かっているかのように、その笑みを益々深めた。


 そして、安堵と信頼に満ちた胸中をそのまま映し出したような穏やかな口調で告げる。


「……そ、それが……何も、無いんだ……まさか……これほど、は……早く、天寿を……終えるとは……思って、無かった……けれど……ふ、不思議と……悔いは……無いんだ……」


 敵として友に討たれた者の発言とは思えないほど多幸感に満ちた満足そうな言葉に、何故か勝者は天を仰いだ。


 そのまま、身動ぎ一つせず固まってしまった彼に、騎士は訝しむような視線を向ける――ような事は無く、まるで輪の中に入るのを躊躇っている引っ込み思案な子供の背を優しく押してやるような、そんな響きの温かな微笑を溢した。


「……フ、フフ……君は、僕とは……違う……自らの、為……で、なく……愛しい……主の為に……剣を……握る……騎士、だろう? ……さあ、彼女も……ま、待ってる……よ……」


 本当ならいっそ空虚とさえ感じられる筈の掠れ声に諭され、月を見上げていた()()()()()勝者は溜息を洩らした。


「別にワザワザ言われなくったって忘れちゃいねぇよ……まぁ、なんだ……たったの二年間だったが……その、世話んなった、な」


「、……フフ、ああ……ぼ、僕に……とっても……掛け替えの……無い、二年……だった……よ……君の、ような……騎士に……出会え、て……とても……幸せ……だった……」


 騎士の言葉を聞き終え、勝者はいつものように顔面の傷跡へと手を伸ばしたが、今回は何故か袖口で落書きでも擦り取るように顔ごと擦っていた。


 そうして、何かを振り払ったかのように、或いは決意を固め直したかのように、正面に伸びる暗い夜道を見据えながら戦闘の邪魔にならないよう街道上に置き去りにしていたバッグを背負い直した。


「……じゃぁな」


 短く呟かれた訣別は、消えるように駆け去って行った勝者が残した疾風に紛れたが、残された騎士は心底幸せそうに微笑んでいた。


 その楽し気な声に誘われたのか、それとも勝者に怯えていただけなのか、街道の脇に控えていた騎馬が彼の元へゆっくりと歩み寄り、鼻先を血塗れの顔に近付けて寂し気に嘶く。


「……ハハ……君も、此処……まで、付き合って……くれて……あり、がとう……嗚呼……本当に……出会いに、恵まれ……た……素晴ら、しい……人生……だった…………」


 月と長年連れ添った相棒が見守る中、槍の騎士の微笑みは静かに途切れていった。


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