表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くようばこ ひとつめ  作者: 狩人タヌキ
5/64

第5話

「是より、第五十三回エルレンブルク王国栄誉騎士勲章授与式を開会致します」


 荘厳な装飾の広間に響く開会宣言で場内の空気がより一層引き締まる中、エルレンブルク王国騎士団の一員にして、歴代最年少騎士爵位受勲者のハンス・ヴィントシュトースは無理矢理圧し固めた表情筋の下で、もはや持病とさえ言われているサボり癖と戦っていた。


 今でこそ騎士爵位――王国公認の戦士としての『騎士』と、相続権の無い一代限りの貴族地位としての『騎士』の両方を意味する――の叙任を受けた正式な王国騎士として、貴族とさえ肩を並べて宮仕えしているハンスだが、二年前まで何に縛られる事も無く自由気ままに各地を放浪する根無し草だった彼にとって、こうした目に見えない枷に囚われているかのような空間は不快極まりない場所である。


 だが、今回の式典に際して()()()()()()()が御出席なさると知らされてしまっては、流石のハンスであってもサボタージュは不可能であった。


 そんなわけでハンスが珍しく自身を律しているこの場所は、先程壇上の端に立つ司会役が口にした通り、大陸を切り分ける四大勢力の一角である神聖イウロピア連合に所属するエルレンブルク王国、その首都たるクヴェレンハイムの王宮内だった。


 国の名を掲げる式典だけあって、王宮には元旅人のハンスが『うへぇ~』となるほどの錚々たる顔触れの者達が集まっている。


 式の主役である受賞者は、先日行われたフランキス帝国との防衛戦を含めた過去一年間の戦で活躍した王国騎士団やカエルム教七徳聖騎士団の中でも特に武功を認められた者達であり、彼らへ勲章を与える役は本人達ての希望――元々、授与役は王国の官職者が務める慣習になっているので、越権行為とまでは言わないないが――で王国の第一王女が務める事になっていた。


 他にも王国内や連合各国の有力貴族達に加え、大陸内で最大勢力を誇る宗教団体にして連合の実質的支配者――一宗教団体でありながら、連合の最高法規である連合法にて連合各国よりも遥かに優越的な権限が明文化されていたりする――でもあるカエルム教団から、ルチアーノ大司教を始めとする高位聖職者達が多数参列している。


 しかも、彼ら全員が煌びやかな礼服やら制服やらで武装している辺りが、少年の場違い感を増長している。

 中でも、カエルム教徒達が揃って腕に巻いている白地に十字架が刺繍されたスカーフには、排他的な優越感のようなものを感じて不快感を禁じ得ない。


 まあ、ハンス自身も高価な布で織られた青い王国騎士制服とその左肩を覆う鷲と剣の刺繍が施されたマントなどという、仰々しい上に無駄に派手な衣服を身に纏っているのだが。


 と言う訳で、まあ、一応、めでたい今日この頃なのだが、教団正式衣装の白と王国騎士制服の青緋が、互いの陣地を奪い合うように式場広間を左右に塗り分け、それとなく場内の空気を張り詰めさせていた。


 元々『王国の守護』を目的とする王国騎士団と『教団が掲げる信仰の守護』を目的とする七徳聖騎士団は、その目的の違いによって度々衝突する事があるのだが、加盟直後に連合の支配体制に抗えるほどの国力を得たエルレンブルク王国は連合からの脱却を目論んでおり、逆に教団にとってエルレンブルクは厄介であると同時に上手く切り崩せば()()を持つ存在でもある……

 と言った具合に、国家規模の柵が保有組織にも影響を及ぼしている部分が大きい。


 尤も、下剋上的に成り上がっただけの平民生まれなハンスは、どちらの騎士団からも疎まれる存在なのだが。


「始めに、エルレンブルク王国第一王女であらせられる、セフィロティア・フォン・エルレンブルク王女殿下から、開会の御言葉を頂戴致します。皆様、静粛に御願い致します」


 既に開会宣言の時点で静まり返っていた場内に司会役の老貴族の声が響き渡り、広間の中央に敷かれた紅絨毯を挟む白と青緋の両集団の視線が前方の壇上へと向けられる。


 その壇上の中央に現れた金髪翠眼の美少女は、銀のティアラと金色に輝くペンダント、繊細なレースで飾られた柔らかそうなシルエットを作り出す白桃色のドレスを身に纏い、百を優に超える人数が集った広間を見渡した。


「本日は、我がエルレンブルク王国に御集まり頂き、誠に有難う御座います。先日の国境防衛戦を始め、神聖イウロピア連合とフランキス帝国との間では永く争いが続いております。そして、我が国はフランキス帝国と隣接している為に鉄火の香る最前線であり、この地が墜ちる事となれば、戦火は瞬く間に連合を焼き尽くす事となりましょう。それらを未然に防ぎ、なにより、我が国の愛すべき民達を守り抜いた栄えある戦士達へ、限りない賛辞を御贈り致します」


 アザレアのように華麗な姿や日頃から磨かれた気品溢れる振る舞いに相応しい清涼な泉のせせらぎを思わせる美声が響き渡った会場は、自然と湧き上がった拍手の合唱によって満たされた。


 王女はその光景に柔らかく微笑むと、舞台脇の司会役に視線で進行を促す。


「それでは、栄誉騎士勲章授与を開始致します。名前を呼ばれた者は速やかに壇上へ御上がり下さい。第一等騎士栄誉勲章授与、エルレンブルク王国騎士団、第三部隊部隊長、アーダルベルト・エーデラクト――


 朗々と読み上げられる固有名詞群を聞き流しながら、ハンスは青緋の群衆の中から美しき第一王女を見上げた。


 今年で十六になったハンスの身長は、五フィートと八インチ程度。


 そんな彼より五インチ以上の上背を持つ年上騎士達の所為で途切れ途切れにしか視界に入らないのだが、それでも彼女の日輪のように輝かしい晴れ姿は彼の瞳にもハッキリと映っていた。


 その若き第一王女様は今、二つの群集団を隔てる紅い絨毯を通って跪いた騎士へ向けて、王国の象徴たる鷲が刻印された金のメダルを贈呈している。


 このメダルのデザイン自体は全ての等級で同様の物が使われているのだが、一等は白金、二等は金、三等は銀、四等は銅、と言った具合に鍍金に使われる材料で区別され、授与は等級の高い者から順に行うのが慣例となっていた。


(碌に剣も握らず陣で怒鳴るだけだったオッサンが二等で、前線で殺したり殺され掛けたりして、しかも大将首まで挙げた騎士が四等ね……まぁ、手柄が認められただけマシか)


 釈然としない心境を溜め息ごと飲み下したハンスは、勲章を受けた騎士一人一人に贈られる拍手に自身のやる気の無いそれを紛れさせつつ、自分の名前が呼ばれるのを待った。


 とは言え、余計な火種を生まぬよう二つの騎士団から同数の受章者が選ばれている――風聞としては余り宜しくないので、表向きには語られていない――為に、掛かる時間も()()()の倍に伸びており、しかも、同じ等級の勲章は年嵩の大きい順に授与される事になっているので、彼の名が呼ばれるのは最後の最後になっているが。


 結局、延々と続く流れ作業をこなしながら馬のように立ったまま惰眠を貪り始めて暫く経った辺りで、漸くハンスの出番は巡ってきたのだった。


「同じく、第四等騎士栄誉勲章授与、エルレンブルク王国騎士団、第五部隊所属、ハンス・ヴィントシュトース」


 その名が呼ばれた瞬間、今まで黙したまま壇上を見詰めて贈与が終われば拍手を贈り――を繰り返す装置と化していた騎士団の青緋の方が僅かにどよめいた。


 と言っても、あからさまに口を開いたりしたわけではなく、息遣いや衣擦れなどの微かな物音が聞こえてきたり、不自然な視線の移動があったりしただけではあるが。


 だが、その雰囲気の変化に白装束達は勿論、集団の前方、壇上前の空間に参列していた聖職者や貴族達も反応し、会場の全員が名を呼ばれた最後の受章者の登場を待った。


 そして、青緋集団をすり抜けるようにして出てきた少年を見るや否や、抑えそびれた喫驚や失笑が場内の数ヵ所で上げられる事となる。


 連合内に限らず大陸内で一定の社会階級を有する者の間では『騎士爵位は平均して二十歳以上の者に贈られる』という共通認識が存在するので、その場に立った者が『少年』である時点で珍妙なのだ。


 それに加えて、その少年が大陸中探しても非常に珍しい灰色の髪と琥珀色の瞳を持ち、左頬や袖の裾などから覗く肌には大きな傷痕が刻まれているなど、悪目立ちする特徴的な容姿の持ち主だった事も要因の一つだろう。


 しかも、会場中の騎士達が腰に提げるブロードソードやサーベルの代わりに、軽く反りの入った一つの鞘から柄が()()も伸びる珍妙な剣を、その二本分の重量を保持する為か制服の下で両肩と腰に回した頑丈なベルトで吊るしている点も踏まえれば、衆目を集めるのも無理からぬ話だった。


 その特異な姿に彼を見慣れていない聖騎士や聖職者、国外の貴族達などは、顔を寄せ合って、視線を揃えて、声を潜めて、口を開いた。


(アレは……もしや、例の……?)


(ええ。エルレンブルク王国歴代最年少騎士『孤独群狼(ルーポ・ソリタリオ)』だそうですよ)


(まだ子供ではありませんか。アレでは良くて見習い騎士(エスクワイア)ではありませんかな?)


(確か、二年前に初陣として参加したフライブルクでの撤退戦で、傍付きの騎士と共に殿部隊に配置されておきながら、単独で追手のフランキス軍を撃退し、その働きが認められた事で騎士爵位を叙勲されたとか)


 ヒソヒソと交わされる話し声に肩を竦めたくなるハンスだったが、王女殿下の御前でそんな見っとも無い真似ができる筈も無く、真面目くさった無表情を維持して壇上へ向かう。


 その間も、やっぱりお喋りは止まず、


(あのような小僧がそのような一騎当千の猛者などと……あり得るのですか?)


(然り。ただの噂ではありませんかな?)


(しかし、此度の戦でも多くのフランキス兵を斃し、挙句はただ一人で陣に乗り込んで敵将を討ち取ったとか)


(あのような小僧が!?)


(とても信じられるような話ではありませんな)


 それどころか、時間を経るごとに増々熱を帯び――


(いやいや、戦場で見かけた者の噂では、あの者は確かに異常なほどの()()だったとか)


(まさか。あの矮小な体躯を見る限りでは、そのような事ができるとは思えませんが……)


(何かの見間違いか、若しくは尾ヒレが付いただけでは?)


(私もそう思いましたが……見たのですよ。戦場で回収されたプレートアーマーの一部に、まるで巨獣の牙で穿たれたような刺し傷が刻まれた物や、長大な爪で輪切りにされたかのような物が混ざっているのを……)


(ほほぅ……ならば、あの噂も真なのですか?)


(噂――と言うと、あれですかな? 『血塗れ狼(ルプス・サングィス)』)


(ああ、確かに。あの醜獣(ケダモノ)のような目髪が返り血に塗れれば、まさに『 人狼(ライカンスロープ)』そのもの――



「場内の皆様。式典の最中ですので、どうか御静かに願います」



 その熱を一瞬で消し去る極寒の美声が響き渡る破目になった。


 声の主たる王女様は先程までと同様に微笑んでいらっしゃるのだが、その……微妙な御顔の俯き具合の所為で酷く恐ろしい陰翳ができあがっており、元々の神憑り的な美貌と相まって十六歳の少女である事を忘れてしまうほど凄絶な雰囲気を纏うに至っている。


 最初から壇上の正面に整列していた騎士達は元より、声に釣られて壇上へと振り返った来賓達もその御尊顔を目撃する事となったのだが、それらの大の男達――戦場で幾度の死線を潜り抜けてきた筈の騎士達も、策謀渦巻く権力闘争に明け暮れる各組織の重鎮達も含め、この場に集う全ての者達が呑まれるほどの衝撃を受けていた、と言えば王女殿下から立ち昇った圧がどれほどのものか御分かり頂けるだろう。


 彼女の声が会場中の人々の耳に届いた半秒後には式場広間は水を打ったように静まり返り、式典開始時の数倍以上に引き締まった空気を創り上げていたが、その中でただ一人、肝心のハンスだけは何とも形容し難い表情で壇上へと上がろうとしていた。


 幾ら騎士道精神の薄い元旅人でも、流石に女性に庇われる事には抵抗があるらしい。


 その微妙な表情を見て我に返ったのか、ハンスが壇上に上がって一礼し、彼女の足元に両膝を着けて跪いた時には、王女殿下の相貌から影が取り払われて元の可憐な微笑が戻っていた。


 脇で一礼する王国騎士制服を身に纏った少女へ頷くと、王女は差し出されたトレイに載っているメダルとそれから伸びる一インチほどの幅を持つ帯紐を手に取り、ハンスの首にそれを掛けようと両手を伸ばす。


 だが、前述の通り他の騎士達よりも背の低いハンスの場合、首の位置も低くなっている為、王女殿下は彼に顔を寄せるように屈んでメダルを掛ける事になった。



 ――御帰りなさい、ハンス……



 夢や幻かと疑うほど微かな、それでいて確かな暖かさを薫らせる囁きは、ハンスに寄せられた薄桃色の唇から発せられていた。


 ハンスは反射的に上げてしまいそうになった頭を意志の力で強引に抑え、無表情を維持したまま首に帯紐が掛けられた事を確認すると、衣擦れの音すら殆ど立てぬまま立ち上がって一礼する。


 少年が立ち上がって礼をするその時に一瞬だけ目撃した王女の表情は、ほんのりと苦みが宿っているような、若しくは零れそうになる涙を堪えているかのような、そんな些細な力みが透ける笑みだった。


 だが、彼が再び面を上げた時には王女の顔に在った憂いは()()()|おり、ハンス以外の者達は表情の変化になど気付いていなかった。


 そのまま少しの間を挟み、彼の背後から多少のバラつきが感じられる拍手が送られる。


 灰髪の少年騎士は再び襲ってきた呆意を呑み込むと、王女殿下に吸い寄せられてしまう視線を切って元居た群集団へと戻って行った。


「つ、続きまして、来賓の方々からの御言葉を頂戴致します。リカルド・ルチアーノ大司教殿、宜しく御願い致します」


 ハンスが行きに使った順路を辿って青緋集団へと消えた事を確認すると、司会役は下賤な餓鬼が原因で創り出された不快な空気を払拭する為か、間髪入れずに進行を開始させた。


 そんな老貴族の心情など下らないとばかりに欠伸を噛み殺すハンスは、王女と入れ替わるように金の過多装飾が施された白い法衣の老人が壇上に上がった時点で、もう完全に式典への興味を喪失したらしく、窓の外で青い空を自由に飛び回る鳥達を眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ