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くようばこ ひとつめ  作者: 狩人タヌキ
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第48話

「おやおや、随分と御早い御到着ですねえ。首尾は如何でしたか?」


 クヴェレンハイム教会に設えられた薄暗い告解室――ではなく、同教会内の執務室へと入室したジルベルト聖騎士長に対するルチアーノ大司教の第一声がそれだった。


 挨拶もそこそこに報告を開始した聖騎士長の服装は、任務中に纏う白銀に十字が刻まれた甲冑ではなく告解室で密室会議を繰り広げた時と同じ神父服姿だったが、そこから覗く手足や首元は訓練で焼けた肌色ではなく包帯の白で包まれており、綺麗に整えられていた筈の髭は不揃いに伸びている。


「……黒羽部隊(コルウスマヌス)暗殺部門(ロストルム)』の働きで、現地の王国騎士達の排除は恙無く完了致しました。しかし、肝心の『人狼(ライカンスロープ)』暗殺は失敗。すぐに我がフィデス聖騎士団が包囲しましたが、想定以上の抵抗によって包囲網を崩され、対象に深手を負わせるも逃亡を許してしまいました。現在は、バンゲントーゼから東門を繋ぐ街道を中心に捜索隊を派遣して捜索しております」


 口を開く内に、目上相手用の無表情に覆われている聖騎士長の顔が段々と青く強張っていく。


 それはそうだろう。

 彼の報告を要約すると『私は貴方から渡された裏部隊の精鋭二十人と選りすぐりの配下百名を率いておきながら、高々十六の小僧一人満足に討てないまま、部隊の過半数に死傷者をこさえてオメオメと逃げ帰って来た無能者です』と宣言しているようなものなのだから。


 ところが椅子に深く腰掛けて寛ぐ白地に金縁法衣の老人は、己の不始末を謝罪する聖騎士長にいつも通りの微笑みを向ける――どころか、喝采代わりの派手な拍手を贈りながら興奮気味の笑みを浮かべて鷹揚に頷いた。


「『深手を負わせた』!! 結構結構!! 行方を見失った点は頂けませんが、王国騎士を排除してあるならば幾らでも誤魔化せますからねえ!! この機に必ず討ち取るように!!」


 酷く上機嫌なルチアーノを前に、折角作り上げた仮面を維持するどころか落ちっ放しになって間抜け面を晒しかねない顎を引き上げるのに必死な聖騎士長。


 愕然と目を見開いたまま固まり続ける彼を尻目に、祝杯でも挙げかねない調子の老人の口は油を差したばかりの歯車の如く滑らかに動く。


「フフ、フフフ……ああ、それから捜索隊はクヴェレンハイム東門側だけではなく、南側の港にも手配して下さい。あの悪名高い『人狼(ライカンスロープ)』ならば、ボーデン湖を泳いで渡ってくる事も考えられますからねえ……いや、それよりも傷を負わせてあるのなら、それを癒す間を与えぬようにプレッシャーを掛ける方が良いでしょうかね……なら、もう二、三百名ほど聖騎士達を招集して虱潰しに探すのも……どちらにせよ、()()話通りなら目的地は王女が居るこの王都でしょうから幾らでも手段()はありますが……ジルベルト聖騎士長、何か妙案はありますかな?」


 くつくつと喉の奥で笑いながら愉快極まった表情で半ば独り言のように語り掛けてくる老人の目を見返す聖騎士長は、唐突に投げられた問いによって漸く意識の再始動に成功した。


 しかし、紡がれた言葉は回答とは程遠い、思わず零れてしまったかのようなものだった。


「……驚かれないのですね」


 呟くように、或いは何処か責めるように出てきたその言葉は、目上の人間へ向けるには適さない響きをしていたが、実際に理不尽と対峙した身としては致し方ないのかもしれない。


 何せ『人狼(ライカンスロープ)』が彼と彼が率いた混成部隊の包囲網に突貫した直後、ものの数分で黒羽部隊(コルウスマヌス)暗殺部門(ロストルム)』の生き残り十人全てを含めた二十七人が斬り殺され、残る六十余名の過半数も手足を一、二本ほど刎ね落とされたり、胴を斬られるなどの重傷を負って行動不能に陥ったのだ。


 今回の任務に参加したフィデス聖騎士団及び黒羽部隊(コルウスマヌス)は合計百二十名。

 その内、死者数だけでも過半数に上り、残った半数も怪我人ばかりで、その中でも任務を継続できた者はジルベルトを含めても三十人に満たなかった。


 改めて数字を綴るまでもなく、凄まじい被害である。

 だが、その呟きが出た一番の原因は、聖騎士長の中に灰髪の少年騎士にまつわる情報を、戦場ではよくある類の敵方を威圧する、または自軍の戦意高揚の為に誇張、流布された噂だとする考えがあったからだ。


『追撃して来た二千のフランキス軍をたった一人で撃退した』


『戦場で彼と接触した部隊は漏れなく首や手足を刎ねられて全滅する』


『彼が参加した戦場で回収される敵軍の装備は、剣だろうと盾だろうと鎧だろうと、真っ二つにされてて使い物にならない』


 ……このような世迷言など、取るに足らぬ作り話でしかないと。


 その辺で法螺を吹聴する吟遊詩人と違い、十年に一人の逸材と謳われた剣の才を決闘や戦場などの命懸けの鉄火場で磨いてきたジルベルトにしてみれば、実際の戦場を経験している分だけ噂への疑惑が強まるのは無理もないだろう。


 だから、一対一の決闘を得意とする自分の『後の先』を狙った必殺の剣が容易く追い抜かれた挙句、たった一合とは雖も天才と謳われた己が無様にも防戦と後退を強いられた事で、聖騎士長は酷く激しい精神的衝撃に襲われたのだ。


「この任務に参加したのは我がフィデス聖騎士団の手練れが百名、一夜で城を墜とすと謳われた暗殺の玄人が二十名。その内、無事に帰還できたのが二十二名。この惨状を想定通りと仰る御積もりですか?」


 しかし、聖騎士長の言い分は――いや、そこに宿った感情は酷く幼稚なものだった。


 そもそも、ルチアーノが出した指示は『()()()を貸してやるから、あのガキの首獲って来てネ☆ あ! 王国に告げ口されるとマズいから、現地の騎士共は皆殺しだゾ♪』といった所までで、作戦の総指揮は元より具体的な作戦内容の立案までジルベルト自身が行った。


 もうこの時点で、作戦中に出た諸々の責任の所在は聖騎士長にあると言えるだろうし、そもそも、ハンスの戦闘能力を過小評価していた点は一分の隙も無くジルベルト自身の落ち度だ。


 つまり、今彼が胸中に抱えている苛立ちは稚拙な八つ当たりに他ならないのだが、一度口に出した事で本人も自覚したのか更なる失言を重ねる前に口を噤んだ。


 だが、一度口にしてしまった以上、それに見合ったツケを払わされるのは想像に難くない。


 今更ながら、聖騎士長はその仮面じみた表情を硬くさせて大司教からの言葉を待った。


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